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もう一つの異世界召喚
もうここには用はない
しおりを挟む人間に魔獣と呼ばれる生き物のその正体は、魔族が『病』を発症したために変化した存在。魔物との区別化として、魔法が使えるのが魔獣だ。
魔獣は魔物に比べはるかに強力で、現に勇者パーティーを何度も追い詰めた。魔獣が使う魔法の強さは、魔獣と成った魔族そのままの魔力の強さと同等である。
しかし魔獣の厄介なところは、実はそこではない。一番の厄介なところは、その強固な体の硬さだ。まるで鉄のような皮膚は、並大抵の攻撃を通さない。
魔物との違いは、魔法の有無と体の硬さ。魔法については勝手に撃ってくるが、体は実際に触れてみないとわからない。この硬さに関しては、ほぼ均一に鉄のような硬さだ。
城の魔族半数以上が発症したその原因は、不明。残ったのはサーズや、一部の魔族、そして四天王。しかし、その大部分も勇者パーティーに敗れ……今残っているのは、サーズただ一人。
ちなみに、死んだ魔物はその場に遺体が残らず、黒い霧のようになって消えてしまう。それは魔獣も同様であり、城の外や内部に死体が残っていないのは、そのためだ。
「それで……ケンヤ、殿は……これから、どうするのさ……」
もはや動く力もなく、しゃべるのだって面倒なサーズは、それでも目の前のケンヤを見上げる。彼が、この先なにを為すのか……
その答えは、聞かなくてもわかっている。
「決まってる……ガルヴェーブを、生き返、らせる」
その瞳は、ひどく濁っていて……それでいて、なにかを覚悟したような瞳だ。
ガルヴェーブを生き返らせる……そのために、情報を求めてどこへだって行く。この城に、もう生き残りがいないのなら、ここにいる意味はない。
そして、目の前で死にそうなサーズを、助けるも、見殺しにするも、手を下すも……ケンヤの自由だ。
「やぁ、はは……私を、許さないん、だろうね……」
サーズ自身、ケンヤに許してもらえるとは思っていない。だから、ケンヤに最期を迎えさせられるなら、それでも構わないと思っている。このまま死を待つだけというのは、つまらない。
……しかし……物語というものは、いつだって予想外の展開が起こりうるもので。
「うっ……?」
ドクンッ……なにかが、胸を打つ。なにかとは、そんなもの一つしかない……心臓だ。心臓が胸を打つ感覚……と言えばわかりやすいだろうが、感覚ではない。これは、実際に心臓が鼓動を伝えている。
普段、心臓は絶えず動き続けているものだ。しかし、それは意識したり、激しい運動をしたあとでなければ、感じることはほぼない。
今……サーズの心臓は、大きく脈打った。思わず、胸を押さえてしまうほどに。
「は、ぁ……!」
「?」
うずくまる……ことさえできないサーズは、両手で胸元を……服を、ぎゅっと押さえる。この感覚に、覚えはない。生まれてからこの方、これほどまでに苦しいのは味わったことがない。
だが、この反応に……覚えは、ある。そうだ……"みんな"、苦しそうに胸を押さえていた。そのわずか、数分もしないうちに……姿形を変えていったのだ。
……そう、これは……魔族が魔物のような存在、魔獣へと変化する、前兆。そしてこれから逃れる術は、ない。
「はは……参った、な……まさか、こんな……終わり、かた……で……」
「お、おい……?」
自らの終わりを悟る、サーズ。しかしケンヤには、なんのことだかわかりはしない。ただ、自虐的な笑みを浮かべるサーズが、とても穏やかな様子なのは確かで……
「やぁ……早く、行け……でないと……! あっ、あぁ……!」
すべてを言い終えるより先に、体に異変が訪れる。小柄であるその体のどこから出しているのかと思いたくなるほどの大声……もはや悲鳴を上げる。それは、サーズに興味のないケンヤであっても目を見張るほど。
さらに目に見える変化は、瞬く間に表れる。まるで体の内側になにかがいるかのように、皮膚がぼこぼこと浮き上がる。それは見ていて、気持ちいいものではないが……ケンヤは、顔をしかめることすらしない。
さっさとここから逃げてしまおう……サーズの言葉に従う形になるのは癪だが、そう思い至る。だが、この場から逃げるよりも状況は目まぐるしく変化して……
まばたきの間にも、サーズの体はどんどん異常な姿へと変わっていき……一呼吸置く間に、彼女の知性と言葉は、失われる。悲鳴は、やがて雄叫びのようなそれへと変わり……人の子供のような姿は、醜くその姿を変貌させて。
「……」
四足歩行の獣が、そこにはいた。黒い毛並みに覆われた、赤い瞳と鋭い牙が印象的。一見魔物と大差ないし、ケンヤのいた世界でも『犬』や『狼』と似た風貌ですらある。
しかし、その凶暴性は、魔物の比ではない。
「グルルルァ!」
目の前の獲物(ケンヤ)を視界に入れるや、牙を剥き飛びかかる。ケンヤはそれをとっさに避けるが、ガルヴェーブを背負っているために満足な動きができない。
獲物を逃してしまったサーズ……いや魔獣は、今度こそ獲物を切り裂くために振り返る。……その直後、顔面に鋭い蹴りを打ち込まれた。
そのまま壁に激突するほど吹き飛ばされ……回し蹴りを放ったケンヤは、魔獣となったサーズを冷たく見下ろすばかりで。
「残念、だよ……こんな、形で、殺すことに、なるなんて……」
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