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英雄の復讐 ~マルゴニア王国編~
第59話 奴隷との付き合い方
しおりを挟む氷狼族の少年奴隷、名をユーデリア。歳にして、まだ十くらいだろうか……実力だけならば、この子より使えそうな者は他にたくさんいる。
ただ、私の直感はこの子を選んでいた。その理由がわからないけど。それでも、私は私の直感を信じていた。
さて、この度タダでこの子を買えることになり、仲間……ではないけど、お供にする者が一人増えたわけで。今後の方針を決めないとな。
相変わらず、実力未知数のコルマの存在を計算に入れると動きがとれない。だから、彼のはひとまず除外して考えるとして。
隙をついて、こいつらを皆殺しにしてしまうか……それとも、こいつらにはまだ利用価値があるかもしれないから、この場は敢えて見逃すか。
その場合、この商人たちはこの先も奴隷を手に入れ続ける。それに、あのキャロル・ニーヤという歌姫の奴隷は、コルマに汚されてしまうだろう。あの男、下心丸見えだ。
別にこの世界の人間がどうなろうと知ったことではない。どうせみんな殺すんだ。けど……彼女がなにをされるかわかっているのに放っておくというのは、同じ女として気分のいいものではない。
「今なら……」
今なら、リーブスはなにか書類を書いている。商品が売れたから、契約書みたいなものを書いているのかもしれない。コルマとロッシーニは、キャロル・ニーヤに夢中だ。
というか、なんか値段交渉してる。
今なら、全員の注意がそがれている。今なら、厄介なコルマさえも、隙をついて殺すことが……
「アン、どの奴隷にするか決めたんだね」
「……!」
背後から、コルマの声? いつの間に、私の背後に? 私は確かに、コルマ……いやこの場にいる全員に注意を向けていたはずなのに。まばたきをしたその一瞬で?
しかもこいつ……この場をどう処理してしまおうか考えているこのタイミングで。やっぱりこいつ、心を読めるんじゃないのか? でなければ、恐ろしく勘がいいのか。
「……えぇ。あの子に……」
「へぇ、小さな男の子か。アン、もしかしてそういう趣味かい?」
「あははー、張り倒しますよ?」
本当に、この男は何者なんだ。素性がわからないのはまだしも、私でさえ気配が読めないなんて。
やっぱり、こいつを殺すのは至難の業、かな。今だって、隙を見つけたと思ったら背後をとられてしまったのだから。
「む? ……あぁ、ただの獣人じゃなく、氷狼族か。こんな珍しい種族がいるなら、言ってくれればいいものを。リーブス殿も人が悪い」
「ほっほ、まあ今回はアン殿への初回サービスということで、彼女の希望の商品を紹介させていただきまして。それに、こんな小汚ないガキよりもあちらの歌姫の方が、おきに召すでしょう?」
「はは、違いない」
初回サービスねぇ……言葉だけならすごいお得感があるんだけど、扱っているものが奴隷だからな。全然嬉しくない。
「アン殿、では契約書にサインをお願いします。その後、首輪と手錠の鍵を渡すことになります」
「あ、はい」
リーブスは一枚の紙を差し出し、私に渡す。契約書、ねぇ。なになに……『奴隷が壊れたとしても、一切の責任は飼い主にあると……』……やめとこう。全項目読むだけで気分が滅入るだけだ。
どうせいずれ殺す奴らだ……ここは、適当でいいか。それにしても、人を買うなんて……人を殺すよりも、案外気分が沈むものだな。
「アン・クーマ……と。これで、いいですか?」
「ありがとうございます。……えぇ、これにて完了です。そしてこれが、首輪と手錠の鍵です。奴隷の飼い主に渡す決まりとなっておりまして……どうぞお好きに。しかし、お気を付けを。電気を流す首輪は、外してしまうとその間は機能しなくなります。ないとは思いますが、拘束が外れた瞬間に、飼い主を殺そうと襲い掛かってくるものもいますから」
「はい」
なるほど……あの電撃を流していたのはやっぱり首輪か。それがなくなることで、襲い掛かってくる者もいる……ま、当然の結果だな。電撃の恐怖も、拘束具もなくなるんだから。
それでも、「ないとは思いますが」と余裕そうにしているのは……拘束を外しても襲ってこない自信があるほどに痛めつけているから、か。人ってやつは、痛みに敏感だ。
ニュースで、誘拐された子供が、事件後も犯人に囚われている……なんてものを見たことがある。それに似たものかもしれない。必要以上の恐怖が、彼らを支配しているんだ。
……なんにせよ、これで私は正真正銘『人を買った』。
また、一線を越えてしまったな……ま、一般人を殺した時点で、いや元の世界ですべてを失った時点で、なにがどうなっても構わないと思ってるけど。
「基本は、奴隷は人目から隠して飼うものです。どうしても外に出すときは……皆さん、スカーフなどで首元を隠す方が多いようです。あるいは、コルマ殿のように腕に覚えのある方は、堂々と首輪を外していらっしゃいます」
「あぁ、奴隷なんかに暴れられても、俺ならすぐに殺せるから心配ない。それに、付けたままじゃ興奮できないしね」
「……そうなんですか」
別に聞きたくもない情報をありがとう。コルマの最後の言葉は本当にいらなかった。
それにしても、基本は外出させず、外では首元を隠す、か……奴隷の存在を隠す、つまり、少なくともこの村では奴隷は周知ではないということか。
思い返してみれば……確かに、少しだが首元にスカーフをした人がいた。もちろん単なるおしゃれでつけてる人もいるだろうが、あの中にも奴隷がいたのかもしれない。
「私は、使わせてもらいます、鍵」
拘束具をつけたままでも構わないが……それだと、なんか嫌だ。今さら嫌もなにもないだろうが。
拘束を解いた瞬間に、逃げてしまう場合もある。だが、私にとっては関係ない。相手がどんなに速くても、すぐに追い付いてしまえる自信がある。
おとなしく従ってくれるならばそれでよし。瞬間に襲ってくるのであれば、そのときは……
「じゃあ外すから、じっとしててねー」
鍵を手に、首輪の鍵穴を探す。こんなものから電撃を流され、無理やり言うことを聞かせられているのか……
同情のつもりはないが、不憫だとは思う。せめてその恐怖から解放してやりたい、という思いもあったのかもしれない。カチャカチャと、鍵が開いていくのがわかり……
ガチャンッ
「……っ!」
鍵を開け、首輪を外した……その瞬間。さっきまで死んだ目をしていた、目の前の男の子から殺気が溢れだし……その目が獲物を狙う獣のそれへと変化する。
大きく口を開け、その鋭い牙を……私の首筋へと狙いを定めて、飛びかかってきた。
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