230 / 307
第8章 奪還の戦い
可能性と事実
しおりを挟む「の、ノアリ様!?」
ノアリの発言に、ミライヤは音を立てて立ち上がる。ノアリは、微動だにしない。
同じく、ミーロとキャーシュも、黙って話を聞いていた。
「ミライヤ、座って」
「でも……」
「いいから」
静かな口調で、しかし強い口調で言われ、ミライヤは座る。
しかし……彼女は今、とても酷なことを聞いたのだ。いくらあんな前置きをしていたからと言って。
よりによって……
『私は、ヤークが父親を……ガラドさんを殺すという可能性は、あると思ってる
おばさん……いや、ミーロさん。それにキャーシュ。
2人は、どう思ってる?』
よりによって……こんなことを、聞くだろうか?
家族に……だ。ミーロにとっては、息子が旦那を。キャーシュにとっては、兄が父親を。
殺す可能性があると、思っているかと……そう、聞いたのだ。
「ノアリ様……さっき、ノアリ様は、ヤーク様のことを信じてるって……」
噛みしめるように、ミライヤは言う。
「えぇ、言ったわ。ヤークのことは信じてる。この先なにがあっても……彼がなにをしても、彼の味方でいるつもりよ」
「!」
そうだ、確かにノアリは、ヤークワードのことを信じていると言った……しかし、それはなにに対してだ。
少なくとも、ミライヤのように……『父親を殺していない』ことを信じているとは、言っていない。
「で、でも……だからって、おふたりに……こんなところで……」
「必要なことなの」
ミライヤは、ヤークワードとミライヤが騎士学園に入学してからの付き合いだ。それ以前のヤークワードは知らない。
まして、会ったこともないヤークワードの家族関係など。
「私は、何度もヤークや、ヤークの家族と触れ合う機会があった。で、ある時気づいたの」
「……気づいた?」
「ヤークが、父……ガラドさんに向ける感情、ミーロさんに向ける感情、そしてキャーシュに向ける感情。
それぞれに、違いがあるって」
ノアリでさえ、その事実に気づいたのだ……ノアリ以上にヤークと過ごしている家族ならば……
……もっとも、家族でなく一歩引いた、第三者の視線から見ていたからこそ気づいた、という見方もできるが。
「でも、やっぱりお父さんやお母さん、弟に向ける感情は、まったく同じではないと思います」
言いながら、ミライヤは思い出す。もういない、両親のことを。生みの親の記憶は、もうあまりないけれど。
少なくとも、男親と女親で、向ける感情が違うのは確かだ。お母さんだから相談をしやすいとか、ささいなことではあるが。
ミライヤには弟がいないので、その感情は分からないが。
「ううん、そういうんじゃないの」
「……?」
「そういうんじゃ、ないの。特に、ヤークがガラドさんに、向けている目は……」
うまく口にできない、といった感じだろうか。ノアリの表情が、硬くなる。
一体、彼女は彼に、なにを感じていたのであろうか。
「……でもやっぱり、信じられません! ガラド様はヤーク様の父親……いいえ、そうじゃなくても! ヤーク様が、人殺しなんて……」
「その人がどんな人間かなんて、ずぅっと付き合ってみなきゃわからないわ。私だってヤークの全部を知ってるわけじゃない」
「どんな、人間か……」
「そう。……思い出させて悪いけど、ビライス・ノラム……あの男が、ああいう奴だって、最後まで気づかなかったでしょ?」
「っ、そ、れは……」
ビライス・ノラム……その名を聞いただけで、体が震えてしまう。
かつて、ミライヤにお見合いを申し込み……そして、ミライヤの両親を殺し、ミライヤの心に傷を残した男。
なにかの、間違いだと思っていた。いい人だと、思っていた。でも……
結局は、ミライヤの家に眠る『魔導書』が狙いで、ミライヤに近づいた……
「……ごめんね」
その時、ノアリの腕が、そっとミライヤの肩を抱き寄せた。つらいことを思い出させてしまい、謝罪する。
ああいう、厳しいことは言ったが……それだけ、ノアリも本気なのだ。今まで、ビライス・ノラムの話題は徹底的に避けてきたのだ。
伊達や酔狂で、あんな質問をしたわけではない。
「……正直に言うなら、あの子があの人に向ける気持ちの中に、怒りや憎しみのようなものを、感じたことならあるわ」
「母様……」
ミーロは、口を開く。それは、ミーロも同じく、ヤークワードの気持ちに感じるものがあったと、いうもの。
これまで、ミーロは家庭を持ったことも、子供を設けたことだってない。だから、子供というのはこんなものかと、思ったりもしたものだが……
「ヤークからは、どこか……懐かしいような、雰囲気を感じていたの。同時に、これまで何度も感じたことのある気持ちも」
「……何度も感じたことの、ある気持ち?」
「……私が勇者パーティーのメンバーだったのは、知ってるわよね。いろんなところを旅していると、必ずしも感謝の気持ちを向けられるわけじゃないの。
怒り、憎しみ……そういったものを、向けられることもある」
「それを、ヤークからも感じていた?」
ミーロは、静かにうなずく。聞いてもピンとは来ないが、当事者だからこそわかることも、あるのだろう。
それに、ミーロがそう感じていたのなら……ガラドも、そう感じていたのだろうか。
「ノアリちゃんの質問の答えは……
私は、ヤークならそういうことをしても、おかしくないとは思う」
「! 母様!」
「ミーロ様!?」
しっかりとノアリを見つめ返すミーロは、己の気持ちを、口にする。
ミーロが、ヤークワードに対してどういう気持ちを抱いたのかは、わからない。ただ、それでもガラドを殺そうと考えている可能性は、あると答えた。
「ただ……」
可能性は、ある……そう、答えた。
そして、その上で……
「あの子があの人を手にかけることは、あり得ないわ」
ヤークワードがガラドを殺したという事実はありえないと、強く口にした。
それを聞いて、ミライヤの頭の中は困惑だらけだ。
殺す可能性はある、だけど殺すなんてありえないと……そう、言っているのだ。
「……? ……っ?」
しかし、ノアリは納得がいったかのように、頷いている。
ただただ、ミライヤは困惑するばかりだ。
0
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦
未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?!
痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。
一体私が何をしたというのよーっ!
驚愕の異世界転生、始まり始まり。
異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~
繭
ファンタジー
高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。
見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に
え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。
確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!?
ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・
気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。
誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!?
女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話
保険でR15
タイトル変更の可能性あり
悲報 スライムに転生するつもりがゴブリンに転生しました
ぽこぺん
ファンタジー
転生の間で人間以外の種族も選べることに気付いた主人公
某人気小説のようにスライムに転生して無双しようとするも手違いでゴブリンに転生
さらにスキルボーナスで身に着けた聖魔法は魔物の体には相性が悪くダメージが入ることが判明
これは不遇な生い立ちにめげず強く前向き生きる一匹のゴブリンの物語
(基本的に戦闘はありません、誰かが不幸になることもありません)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる