旅する二人の小説家

夜船 銀

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レイク

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ジャバジャバとオールを振り回しながらなんとか湖の中心を目指してノロノロと進む。他の人がやる分にはスイスイ進んでいるように見えるのに自分がやるとなるとなかなか難しいものだ。左右どちらも同じ力で漕がないと船がまっすぐ進まずあらぬ方向へ曲がってしまうのだ。
「これは明日確実に両腕筋肉痛だなっ」
腕に力を込めながらベルは悪態をついた。
まさかボートを漕ぐのがここまで重労働だったとは…。あの『ねぼすけ』を連れてきて漕がせれば良かった。
「あーもーダメ、腕が上がらない」
オールから手を離しボートに倒れ込む。オールはボートに固定されているタイプなので手を話しても問題ない。
息を切らしながら眺めるニューヨークの青空はとても綺麗だった。今日は本当にいい天気だ。上半身を起こして湖の岸辺を眺める。素人なりに頑張って漕ぐうちに意外と遠くまで来ていたようだ。陸地の喧騒もかすかにしか聞こえない。まるで自分だけが周りから遠ざかり続けているように…いや実際そうなのだが。こうして周りの声が徐々に小さくなっていくと自ら進んでひとりぼっちの方へ向かっている気がして少し心細くなってくる。
その時 びゅう と風が水面を滑るようにやってきてベルの顔を吹き抜けていった。その勢いに押され、思わず顔を背ける。その瞬間ボートに乗ることでしか味わえない景色が目に飛び込んできた。


湖の奥にみえる森林、その上からニューヨークのビルたちがこちらを覗き込むように立っている。さっきからかすかに感じていた自然×都市風景の美しさ、その真骨頂がここにある気がした。
『おすすめしたくなるわけだわ』
ベルは店員の気持ちに納得しながら、その店で買ったパンの包みを開いてベーコンサンドイッチを取り出す。時刻はもう12時頃、朝食用と買ったはずだが気づけば昼食時になってしまっていた。でもいいのだ。ボートがおすすめと聞いたときにここで食べると決めたのだから。ベーコンサンドイッチにかじりつく。少し冷めてしまっているけど、シチュエーションも相まってとても美味しい。一緒に買ったミルクを飲みながら改めて景色を眺める。気持ちのいい風が吹いている。美味しいご飯ときれいな景色。これぞ取材の、旅の醍醐味だ。
『どんな記事を書こうかな』
ベーコンサンドイッチを口に運びながらベルはこれから書く物の構想を練り始めた。
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