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英雄の復讐 ~絶望を越える絶望~
分裂する個体
しおりを挟む目の前にいるのは、たった二体の魔物。だが、下手な攻撃は魔物を分裂させることになる。
蹴りをおみまいしたが、それにより一個体が二個体分裂したのだ。しかもダメージは通っていない。よって打撃は、この魔物相手に対しては意味のない手段というわけだ。打撃で分裂するなら、斬擊が通用するはずもない。
それに、この魔物には魔法も通用しない。体に直撃させても、その魔力を吸収し、自身の力と変換してしまう。単純に魔法無効化より、厄介だ。
「呪術に頼ることに、なるなんて……」
ついこの間までは、正体の知れない腕を不気味だと思っていたのに……今持ちうる攻撃手段を潰されただけで、あっさり頼ることになるなんて。
ただ、頼ると言ってもこれまでにあの腕を意識的に出せたことはない。いくら、残された手段が呪術だけとはいっても、素直に出てくれるものか……
「……残された、手段……」
魔物との距離を保ちながら、考えを巡らせる。
打撃も魔法も通用しない、そんな魔物はいるだろう。現に、今目の前にいるのがそうだ。だけど……タイミングが、良すぎないだろうか。
打撃と魔法を封じられれば、私に残されたのは呪術のみ。そう……呪術のみ、なんだ。対抗する術がまったくないわけじゃなく、呪術というたった一つの術が残っている。
まるで……私に、呪術を使わせようと、しているみたいじゃないか?
「考えすぎかな……っと!」
吠えながらもきちんと私を狙って突撃する魔物を避けながら、考え付いた推測に首を振る。魔物が、まさかそんな考えを持って行動しているとは思えない。
ただ……考えすぎと片付けてしまうには、いろいろと状況が整いすぎている。こう考えてはどうだろう……魔物の意思ではなく、魔物を操っている何者かが、私に呪術を使わせようとしている、と。
私に呪術を使わせてなんのメリットがあるのか、とか疑問は残るけど、こう考えたら辻褄は合うのだ。この状況にも。
「っ、避けるだけ、ってのも……!」
魔物の単調な攻撃は、当たらない。が、こうして避け続けているというのは地味にストレスだ。今までは、避け続けることなんてなく、すぐに反撃していたのだから。
こいつらは、以前戦った"時間が経過すればするほど"強くなる魔獣とは違う。その点は安心だが、先ほどの魔法を吸収したことで、少なからず速度や力も上がっている。
「くそ、面倒な……!」
攻撃を避け続け、且つ反撃もしちゃいけないことがこんなにストレスが溜まるだなんて、思いもしなかった。
……どのみち、このままってわけにはいかない。たとえ私の推理が正しくて、魔物を差し向けた何者かの狙いが、私に呪術を使わせることだとしても……このままじゃ、じり貧だ。
このままじゃいずれ今以上に追い詰められることになる。だったらここで……
「グルルルルァア!」
「って、出ない!」
呪術を使う決意をするのと、呪術が発動するかどうかはやはり別問題……のようだ。呪術の腕に、生えろ生えろと念じてみても、ちっとも生えやしない。
必要のないときに出てくるくせに。出てきても、私の言うことは効かないくせに。だったらせめて、出したいときには出てくれても……
「ガルルァ!」
「しまっ……」
ガブゥッ
ちょっとした隙をつかれ、左腕に噛みつかれる。鋭い牙は肌に食い込んでいき、傷口からは赤い血が流れていく。
こいつ……このまま、噛み千切るつもりか!
「させ、るか!」
このままむざむざ、残った腕も千切られてたまるか! 痛みに耐え、左腕、左手に魔力を集中させていく。
左手に集中させた魔力を、一気に解放……爆発させる。凄まじい音と共に、魔物の体は内側から弾け、肉片となって飛び散る。
「内側、からなら?」
魔物の首から上は爆発により吹き飛んだ……つまり、体の内側からの攻撃は通用するってことだろうか。だったら、まだ対処のしようがある……
「……って、まさか……」
……飛び散った肉片が、ひとりでに動いている。そしてその肉片は、どんどん大きくなり……やがて、一つの形を成していく。
……魔物の、形に。
「グォオオオ!」
「……マジか」
体の内側からならば魔法は通用した……と思った。が、それは違った。飛び散った肉片一つ一つが、新たな魔物へと分裂をしたのだ。
散らばった肉片は、当然ながら一や二ではない。十、それ以上……それがすべて、魔物へと変化していく。
もしかしたら体の内側から破壊すれば、命を絶てる……どころか、結果的に魔物の数が増大してしまった。
「ガゥルル……」
「ゴォアア!」
「動物園か……ぅおっ」
増えてしまった魔物は、それぞれが本能の赴くままに動く。ある魔物は襲いかかってくるし、ある魔物はただ吠えている。仲間意識の連携なんてないから、二体一度に襲ってきた魔物が衝突することも。
とはいえ、単純に数が増えれば、それだけ対処しなければならない数も多くなる。
「くっ……」
先ほど噛まれ、出血する腕を治しつつ、呪術を出現させるために意識を集中させる……が、出ない。呪術ってのは、その在り方自体が厄介だというのに、自分の思うままにも扱えないなんて。
『呪剣』はそれ自身が呪術であったし、呪術を使っていた男たちは変な液体を飲んでいた。ノットは呪術を使うのに慣れていたようだし、魔法と同じく自分で意のままに使うには慣れが必要なのだろうか。
「呪術の訓練……なんか嫌だな」
聞いた話では、元々呪術を持っていたエリシアは、魔力制御の過程で呪術が暴走したのだという。あくまで暴走であるため、これまでに私が体験したものと同じだ。
つまり……今のところ、自分の意思で呪術を出す手段がない。
「あぁー、くそ!」
手立てがないイライラから、襲い来る魔物を蹴りあげてしまう。そうすると、当然魔物の個体はまた二つに分かれてしまうわけで……
「あっ……」
こちらの攻撃は封じられ、魔物の数は増えるばかり……これは、ちょっとまずいかもしれない。
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