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第8章 奪還の戦い
あたたかな温もり
しおりを挟むザクッ……と、深く、深く刃が、差し込まれていく。
鋭い切っ先が差し込まれたのは、魔族の胸元だ。そして、魔族の胸元を刺した剣を握っているのは、ヤークワード。
魔族の胸元……刃の刺さった傷口からは、赤色の液体が……血が、流れ始めている。
「……魔族の血も、赤いのね」
ヤークワードの後ろから現れ、隣に並ぶように立つノアリが言う。魔族と対峙したことはあっても、その身から血を流すところを見るのは初めてだ。
一方でヤークワードは、もう何度とその光景を見ている。転生前、ライヤであった頃。多くの魔族と、戦ってきたのだから。
人間族と魔族という違いはあっても、同じ赤い血が、通っているのだ。
「一応聞いてみるが……お前を倒してもまた、出てきたりするのか?」
「さあ……どうでしょうね。素直に答える、義理はありません」
「確かに」
これ以上の問答は、不要だ。もしまた魔族が立ちふさがったとしても、今日と同じように倒せばいい。
自分には、心強い仲間がいる……もう、魔族に対する恐れなど、なにもない。
だから……
「おっ……ぐっ……!」
魔族が、苦しげな声を漏らす。その原因は、ヤークワードにあった。
ヤークワードは、己の中に感じる魔力に意識を集中させる。そしてそれを、意識的に一部へと集めていく。
魔族を貫いた、剣の切っ先へと。切っ先へ集められた魔力は、貫いた魔族の体の内側へと流れ込み……魔族を、内側から破壊していく。
つまりは、先ほどと……魔物になったゼルジアルに行ったことと、同じことをしたのだ。
ただ、先ほどよりも魔力を鮮明に感じ取れるようになっている、気がする。この短時間で。
「俺は……」
自分が何者であるか、それはこの、長くない時間の中で嫌というほど思い知らされた。自分が、もう普通の人間ではいられないことも。
この先、どうなるか、どうすればいいかなんてわからない。でも、せめて最後くらいは、自分の手で……
「ほらヤーク、行くわよ」
「え、あ、あぁ」
ふと、ノアリの言葉に促され、我に返る。見れば、すでに魔族の体は消滅しつつある。
魔族に魔物、そういった生物は、死しても死体がその場に残ることはない。消滅するのだ。
理由は分からない。が、裏を返せばそれこそが、生死の重要な確認となる。
「さあ、またあのような者が出てくる前に、急ぎましょう」
「け、結構騒いだから、先生たちも、来るかもしれません」
戻ってきたヤークワードとノアリに、アンジェリーナとリィが告げる。いつまでもここにいるべきでないのは、同意だ。
走り出す一同、ヤークワードだけは立ち止まり、チラと正門の方を見つめる。
「……」
強大な魔力が、2つぶつかっている。おそらくは、エルフの言う王とやらと、クロード先生によるものだ。他の教師もいるのだろう。
あそこで、クロード先生を足止めしてくれていなければ、こうもあっさりと脱出することは出来なかっただろう。
「ヤーク!」
「あぁ、今行く!」
何者かは知らないが、今度会うことがあればお礼を言おう。
そう固く心に誓い、ヤークワードは走り出した。
「出たぁ!」
裏門を開け放ち、勢いよく外に出るヤネッサ。それに、一同は続く。
まだ油断こそできないが、これで一安心といった感じだろう。
なぜなら……
「あ、アンジーお姉ちゃん!」
「ヤネッサ! それに皆さんも……!」
そこに、待ち構えるようにして、アンジーとロイ、ミーロ、キャーシュがいたのだから。
どちらともなく駆け寄り、合流する。
「よかった、結界から出られたのね」
「みんな! よく無事で……」
「ん、その子は大丈夫か?」
「リエナですね、気を失っているだけです」
それぞれが、無事を分かち合う微笑ましい光景。それを見て、ヤークワードは……帰ってきたのだなと、感じた。
その姿に気付いたのか、ミーロは……母は、ゆっくりとヤークワードに近づいていく。
「ヤーク……」
「み……母上……」
自分に近寄ってくる母相手に、ヤークワードはどんな顔をすればいいのか分からない。
今でこそ彼の母であることに変わりはないが、転生前の彼にとっては想いを寄せていた幼馴染だ……今でこそその想いは断ち切ることが出来たものの。
そこに至るまでの経緯はどうあれ、彼女はライヤを殺したガラドと夫婦になった。自分を殺した男、見殺しにした女……転生してからの彼にとって、まさに彼らに対する復讐の念を燃やしていた。
いずれ、この手で決着をつけようと思っていた。だが、復讐すべきガラドは別の誰かが、もしくは意識のない自分が、殺してしまった。
また、国中にヤークワードがガラド殺しの犯人として放送されてしまったらしい。
「……」
実力を、そして疑われないだけの信頼を得て、人知れず実行するはずだった復讐は、しかし無惨にも崩れてしまった。
ここで、公にヤークワードの犯行だと知られてしまって。果たして、彼女たちはなにを思っているのだろうか。
怒っているのか、それとも悲しんでいるのか。
……どうしてか、ミーロの悲しむ顔は見たくない。そう、思ってしまう。
「母上……俺は……」
「ヤーク、無事でよかった」
しかし、次の瞬間にヤークワードの身に起こったことは、彼自身予想もしていなかった。
殴られるのでも、失望した顔をされるのでも、突き放されるのでもない。
……優しく、抱きしめられたのだから。
「ぁ……」
「本当に、無事で、よかった……」
なによりもまず、彼女はヤークワードの、心配をしていた。夫が死んだ悲しみよりも、事件の真相を聞きだすよりも……ただ、息子の無事を、願っていた。
その、あたたかな温もりに……不安だった心の中が、静かになっていくのを、ヤークワードは感じていた。
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