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第5章 貴族と平民のお見合い
目的を果たすために
しおりを挟む……ヤークワード・フォン・ライオスがガルドロ・ナーヴルズと斬り結びを開始した、それと時を同じくして。
ガルドロはヤークワードが抑えている。それを見て、ノアリも腰に備え付けていた剣に手をかけていた。この部屋にはガルドロ・ナーヴルズとギライ・ロロリアの2人がノアリたちの目的の邪魔をしている。
ノアリたちの目的は、あのベッドに寝かせられているミライヤを連れ帰ること。そのために、邪魔をする者は斬り伏せなければならない。
ガルドロをヤークワードが抑えている以上、残るギライを押さえるのはノアリの仕事だ。ヤネッサはにおいの影響で全力を出せそうもないし、ビライスはここに来る途中で合流したので剣を持っていない。
対するギライは剣を装備している。となれば、ここで出るのはノアリの役目だ。
「ふぅ……」
今のところ、ギライが動く様子はない。だが、ミライヤが近くにいる以上、なにをするかわからない。ここは、一撃のもとに斬り伏せる。
そう、ノアリが深呼吸をし始めた時だった。
「カタピル様、ここは自分に任せてくれませんか?」
「え?」
そう、ノアリに話しかけるのはビライスだ。彼は、じっとギライを……いや、ミライヤを見ている。
ミライヤに自らお見合いを申し込み、デートもした仲だ。ミライヤを想う気持ちは、本物のはずだろう。ノアリは、それを知っている。
なればこそ、自分がギライを抑えようと考えていた。自分とヤークワードが、それぞれ邪魔者を抑える。その隙に、ビライスはミライヤ救出へと動く。
ノアリは、自分の剣の腕に自信があるわけではない。幼い頃より、ヤークワードの剣先生となるロイ・ダウンテッドから、彼と同じく指導を受けてきた。『呪病』の一件から、強くなりたいと願った結果、ロイに頼み込んだのだ。
月日を経て、ノアリの剣の腕は上達した。おそらくは今学園に在籍している同級生の中でも、上位に入るほどに。しかし、ヤークワードよりも剣を習うのが遅かったこともあり、自分はまだまだだと思っている。
それでも、目の前のギライを倒すことはできるだろうと、確信に近いものはあった。が……
「……あなたが、代わりに?」
そんな自分を差し置いて、ビライスは自分に任せろと言うのだ。よもやノアリよさの腕を信用していない……というわけでは、ないだろうが。
自分が抑え、その間にビライスがミライヤを救出する。その計画が、傾いていた。
「どうして?」
「……妙な感じが、するんです。ライオス様を見てください」
妙な感じ……そう言われ、ノアリは視線を動かす。ヤークワードへ……正確には、ヤークワードが抑えているガルドロへ。
彼は、以前ガルドロと入学試験でぶつかっている。その際の様子は見ていた……今のヤークワードならば、ガルドロを瞬時に斬り伏せることができてもおかしくはない。
だが、そうはなっていない。むしろ、ヤークワードが若干押されている……入学試験の時には感じなかった、力の乗った剣が今のガルドロにはあった。
「変ね……」
「えぇ。あの男も、同じく変になっている可能性が高い」
ガルドロがおかしいならば、同じくギライもおかしくなっている可能性は高い。それはまったくもって同意見だ。しかし、それと自分に任せろというのと、いったいどんな関係があるのか。
もしや、今のノアリの力では、ギライに勝てないと思われているのでは……
「女性に、あまり危険な真似をさせたくはありませんから……ここは、自分が行きます」
……そう疑ったが、他ならぬビライスの口から出てきたのはなんとも、彼らしいと言えばらしい台詞だった。
こうして成長してからは互いに話すことはなく、最近はミライヤを接点に少々話をすることがあったくらいだ。だが、その噂くらいはいろいろ聞いているし、なによりノアリ本人も昔彼にお付き合いを申し込まれたこともあった。
その際にも感じた、女性に対しての紳士な姿勢。ビライス・ノラムという人物は、とにかく女性に対しては紳士なのだ。そうだ、彼はこういう奴だ……つまるところ、おかしな相手を相手に、もし怪我でもしたら、と心配してくれているのだ。
その心配はミライヤだけに向ければいいものを……そうは思うが、それこそ彼の性分なんだろうなとも、ノアリは思う。
「それに、助けてる最中に彼女が目を覚ましたら、悔しいですが自分よりカタピル様の方が安心できると思いますから」
「……どうかしらねぇ」
ミライヤを助けに行って、ベッドから起こした辺りで目を覚ます……その場合、そこにいるのはノアリの方がミライヤも安心できるというのが、ビライスの考えだ。
同性だし、そういうものだろうか。
「けど、あなた剣持ってないじゃない」
「……これでも、武術に心得はあるので」
「……はぁ」
ビライスは、素手で突っ込もうというのだろうか。今しがた、自分で言ったではないか……ギライは、ガルドロと同じくおかしくなっている可能性があると。
そんな危険な相手に、素手で挑ませろというのか。そんなのは認められないと、ノアリはため息を漏らす。
「使いなさい」
「……いいんですか? でもこれは……」
「いいわよ。ヤークと違って学園から借りた剣……じゃなく、家の剣だけど。別に、こだわりはないから」
ノアリは、持っていた剣をビライスに渡す。自分の剣ではあるが、他人に渡すことに抵抗はない。
むしろ、剣を渡さず素手で行かせることの方が抵抗が大きい。家から持ってきた剣とはいっても、別にそこまで高価でもないし。
「ありがとうございます。必ず、無傷で返します」
「剣の具合を気にしてあなたに怪我されたんじゃ、ミライヤに顔向けできないから気にしなくていいわよ。……それに、変な相手にお行儀よく戦えもしないでしょう」
ノアリは、剣を渡す。しかしその間も……いや、こうして話をしている間にも、ギライは襲ってこない。ニヤニヤと、笑みを浮かべたままだ。
今のノアリたちに、隙がないとは言わない。打ち込もうと思えば、どこからでも打ち込めるはずだ。それとも、2人……いやヤネッサも含め、3人を相手にする可能性を考慮し、動かないのだろうか。
いずれにせよ、どこか不気味だ。
「一応、気をつけて」
「ご配慮、感謝します」
「ヤネッサ、無理せずじっとしててね」
「う、うん……」
ビライスに剣を渡し、これでノアリの役目は決まった。ビライスがギライを抑える、その隙にミライヤを救出する。
ヤネッサは、ここまで案内してくれただけでも充分ありがたい。むしろまだ、ここに残ってくれているとは責任感が強いというか、優しいというか。初対面時にムッとしてしまった自分を、ノアリはただ恥じるのみだ。
そんな中……その時は、訪れた。ビライスは剣を構え、駆ける。このままの睨み合いに痺れを切らしたのか……対するギライは、不敵な笑みを浮かべたまま。
それと同時に、ノアリは少し距離を取り走る。ギライを遠ざけ、ベッドからミライヤを助け出すのだ。
「! ヤーク」
走る。戦況を確認しながら。この部屋に隠れられるような場所はないし、他に敵が潜んでいる気配もない。だからこそ、ノアリは丸腰で走った。無論、警戒は怠らないが。
そんなノアリの目に入ってきたのは、今まさにガルドロの剣がヤークワードに振り下ろされるところだ。見れば、ガルドロは自分の足で剣を受け止めている。普通じゃあない。
刃が、彼を刻む……その未来に、ノアリは思わず目を瞑る。しかし、聞こえてきたのは刃が肉を裂く音ではなく。
ガキィン!
なにかが、剣を弾く音だった。それは……矢だ。この場において、矢を得物に使う者はひとりしかいない。
「ヤネッサ!?」
見れば、予想通りヤネッサが弓矢を構え、ヤークワードを援護していた。においにやられ、動くのもつらいはずなのに……
その姿が、ノアリを奮起させる。ヤークワードが、ビライスが、ヤネッサが頑張っている……気合いを入れ、目的を果たすために、ノアリは一直線に駆けていく。
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