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最終章 その先へ
俺の半身
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…………
………………
「ーー! ーーーーク! ヤーク!!」
「ヤーク様!」
「ん……」
暗闇の中にあった意識が、外から俺を呼ぶ声により覚醒する。沈んでいた意識が、ゆっくりと、浮上していく。
ぼんやりと聞こえていた声は、やがてちゃんと言葉として聞こえてきて…俺の名前を呼んでいるのだと、わかった。
俺は、ゆっくりと目を開ける。
「……まぶしい」
「ヤーク!」
「起きたんですね!」
先ほどまで暗闇の中にいたせいか、目に入る光がやけにまぶしく映る。雲ひとつない、ほどではないにしろ、普通の"晴れ"だというのに。
目の前に青空が広がっている……ということは、俺は地面に横たわっているのか。背中はなんか硬いものに触れているし、頭も……
「……柔らかい?」
「よかった、目を覚まして」
頭も地面に横たわってくるはずだが、なぜか頭の感触は柔らかい。
なぜだろう、と思っていたところへ、視界に映るのは……
「……アンジー?」
「はい」
そこに、俺を覗き込むように、アンジーの顔があった。いや、アンジーだけではない。
「ノアリ、ミライヤ……」
「もう……目を、覚まさないかと思ったわよ!」
「よ、良かったです……」
さっき、俺に呼びかけていたのは、ノアリとミライヤだったのか。って、この2人だけじゃないか。
心配そうに、俺を見る顔が並んでいる。ヤネッサ、キャーシュ、ロイ先生、リィ、アンジェさん、リエナ……
そして、ミーロ……いや、母上か。
「って、なんで俺、アンジーに膝枕されてるの?」
頭に感じる柔らかいもの、その正体はアンジーの膝……つまり、俺は今アンジーに膝枕されているわけで。
困惑する俺に、アンジーはほほえみながら言う。
「私はライオス家のメイドです。昔だって、よく膝枕していたんですよ?」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「まあ、本来ならノアリ様かミライヤさんに譲るべきだったのでしょうが……」
「ななな、なに言ってるのよ! そんな、膝枕なんて……私の膝は、そんなに安くないわよ!」
「わ、私がヤーク様を膝枕なんて、恐れ多いですっ」
顔を赤くして、ノアリとミライヤが騒ぐ。アンジーにからかわれる2人を見るってのも、新鮮だな。
他のみんなも、その光景を微笑ましそうに見つめている。
ただ、俺が聞きたいのはそんなことじゃなくて……
「いや、俺が膝枕されてる理由を、聞きたいんだけど」
「……って、あんた、覚えてないの!?」
「た、大変だったんですよ! いきなり倒れて……」
「そうです! ノアリ様なんか、こっちが引くくらい泣いて……」
「アンジェさん!?」
「もしかして、頭を強く打ったとか……」
「でも、ミーロの癒しの……アレで、傷は完全に塞がったでしょ?」
「"癒しの力"、です。ヤネッサさん」
「まだ具合が悪いか? ヤーク」
「兄上、あんまり無理はしないでください」
みんな、俺のことを一様に心配してくれているのはわかる。それはありがたいが……俺が、倒れていた、か。
そんな俺の姿を見て、わかっていないと思ったのか、ノアリがため息を漏らす。
「まったく。いい? あんたが急に倒れたのよ。それで私たち…………なんで、ヤークは倒れたんだっけ?」
「えっと、確かヤーク様が、喉を……あれ?」
「……」
俺が、倒れていた理由……それを説明しようとして、ノアリも、ミライヤも、みんなが口を閉ざす。それは、説明しようとしないんじゃない……説明できないからだ。
「おかしいですね……」
「アンジーもですか」
人間も、エルフも……誰も、俺が倒れた理由は覚えていない。
……多分、"俺"を除いて。
「……ここにいるの、俺たちだけ、か?」
「えぇ、そうよ?」
周囲を見回す……ここは家の玄関場所。そして、この場にいるのは俺を心配して囲んでくれている、みんなだけ。
……セイメイの姿も、龍の姿もない。
それに……見渡す限りの光景は、まさにいつもの光景だ。暗雲はなく、崩壊した建物も、つぶれている人もいない。それは、元気な母上を見ればわかる。
俺がさっきまで見ていた光景は、もうどこにもなくて……
「……なかったことになった、ってことかな」
そっと、自分の胸に手を当てる。自分の中に、もうひとつの……いや、2つの魂があったのだ。
元々それを感じられたわけではないけど、きっとその魂は、もう俺の中には……
「母上……ひとつ、確かめたいことがあるんですが」
「ん? なにかしら」
「……ライヤ、って名前、知ってますか?」
なくなってしまった魂のゆくえを確認するには、その魂の持ち主を知っている人物……つまり、ライヤのことを知っている母上に確認するのが、一番だ。
俺の問いかけに、母上はきょとんとして……
「んー、ライヤ……人の名前、よね。……ごめんなさい、記憶にないわ」
「……そうですか」
ライヤのことを忘れている……わけでは、ないのだろう。だって母上は、俺が『断切剣』で自分を斬る直前、その名前をつぶやいていた。
知っているけど知らないふりをしている……にしては、少しの動揺も見られない。だから、つまり……
ライヤという人間の存在は、最初からなかったことになった。
「その、ライヤ……さん? が、どうかしたの?」
「……いえ、なんでも」
存在が消えるってのは、こういうことなのか……幼馴染で、かつては恋心をも寄せていた相手に、忘れられる。
けど、これがあいつの……そして俺の、選択した結果。
「……」
ライヤの存在が消えたことで、魔王の魂も寄生先を失い、転生できなくなった。だから、魔王復活が間際になったことで現れた魔族や龍は"現れなかった"ことになり……奴らの影響で崩壊した国は、"崩壊しなかった"。
魔王が転生しなかった世界になり、元の姿のまま、ということか。それは、俺がもう"転生者"じゃなくなった、ってことでもあるんだろうか。
まあ……そうでもそうじゃなくても、セイメイのゆくえだけは掴めないが。あいつなら、俺の影響がなくてもしれっとこの時代に転生していても、不思議ではない。
それでも、この場にいないということは……なんらかの、影響はあったようだが。
「ヤーク、大丈夫? さっきからぼーっとしてる」
「私たちも回復魔法をかけてみましょうか、ヤネッサ」
「大丈夫……うん、大丈夫。ちょっと、考え事していただけだから」
いまいち、まだ実感はないが……ライヤは、もう、いない。
その事実は、きっと俺しか覚えていない。ただ、その記憶もずっと覚えていられるのか……次第に、忘れてしまうのかは、わからないが。
……いや、俺だけは覚えておこう。絶対に。友達とも、家族とも違うが……俺の、半身のことを。
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