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第5章 貴族と平民のお見合い
ミライヤ救出へ向けて
しおりを挟むミライヤを探し、たどり着いた建物。アンジー、リィを見張りとして外に残し、俺、ノアリ、ヤネッサ、そしてノラムは、ついに彼女を見つけた。
建物の、地下深く……長い階段を下りた先に、彼女はいた。長い廊下を進んだ先にある部屋、その中に。ベッドに寝かせられている、ミライヤが。
「ヤークワードぉ……フォン、ライオスぅ……ちと早いが、会いたかったぜ」
「くっ……!」
俺たちの……というより、俺の姿を確認するや、襲い掛かってきたのはガルドロ・ナーヴルズだ。以前、平民だからとミライヤを罵っていた人物。ナーヴルズはそれなりに大きな家であり、他の貴族もおいそれと口を開けない権力を持っている。
だから、ミライヤにあんなことをしても周りにいた生徒はなにもしなかったんだが……いや、腹の立つことではあるが今はよそう。そのことを考えるのは。
俺がミライヤを助けるきっかけとなり、そして入学試験で俺が負かした相手だ。入学試験の結果は、入学の合否に関わらない。それでも、不合格だったということは……ガルドロは、それだけの奴だったということだ。
実際に、試験では俺は安々とガルドロの剣を避け、ガルドロも完全にではないとはいえ怒りに呑まれていた。万全の力が発揮できなかったこともあり、充分なパフォーマンスは見せられなかった。
とはいえ、所詮はガルドロの力は知れている。たとえガルドロが万全の、冷静な状態でかかってきても、俺は負けなかっただろう。その自信くらいは、ある。だが……
「……っ」
「ヤーク!」
この、ガルドロの力はなんだ? 以前にもガルドロの剣を受け止めたことはあった、だがその時とは、格段に今の力が上だ!
あの時よりも、余程の怒りに呑まれている? 確かに、怒りはその者の力を増幅させることはある。だが、それくらいでここまで力が変わるものなのか?
「っ、は!」
「ぉ……」
なんとか、剣を弾き返す。しかし、弾かれた剣に目もくれずにガルドロは、弾かれた動きを利用しその場で回転。その勢いのまま、俺に回し蹴りを放つ。
回し蹴り……それは、別に驚くべきものではない。だが、以前のガルドロは俺に勝つためになりふり構わない動きをしていたとはいえ、あくまでも剣での勝負にこだわっていた感じがする。
そんな男が、蹴りを……!?
「っつ、くぁ……!」
その場から飛び退く……が、反応が遅れてしまったためか完全に回避は出来ず、つま先が腹に食い込む。鈍い衝撃が、襲ってくる。
ジンジンとした痛みが続くが、すぐにその場から下がる。くそっ、情けない。いくら予想外の反撃があったとはいえ、あんなのを避けられないとは。こんなのでは、あの男を殺すなんて夢のまた……
……いや、よそう。今は目の前の相手に集中だ。とはいえ、この場にいるのは俺たち、寝かせられたミライヤ、退治するガルドロだけではない。
入学試験でミライヤと戦い、敗れたギライ・ロロリア。ノアリ曰く、女好きのクソ野郎とのこと。それは本人の性格の問題だが、ロロリアという家としては代々、剣術に秀でた家らしい。
ミライヤに負けた、とはいえ、ミライヤは居合いの一太刀にてあの男を倒した。つまり、ギライ・ロロリアという男がどういった剣を使うのか、わからないのだ。
「……ふぅ」
手に握った剣を、見つめる。剣を事前に持ってきておいて、よかった。これは、ミライヤの剣……正しくは、ミライヤが学園から借りている剣だ。
女子寮でミライヤの不在を知った後、ヤネッサに案内される前のことだ。俺はミライヤの使っている剣を借り、外に出た。一応同居人のリィの許可は取った。
騎士学園では、入学試験以外でも自分の剣を持ってくることが許可されている。自分の剣を持っていない者は、入学試験と同じように学園から借りることが可能だ。
生徒ひとりひとりが、自分のものないしは学園から借りた剣を持っている。もちろん、それは学内で許可なく振り回すことは禁止されている。自主練は許可されているが、教師の目も光っているため剣の打ち合いも禁止。木剣ならともかく、真剣での私闘は禁止だ。
無論、剣を持ち出すなんてもってのほか。しかも、俺が持っているのは人のだ……男子寮に戻る時間がなかったから仕方がなかったとはいえ。
「戻ったら確実に罰則だな」
独り呟きながら、渇いた唇を舐める。まあ、罰則云々はどうでもいいか。まずはミライヤを助けること、それを考えろ。
一応、俺だけでなくノアリとリィも剣を持ってきている。誰も止めなかったし、躊躇ないところを見ると、罰則覚悟のことらしい。
仲間のために、自らの罰則を恐れない。そんな仲間を持てて、俺は誇らしく思う。
「……?」
さて、ミライヤを助け出すことを再度頭の中で整理したことで、頭も少し冴えてきた。ガルドロがまたいきなり襲ってこようと、いつでも迎え撃てる準備はある。が……
……妙なことに、ガルドロは襲ってこない。剣こそ構えて俺を睨みつけてはいるが、先ほどのようにいきなり襲ってはこないのだ。
距離を取り、間合いを計っている……? ガルドロは、そんな器用なことができる男じゃない。こうして構えあったままでいれば、痺れを切らして自分から動き出すと思っていたのだが……
「ガルドロ、お前、なにが目的なんだ」
「……」
俺の質問には、答えない。ただただ、睨みを効かせるだけだ。それだけではない、不気味な笑顔を浮かべている。なにかが、おかしい。
さっきだってそうだ。俺に斬りかかってきたが、その目はどこか……焦点が、合っていなかった。俺を見ているようで、見ていないというか……
このまま睨み合っていても埒が明かない。そこにミライヤがいるんだ、焦りは禁物だが、俺ならばガルドロがなにをしようと捌ける。今度は、油断などしてなるものか。
全神経を集中させろ。あいつが剣を使おうが使うまいが、関係ない。ミライヤを助けるために、倒すべき障害だ……
「はぁ……すぅ」
息を吸い込み、そして吐く。その間も、ガルドロは動かない。構えているというのは、俺の考えすぎか? なら、それでいいさ……このまま、倒させてもらう……!
「はぁ!」
地を蹴り、ガルドロへと一直線に向かう。あまり距離は離れていない。両手で剣をしっかりと握り、下から掬い上げるようにガルドロの体へと狙いを定める。
殺しはしない、ミライヤをどうして攫ったのか聞かないといけないからな。だが、多少の痛みは我慢してもらおう……なに、死んでさえいなければ、アンジーかヤネッサが治してくれるさ。
狙いは、完璧。ガルドロの右脇腹から左肩に向けて、一閃が刻まれる……
「なっ……!?」
はずだった。
俺が振り上げた剣は、ガルドロの体に触れる前に止まった。止められていたのだ。ガルドロの剣により止められた……のではない。もしそうなら、俺がこんなにも驚愕することはなかった。
剣は止められた。止められている。なにによって? それは目の前に答えがある。が、まさかという気持ちもある。そんなこと、人間のすることだろうか?
……ガルドロの体を斬るはずだった剣は、ガルドロの足によって止められていた。振り上げた剣を、まるで踏みつけるようにして、それ以上振り上げられるのを防いでいたのだ。
「マジかよ……!」
ガルドロの足、素肌で直接受け止めているわけではもちろんない。しかし、靴を履いているとはいえ……刃は、確実に素肌にまで届いているはず。厚底の靴というわけでもなし、肉にまで刃が食い込んでいる感触もある。
だというのに……ガルドロは、苦悶の表情ひとつも浮かべていない。それが、とても不気味に見えた。
こうなったらやむなしだ、足を斬り裂く力で……
「へはははは!」
「……!」
驚愕の光景に意識を持っていかれてしまっていた、そこへガルドロの剣が振り下ろされる。しまっ……
ガキィン!
「!?」
「ヤーク!」
弾かれる、ガルドロの剣。なにが奴の剣を弾いたのか……俺は見た。矢だ。それも、ただの矢ではなく魔法により形成された矢。それが、俺に振り下ろされた剣を弾いていた。
その矢を撃ったのは、この場ではひとりしかいない。ヤネッサだ。
「すまん!」
「うん!」
一度、引く。あのまま剣を振り抜くのもありだったが、それよりも一度落ち着け、俺。いくら驚愕したからって、それで不意を突かれるなんて間抜けすぎるぞ!
油断で隙を突かれるのも、驚愕に戸惑い隙を作るのも、間抜けには変わりない、同じことだ。ヤネッサの援護がなければ……こんな刺激臭の漂う中で、なおも手を貸してくれているのだ。俺がしっかりしなくてどうする。
このにおいのせいで、集中力を削がれている、なんて言いわけにもならない。俺はまだいい、鼻のいいヤネッサに、いつまでもここにいさせるわけにはいかない。
それに、寝台に乗せられたミライヤ。眠っているようだから、においの影響は受けていないのか……それとも、影響を受けているから眠っているのか。いずれにしろ、ここから早く脱出しなければ。
……あれ、ミライヤの側にいたギライ・ロロリアの姿がない。どこに……
キィン!
「ちっ!」
その側で、金属の打ち合う音が。その正体は、剣を打ち合っている2人の人物……ギライ・ロロリアと、ノラムだ。いつの間にか、もうひとりを抑えてくれていたのか。
しかし、ノラムは途中合流したのだから、剣は持っていないはず……いや、あれはノアリのか! どういう話があったかは知らないが、ノラムがノアリの剣を使ってるってことは、ノアリはミライヤ救出に動いているはず。
なにがなんでも、こいつを倒さなければな。
「くへへ」
見れば、ガルドロは笑みを浮かべたままだ。斬り落とすまでいかなくても、かなり深く足の裏に刺さったはず。なんで、ああも表情が変わらない?
まるで、感覚がないかのように……
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