110 / 522
氷狼の村
幕引き
しおりを挟む幕を引こうと、バーチは言った。しかし、いくら体の構造が異常だとはいえ、今戦況はユーデリアの父親に傾いている。
なのに、どこからあんな余裕が生まれてくるのか? 奴の言う、『呪術』というのが関係しているのか?
バーチの体をあんな異常なものにし、『呪剣」の力も呪術によるものだという。呪術って、なんなんだ?
『貴様、なにをするつもりだ……!』
『終わらせるのさ、なにもかもな』
実際に対峙したときも、この映像でも……おそらく、バーチは魔法を使えないのだろうと感じる。
もはやバーチに、手札は残ってないと思うのだが……まだ、隠し札があるというのだろうか?
『お前は、強い。それは認める。だが、強すぎる……ゆえに、不要だ』
『……? なにを……』
『だが、お前の血を引く氷狼ならば……将来性は、期待できる』
ぞわっ……
なん、だろう……これは、過去の映像。私は干渉できない世界。なのに、今背筋に、悪寒が走ったような?
バーチの言葉を聞いた瞬間、ユーデリアの父親は背後……自分の家族へと、視線を巡らせる。それは、身の安全を心配してのものだ。
周りはもはや血の海だが、息子と娘、そして妻は、無傷だ。ユーデリアの父親の背後は、この場で最も安全な場所と言える。
『貴様、なにをするつもりだ……』
『なにを? ……こうするのさ!』
ザクッ……
「……ぇ?」
……ドサッ
『お、おぉおおお!?』
巨体が、地面に膝をつく。それは、巨体を支える足が、一本なくなったからだ。
胴体から離れた足は、力なく地面に転がり……それにより、バランスを崩したユーデリアの父親は、体勢を保てなくなった。
四本あった足は三本になり、足を根本から切り取られ、切り口からはおびただしい量の血が流れていく。
『いやぁああ! あなたぁああ!!』
愛する夫の壮絶な姿に、妻は叫ぶ。あまりの光景、そして出来事に、子供の目を隠すことも忘れてしまっている。
ユーデリアと、幼い妹は、その無惨な姿を見せつけられて……
『お父さん!!』
『いやぁあああ!!』
幼い二つの声が、響き渡る。そして悲劇は、それだけでは終わらない。
『あ、ぐっ……』
バーチの手により、首を持ち上げられる妹……ユリア。苦しそうな声を漏らし、顔は青ざめている。
バーチは今の一瞬で、ユーデリアの父親の足を切り落とし、ユーデリアたちの目の前まで移動し、妹の首を持ち上げたのだ。
恐るべき速さ。この速さこそが、バーチの余裕の理由だったのか?
『ユリア! ユリアを離せ!』
妹の危機に、ユーデリアは果敢に立ち向かう。が、そんなものバーチにとって抵抗にすらならない。そのままかわされ、足蹴にされてしまう。
『ユリア! ユーデリア!』
子供たちの危機に、今まで子供たちを守っていた母親が激しい憎悪の瞳で、バーチを睨み付ける。
しかしバーチは、ユリアを持ち上げていない方のに持った短剣を見せびらかし、母親の動きを止める。妙な動きをすれば、娘がどうなっても知らない……そんな脅迫を、しているかのようだ。
あの短剣は、マルゴニア王国で見たものと同じだ。あの小さな剣で、ユーデリアの父親の巨体の足を、切り落としたっていうのか?
『っ、卑怯な……!』
当然、ユーデリアの父親も動けない。足を切り落とされた以上に、人質……それも、自分の娘を取られているのだ。たとえ五体満足でも、動けやしないだろう。
それに、切り口はすでに、自身の冷気により凍らせ、出血しないように処置をしている。
『卑怯? くはは、今さらだな』
『うえぇええ……ぅ!?』
『うるさい。黙ってようか』
泣き叫ぶユリアを、バーチは彼女の首を絞めることで無理やり黙らせる。首を持ち上げているのだ、その気になれば、幼い少女の首をへし折るなんて、容易い。
それがわかっているから、父親も母親も、手出しできない。
『娘を離せ!』
『離せと言われて、離すと思うか? それに、もうお前に興味はない。あるのは……』
と、バーチはユリアに、そしてユーデリアに視線を向ける。その視線の意味するものが、なんなのかはわからない。だけど、先ほどの言葉が、よみがえる。
「お前の血を、引く氷狼ならば……」
バーチが、ユーデリアの父親を指して言った言葉だ。血を引く、つまり彼の子供。あれだけ強い氷狼の子供ならば、その将来はそれを凌ぐ程の氷狼になるかもしれない。
だけど、今はまだ弱い。将来性に期待が持てる氷狼を、狙っているのか。
まさか、奴隷にするために?
『貴様っ……!』
ユーデリアの父親のことを、強すぎる、と言った。きっと、現段階で彼を奴隷にするのは難しいと、判断したのだろう。
だからこそ、その子供へと狙いは定まる。
『子供たちに手出しは……!』
『お前はもう不要だと、言ったろう?』
ズババババッ!
『ゴァアアアア!!』
突如として、ユーデリアの父親の体がなにかに切り刻まれる。それにより、体には無数の切り口ができ、その叫び声が殺傷力を物語っている。
彼の体を切り刻まむもの……それは、ひとりでに飛び回る『呪剣』によるものだ。高速で動くそれが、巨体を刻み続ける。
一度切りつけるだけで、呪いを与える剣。それが、何度も何度も何度も何度も切りつけられていく。いや、もはや呪いとか関係ない。
あんなに、切り刻まれてしまっては……
『ゴ、ァ……』
冷気が、死んでいく。
『あ、ぁ……』
巨体は、力なく倒れていく。ズシン……と鳴る地響きは、周囲の戦況にも影響を与える。
仲間がやられたことの落胆。敵の主戦力を倒したことの喜び。敵味方で、その反応は大きく違う。
中でも、身内の反応は凄まじいものだ。夫の、父親の、あまりに無惨な姿……それは、三人に絶望を与えていく。
『あ……ぁ……ぁ……』
その中で、驚愕と絶望に目を見開くユーデリアは涙を流し……死んでいた冷気が再び、舞い始める。彼を中心として、感情の見えない力が渦巻いていく。
0
あなたにおすすめの小説
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-
ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。
断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。
彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。
通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。
お惣菜お安いですよ?いかがです?
物語はまったり、のんびりと進みます。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる