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第3章 『竜王』への道
幕間 またね
しおりを挟む……少し時間を、遡る。これはノアリの誕生日の翌日の話。
「よい、しょっと」
背中に、鞄を背負うのはヤネッサ。なかなかに大きな鞄であり、中に大量に物が詰め込まれているというのがわかる。
ヤネッサは、『呪病』事件の件でエルフの森から付き添ってくれていた。その後竜族の村からこのゲルド王国まで着いてきてくれた。
道中はヤネッサの明るさに助けられたし、ここに戻ってきてからは『呪病』首謀者であるセクニア・ヤロが人間ではなく魔族だという疑いが持ち上がり、今はその調査が行われているらしい。
そんなこんなで今日までウチに住んでいたヤネッサだが、いつまでもここにいるわけにもいかない。ヤネッサには帰る場所がある。ノアリの誕生日の、その翌日に帰ろうと決めていたのだ。
「ヤネッサおねえちゃん……」
「泣かないでー、キャーシュ」
この滞在期間中、ヤネッサとキャーシュは結構仲良くなったようだ。
精神年齢が近いからだろうか? だとしても、兄としてはちょっとジェラシー。
「ノアリちゃん、元気でね。いろいろありがとう」
「うん! こちらこそ、楽しかった! ガラドにもよろしく!」
娘がいなかったからだろうか、母上はヤネッサにめちゃくちゃ甘かった。まあ、俺がお世話になったからってのもあるんだろうけど。
娘とはいっても、実年齢はヤネッサの方がずっと上だろうが。母上たちもそれがわかっているからか、呼び捨てにされても気にしてはいない。
「ヤネッサ……忘れ物はない? ちゃんと眠れたの?」
「アンジーお姉ちゃん、なんかお母さんみたい……大丈夫、全部持ったよ。『転移石』もね」
ヤネッサとアンジーとは、同郷の姉妹のように育った関係だ。ヤネッサと仲良くなれたのも、アンジーがいたからこそだ。そうでなければ、俺は目的を果たすこともできずに、ヤネッサに殺されていただろうなあ……
ちなみに、エルフの森から竜族の村へ転移する際に使わせてもらった『転移石』。本来は行き来で使い切るはずが、クルドのおかげで帰りの一回分が残った。これも、返さないわけにはいかない。
「ヤネッサ……本当は、俺がちゃんとお礼しないといけないんだけど……」
「! ヤーク」
そう、本来ならば、ヤネッサの帰郷に合わせて俺もエルフの森『ルオールの森林』へと赴き、ジャネビアさん始め協力してくれたエルフのみんな……それに一応エーネにもお礼を言わなければならない。
それが筋であると思ったからだ。けれど……
「何度も言ったでしょ? ノアリちゃんは治ったとはいえ、本当は離れるのは不安なんだよね? ルオールの森林までの距離は数日……その間、なにかあったらって思ったら……」
「……うん」
ヤネッサの言う通りだ。ノアリは『呪病』の呪縛から解放されたとはいえ、まだ本調子とは言えない。眠っていた間体力は低下しているし、そんな状態のノアリを残して行くのは不安だった。
情けない話だとは思う。俺も、まさかノアリが治ったら治ったでこんなに別の不安がでてくるとは思わなかった。
「みんなには、私から伝えておくから。落ち着いたら、またおいで?」
「っ……」
ふと、頭にあたたかな感触。それは、ヤネッサの手だった。俺の目線にまでしゃがみ込み、頭を撫でてくれている。
ったく、俺は子供じゃない……いや、今は子供の体だし、ヤネッサからしてみれば転生後だろうが転生前だろうがたいした違いはないか。
本当だったらノアリたちも見送りに来たかったようだが、あっちはあっちで家の用事があるらしい。俺も深くは知らないが、聞いた話では俺たち以外にもノアリの『呪病』解明に協力してくれた人たちへのお礼、ということらしい。
「っとヤネッサ、撫ですぎ。さすがにもう恥ずかしい……」
「……」
「……ヤネッサ?」
「ヤークは、すごいね」
ふいに、ヤネッサが口を開く。それは、俺のことを指したもので……
いきなりなんだろうと思うが、ヤネッサはにっこりと微笑んだままだ。
「こんな小さな体で、大切な人のために……あんな遠くまで行って、自分より何倍も強い相手に怯まなかったり、目的のためにぶれなかったり……私は見てないけど、モンスターとも戦ったんでしょ?」
「あー、まあ……」
改めて言われると、なんというかこっぱずかしいな。竜族の村や、クルドとの対面など、確かにこの歳の子供からは考えにくい行動だったな。
「けど、俺ひとりじゃ……」
「誰だって、ひとりじゃあそこまでできないよ。それにクルドも言ってたでしょ、ヤークの必死な姿に動かされたって。私も……ヤークのこと、かっこいいなって思ってたんだよ」
別れ際だからだろうか、いやに真面目なことを言われると照れる……な。まさかヤネッサからこうも照れさせられるとは。
俺が返す言葉に悩んでいる……その時だ。額に、柔らかであたたかな感触があったのは。
「……へ?」
それがなんなのか……理解するのに、少し時間がかかった。だって、目の前にあったはずのヤネッサの顔が、そこにはなくて……代わりに、小さな顎が視界にあるのみ。
そして後ろから「まーっ」と黄色い声が聞こえてくる。母上のものだろう。感触は一瞬で、すぐにヤネッサの顔が戻ってくる。
その頬はほんのり赤らんでおり、舌を出していたずらっぽく笑みを浮かべていた。
「な、な……」
遅れて、理解する。今ヤネッサがなにをしていたのか……額に触れていたものは、なんなのか。
これはつまり、ヤネッサの、く、口づ……
「さー、ってと! そろそろ行くね!」
答えを出すより先に、ヤネッサは立ち上がる。その顔は、どこか勇ましくさえ見えた。
「本当に、ライダーウルフに乗せてもらってもいいの?」
「えぇ、構わないわ。元々ライダーウルフは、長い道のりを短縮するために協力してもらったんですもの。目的を果たした後は、自由にするつもりだったから」
「でも、アンジーお姉ちゃん以外乗せてくれないんじゃ?」
「大丈夫よ、ちゃんとちょうきょ……教えておいたから、ヤネッサも乗せてあげるようにって。ヤネッサを届けたら、その後は自由にしなさいって」
ライダーウルフ……エルフの森への道のりを、徒歩でなくモンスターの足を使わせてもらうことで時間を大幅に短縮した。その後竜族の村からここに至るまで乗せてもらう機会はなかったが、ずいぶんと世話になった。
アンジーの言うように、今回の旅の目的に協力してもらうだけだったので、その後は自由にさせようと話した。
……なんか妙な言葉が聞こえた気がしたが、聞こえなかったふりをしておこう。
「もふもふ~……」
キャーシュも、ライダーウルフに何度か乗っていた。その際、振り落とそうとしたライダーウルフを無言の圧力で威圧していたアンジーの姿も、今となっては懐かしい。
ヤネッサをひとり、徒歩で帰らせるわけにはいかない。ライダーウルフも、自由にしてやらないとな。
「ふふ。じゃ、もう行くね」
「……あぁ」
軽くキャーシュの頭を撫でてから、ライダーウルフから引き離す。鞄を背負ったヤネッサは、ライダーウルフの背中へと乗る。
……うーん、なかなか様になるものだな。
「うーん、いい天気。これは途中で寝ちゃわないか心配だな」
「はは、振り落とされるなよ」
「わかってるよー。……じゃあ、またね」
最後まで眩しいくらの笑顔を浮かべて、ヤネッサはライダーウルフを走らせる。
寂しくないと言えば嘘になる。が、ヤネッサにはヤネッサの帰るべきところがある。
また、必ず会いに行こう。小さくなるヤネッサの背中を見送りながら、俺はそっと額に触れた。
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