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英雄の復讐 ~マルゴニア王国編~
第62話 反逆
しおりを挟むコルマの次なる攻撃に対して、警戒を解くことなく緊張の糸を張り巡らせる中……どこか気の抜けたような、いや無理やり自分に気合いを入れたかのような声が響く。同時に、鈍い音も。
鈍い音の正体……それは、奴隷の動きを拘束していた首輪によるものだ。それが、コルマの後頭部に振り下ろされ、打ち付けられた。
奴隷の首輪は、言うまでもなく奴隷の首に付けられていて、それを外す術はない。手段はひとつだけ……首輪を外す鍵を、使うことだ。そしてそれは、商人か買い手しか手にできない。奴隷本人が持つことはない。
商人が奴隷の首輪を外すことはない。となると、奴隷を買った……私。つまり、私が買った奴隷であるユーデリアが、事に及んだのか。
しかしユーデリアは、後ろにいる。だから彼は除外だ。他に候補は……一人だけ。
「お、お前……キャロル・ニーヤ!」
コルマを殴り倒した人物、その姿を確認したロッシーニが叫ぶ。その人物は、そう……先ほどコルマ自身が買った、絶世の美女と謳われる人物だ。
その人物が、いつの間にかコルマの背後に回り……コルマの頭に、外されていた首輪を叩きつけていた。
コルマの奴、彼女の奴隷の首輪を外していたのか……もっとも、キャロル・ニーヤに同情して、なんて理由とかではないだろうけど。
ともかく、コルマがキャロル・ニーヤの首輪を外したことで、彼女が反撃の手にうって出たのは紛れもない事実だ。
首輪は、重く、固い……紛れもなく凶器となる鈍器だ。それをぶつけられたコルマは、地に伏したままピクリとも動かない。
「き、貴様ぁ! なにをしたか、わかってるのか!」
鬼の形相で、ロッシーニが叫ぶ。その迫力に、キャロル・ニーヤは体を震わせるが、先ほどまで死んでいた目はそこにはない。
「ふ、ふざ、けないで! わた、しは、奴隷、なんかじゃ……ない! 私は、ちゃんと、生きてる、人間で……奴隷なんかじゃ、ない!」
それは、確かな反逆。ふぅん、見た目に反して、肝の据わった人物であるらしい。
これまで奴隷として自由を奪われてきた人間が、この日初めて、自ら反逆の意思を示して……
「へー……そうなんだ」
ゾワッ……
その瞬間、不意に悪寒というものを感じた。背筋を寒気が走るような……いや、そんな甘い感覚ではない。背筋をねっとりとなめられているような、そんな感覚。
頭から出血し、倒れていたはずのコルマは……ゆっくりと、立ち上がる。確実に痛みはあるはず……なのに、痛みを気にすることもなく、まるでゾンビのように。
「ひぃいいい!」
「奴隷じゃない、か……そうかもね。お前はただの……奴隷以下の、雌豚だったようだ」
たった今、鈍器を後頭部にぶつけられたにも関わらず……あれだけの出血をしているにも関わらず、あの男は、痛みどころか隙すらも一切見せない。
それどころか、怪しく目を光らせ……キャロル・ニーヤの首を、素早い動きで掴み上げる。いつの間に、距離を詰めたのか……
「がっ……ぁ」
「いやぁ、はは……俺としたことがまさか、こんな不意打ちを避けられないなんて。アンとの遊びに興じていたとはいえ、油断したよ」
遊び……遊び、か。あの男、先ほどまでの死闘を、遊びと言うのか。
どんなからくりか知らないが、コルマはダメージを感じていないようだ。まったく……こんな奴、初めてだ。魔族にだって、こんな奴はいなかった。
このまま黙って観察するのも悪くはないけど……せっかくあの変態に一矢報いたあの女が、あの変態に殺されるとこは、あまり見たくはないな。
その勇気に、一種の敬意を払うよ。
「せっかく、俺の物に染め上げてやるつもりだったのになぁ……けど仕方ないよ。ご主人様に逆らう物なんて、いらないからさ。あはは、死……!」
「ぜぇい!」
コルマがキャロル・ニーヤに夢中のうちに、横っ腹に一撃与えられれば……そう思った私の一撃は、横っ腹に届くことなく止められてしまう。
しかも、キャロル・ニーヤを掴み上げるのとは逆の手でだ。
「まったくせっかちだなぁアン。そんなに俺と遊びたいのかい?」
「くっ……!」
素手で私の拳を受けて、なんともないなんて! 別に身体強化の魔法を使ってる訳じゃない……というか、そんなもので私の拳が防がれるわけがない。
片手で人一人持ち上げ、片手で私の拳を受け止めて……なんて、奴だ!
今のこいつは、得物を失い、ただ耐久力が高いだけだ。多分、魔法は使えない……それなのに、なんだこの違和感は?
そう、こいつは素手だ。素手同士なら、私が後れをとることなんてないはず……
「……っ、ぐっ……!?」
刹那の思考の最中……痛みが、思考を中断させる。突如として、左脇腹に走る痛み……なんだ? まさか、先ほどのキャロル・ニーヤのように、私も自分が買った奴隷にやられたのか?
いや、コルマを相手にしながらも、ちゃんと周りに気配を配っていたはず。近づいてくる人の気配はない。それに、あれだけビビらせたんだから簡単には動けないはず。
なら、いったい誰が……?
「!? なっ……」
痛みのある部分……左脇腹に視線を落としたことで、ようやくその正体がわかる。誰が痛みを生み出したのか。
……いや、正確には誰が、ではない。
「け、ん……!?」
先ほど、確かに私の拳で砕いたはずのあの『へんな剣』が、元の形に戻り、私の体を突き刺していた。しかも、剣を持つ人間はいない。
つまりだ……状況だけ見ると、『破壊した剣が再生し、その上でひとりでに動いて』私を刺したということになる。そんなこと、あるわけが……!
「ま、さか……魔法!?」
可能性として考えられるのは、魔法により破壊された剣を復元し、さらに触れずに動かすことで、あたかも剣がひとりでに再生して動き出す、を演出するというもの。一種のポルターガイスト現象だ。
多分魔法を使えないコルマは除外して、それができるのは、今この戦いを見物しているリーブスかロッシーニ、もしくは奴隷しかいないが……
「はは、考えても無駄さ……」
「?」
そこへ、またも私の心を読んだかのようにコルマが、笑いだす。
「誰が動かしたとか、そんなことじゃない……そんな必要すらないのさ、その剣は」
「必要、ない……? なにそれ。それじゃまるで、ホントに剣がひとりでに動いたみたいな……」
「そうさ、動く……いや生きてるのさ! あぁ、その剣は呪われてる……『呪剣』なんだからな!」
ひどく歪んだ笑みを浮かべて、コルマは叫んだ。
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