旅する二人の小説家

夜船 銀

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ホテルにて

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「ヤバ、もうこんな時間」
セントラルパークで記事を書くための取材を終え、その感動が消えないうちに書き起こしておこうと近くにあったカフェで作業するうちにもう時刻は5時をまわっていた。
さすがにあの『ねぼすけ』も起きて、もしかしたら自分を心配しているかもしれない。ベルは慌てて荷物をまとめ店の外へ出た。
だんだんと8月の真夏に近づいているニューヨークは夕方でも暖かかった。空は夜に染まりつつある。ここから滞在先のホテルまで歩いて15分ほどだ。あまり暗くなっては危ない。さっさと帰ろう。ベルは軽い足取りでホテルへの道を辿っていった。
今朝出発した部屋のドアを開け「ただいま」と室内に声をかけると
「おかえりー」
という柔らかい声が返ってきた。さすがにあの『ねぼすけ』も起きていたか。今朝ベルが新聞を読んでいた席に一人の男が座っている。中肉中背に癖のある短い黒髪、そろそろ三十代だというのに若々しい顔立ち。どこをどう切り取っても純血の日本人。唯一珍しいのはその灰色の瞳くらいだろうか。
「また連絡もなしに勝手に取材に行って…事前に一言くらい言えと何度言ったら…」
「それは燕先生が毎度毎度昼過ぎまで寝てるからでしょ。ていうか自分の仕事は大丈夫なの?締め切りがどうとか言ってなかったっけ?」
「それは…」
ちょうどその時、テーブルに置かれた燕先生のスマホに電話がかかってきた。その相手を確認すると燕先生の顔は顔を歪めた。
「うわ、担当からだ」
「うわとか言うな」
燕先生が少し離れたところで電話に出る。
「はい、はいお世話になっております。はい、いえその…ちょっとまだできていなくてですね。色々立て込んでおりまして…」

燕 海渡、私の里親ということになっていて、私は先生と呼んでいる。これでも若くから成功を収めている小説家だ。世界のあっちこっちを訪れてはそこからインスピレーションを得て小説にしている…らしい。
そして私に教育と、誰とでも話せる語学力と、文才を与え、なにより私を世界を巡る旅に連れ出した張本人。今からおよそ七年前。私が十歳の時、あの孤児院から始まった旅だ。
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