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英雄はそこにいた
彼女はもう眠れない
しおりを挟む「うわぁあああーーっ!」
浴びせられる視線が、投げ掛けられる言葉が、なにもかもが私の心を抉ってくるかのようで。
これまで数えきれないほどの痛みを受けたが、回復魔法で治してもらったから傷は残っていない。とはいえ、たくさんの傷が残っても不思議ではなかった……それだけ、たくさんの痛みを受けてきた。殴られ、蹴られ、斬られ……たくさんだ。
文字通り、お腹を抉られるような場面もあった。この世界で、元の世界に居たことには考えられないほどの痛みを、味わってきた。
けれど、今のはこれまでの、どれよりも体を……いや心を、抉ってきた。外傷はない、はずなのに……震えが、止まらない。与えられる痛みに、みっともなく叫びだしてしまうほどに。
「はぁ、はぁっ……ゆ、め……?」
今自分は、なにをしている。まず、深呼吸だ。心臓がバクバクうるさい。汗も、すごい。落ち着け、落ち着け……
「ふぅ……はぁ……」
周囲を、見回す。ここは……そうだ、夜になったから、寝床を探していて、洞窟を見つけたからそこで寝ることにしたんだ。地面が固いけど、旅を続けているうちにもう慣れてしまった。
隣には、この旅には欠かせないボニーであるコアが眠っている。この子には、いつも乗せてもらっている。少し離れたところには、氷狼であるユーデリアもお休みのようだ。
深呼吸して、少し落ち着いたみたいだ。額を手のひらで拭うと、汗がべったりとついていた。これは冷や汗……だろうか。
「……はぁ」
あれは夢……そう、夢だ。夢なのに……やけにリアルで、ひどいくらいに鮮明で。あの頃の気持ちが、絶望に落とされたときの気持ちが、思い出されてしまった。
今までにも、夢を見ることはあった。それは、元の世界にいたころの幸せな景色。お母さんもお父さんもあこもいて、みんなで笑っている場面。
もしくは、決して忘れるなというように誰かに言われているように、元の世界に戻ったときのこと。それは絶望だ。思い出したくない、でも決して忘れてはならない。
幸せな景色は、ずっと見ていたいけど……残念ながら、すぐに夢だとわかってしまう。夢だとわかったときには、目が覚めてしまう。もっと、見たいのに。
逆にあのときの夢……いや、これを夢と呼んでいいのかわからないけど。とにかく思い出す、あのときのことは……現実に起こったことだから、夢とは気づかない。気づかないから、見たくない景色を永遠と見せられる。
今までは、それでも軽いものだった。自分の身に起きたことだけど、まるで第三者の視点から見ているような……他人事ってわけじゃないけど、他人事に近い視点。
「……っ」
だけど今回は、違った。あの声は、気持ちは、光景は。実際に私の身に起こったのと同じように、そこにあった。あのとき感じた気持ちが、そのまま反映されていた。
元の世界に戻って実家に帰ったときの幸福感、お父さんとあこの仏壇を見たときの喪失感、叔母さんに恨み言をぶつけられたときの絶望感、そして……お母さんの姿を見たときの、あの気持ち。言葉に表せない、全部の気持ちが夢の中で、リアルに感じられて……
「ぅっ……えぇっ……!」
とたんに、嘔吐感が湧き……口を押さえて必死に飲み込もうとしたが、無理で。地面に、胃の中のものを吐き出してしまった。今日はあまり食べていなかったから、ほとんどが胃液だ。
あの現実味のある夢……これだけの時間が経っても、あの気持ちを忘れたことはない。忘れたことはないが、今再確認させられた。
それに……
『あなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよ』
あの言葉が、頭から離れない。最初は、叔母さんが私に向けて言った言葉だと思っていた。事実、そうだった。でも……
途中からこの言葉の、声は叔母さんのものではなくなっていた。この言葉を言い、私に恨み言をぶつけていたのは……お母さんだった。
「ぅ、はぁ、はぁ……」
お母さんは、こんなことを言わない……と、思う。けれど、実際のところはどうなのか、わからない。叔母さんが言っていた。ように、私のせいでお父さんとあこは死に、お母さんは精神を壊した。私のせいで。
お母さんに、いや迷惑をかけたすべての人に、あの言葉を言う資格はある。私は、なんの言い訳もできない。できないけど……実際に、お母さんの声であの言葉を並べられたら、効く。
自分でも驚くくらい、声を上げてしまった。コアやユーデリアを起こしてしまいかねないほどだと思ったが、どちらも起きていないようだ。よかった。
……別に、割りきっているつもりではない。あのことは一生の後悔で、忘れることはない。今でも夢に見てしまうほど、心の奥にその気持ちがある。
忘れられるとは、思わない。忘れたいとも、思わない。これは私の罪だ。ああなってしまったのは私のせいだと、私自身が感じている。だから今になっても、あんなリアルな夢を見てしまう。
「っ、く……」
口の中のものは全部出したと思ったのに、思い出すだけでまた胃液がこみ上げてくる感覚。今度はなんとか嘔吐を抑えるが、気持ち悪い感覚は残ったままだ。口の中を洗いたい。
どれだけものを破壊しても、どれだけ人を殺しても……親しかった人を殺した痛みさえ、あのときの痛みに比べたら全然痛くない。そう思えてしまう。
血に汚れたこの手は……もう以前の私には戻れない。それを思い出させる。もっとも、戻るつもりはないし戻れるはずもないとわかっているから、この世界に戻ってきたんだけど。
私の世界は、壊された……あのとき、この世界に召喚された瞬間から。
「……『英雄』になんて、なりたくなかった」
どれだけ人々を救っても、たとえ世界を救っても……残されたのは、胸の奥にぽっかりと空いた穴だけ。虚しさだけが、いつもここにある。
勇者だ『英雄』だと祭り上げられて、その結果がこれだ……こんなことになるなら、『英雄』になんてなりたくなかった。勇者として召喚なんてされたくなかった。ずっとあのまま、放っておいてほしかった。
「……寒いな」
外から入り込んでくる、夜風は……いつもよりも冷たい。そんな気がした。
喉に残った嘔吐感が気持ち悪くて……額から流れる冷や汗が鬱陶しくて……また寝たら、あの夢を見てしまいそうで……今日はもう、眠れそうにない。
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