処刑人と王女 〜全てはあなたのために〜

農民ヤズ―

文字の大きさ
5 / 49
一章

処刑人3

しおりを挟む
 _____アラン_____

 アラン達はようやく行程の半分を終え、もうすぐ隣国との国境を越える。
 後はこちらの国の首都に向かうだけであった。もちろんそれは、この行きに関してであり、滞在中と帰りの護衛もまだ残っているので、仕事自体はまだまだ続くが。
 しかしそれでも、行きさえどうにかなれば、後は危険は少ないはずだ。一度道を通ってしまえばその際に地形を把握する事はでき、そうなれば襲われたとしても何も知らない状態よりは対処はしやすくなるのだから。

 故に、重要なのはそこからだ。国境より先は、アラン達はその地形をほとんど知らない。おおよそどの辺りに村々があるのか、川があるのかなどはわかっているが、それとて真実であるとは限らない。参考に留め、妄信しすぎないほうがいいだろうと出発に際しての会議でも騎士達に告げられていた。

 それに、明日には国境を越える事になるだろうが、今日は今まで以上に警戒を強化しなければならない。
 何故なら、道中に何かあるのだとしたら、恐らくは今日起こるだろうと予想されるから。

 国境を越えてしまえば、これから王女達が向かう国の騎士達が護衛につく。
 だが、それは当然だ。他国の王族が親善大使として向かうのだから、それなりの対応をしなければならない。
 そして彼らが何かをする可能性も低いだろう。国境を超えてから事を起こせば、わざわざ招いておいて殺すこととなり、それは二国間の問題では無く周辺国をも巻き込む騒ぎになる。それはヴィナートとて本意ではないだろうから。

 故に、何者かが王女一行を襲うのであれば、その場合は国境を越える前であるとアラン達騎士は考えていた。

 無論、護衛として付けられたヴィナートの者達が王女達を襲わないとも言い切れない。
 だから警戒は必要だが、それでもやはり国境を越えた後よりも越える前の方が危険であるというのは変わりなかった。

 現在、アラン達王女一行は草原の真ん中にいる。近くにある森まではそれなりに距離があるので、敵襲があっても対処はできるだろうという理由だ。

 暗くなってきたので今日の行程は終わりとなり、野営の準備をするためにアラン達は止まった。

「殿下。明日には国境を越える事になります。我々も警戒はしますが、ここからは、殿下も十分にご注意を」

 王女殿下の乗っている馬車内にいた護衛の声が聞こえた。普通なら中の声など聞こえないように話すというのに、それでも外のものにも聞こえたのは恐らくはアラン達、外にいる者達にも聞かせているのだろう。

「ええ。分かっています。道中、わたくしは最低限以外この馬車から出る事はありません」

 馬車はいくつもの魔法道具を備え付けられているので、その馬車の中にいてもらうのが最も安全だった。出てきたところで何もすることがない、というのもあるが。

 そんな王女の乗る馬車を見て、アランは誓った。なんとしても守って見せる、と。

 (──もう二度と……)

 だがアランの思考はそこで止まってしまった。二度となんだというのだろうか?

 先ほどの想いをアランはしばらく考えたが、いくら考えてもわからなかったのでそれ以上考えるのをやめた。どのみち、思い出そうとそうでなかろうと、殿下をお守りするというのにかわりはないのだから、と。

 そうして騎士達が野営の準備を終えた頃には空に蒼く輝く月が見え始めた。
 月は地上の魔力の影響を受けるため、日によって色が変わる。とはいえ、毎日変わるわけではなく、大雑把にいえば季節ごとに色が変わると言っていい。
 暑ければ火の力が強いので赤く、寒ければ青く、といったような感じだ。
 最近ではその月の輝きが鈍っていることがあるので、どこぞで巨大な『魔』が生まれたのではないか、もしくは生まれるのではないかとまことしやかに囁かれているが、今日は透き通るような蒼。その月の色を見れば、もう春になるんだと誰もが理解させられることだろう。

「少しいいか。本日の夜番の確認についてだ」

 アランが装備の点検をしていると護衛騎士の隊長であるアーリーに呼ばれたので、アランは最低限の片付けだけを行い隊長の後を追っていく。

「変更は特にない。いつも通りの順番でいく」

 集まった先で行われた話し合いは、正に確認だけだった。
 だがそれでいい、とアランは思った。夜番等は元々決めてあり、それが崩れていないという事は、何も問題がないという事なのだから。

「ただ、これから……特に今夜は何か起こる可能性が高いと思われる。各員、警戒を怠るな」
「「「はっ」」」

 そうして話し合いが終わると、アランは再び装備の点検に戻っていった。



 時刻は蒼い月が中天に登った頃。現在の夜番はアランである。他にも担当している者がいるが、アランは彼らをあてにはしない。
 いや、あてにしていないというのとは少し違うか。正確にいうのであれば、役に立とうがたつまいがどちらでもいいと思っている、というべきか。

 それは他の騎士達が疑わしいとかではない。ただ、なんらかの理由で彼らが敵の排除に役に立たない状況になった時に、アラン一人でも対処出来るようにするためだ。最初から役に立たないものとして考えていれば、何かがあっても対処できるから。

 アランがそうするのは、仲間を信じるのはいい事なのかもしれないが、それで目的を果たせなければ意味がない。それが理由だった。

 故に、アランは誰もあてにはしない。それで人間関係が拗れようが構わない。

 アランの目的は、為すべきことは、自身の大事な王女を守る事だけなのだから。

 ——ピクッ。

 そうして誰も頼ることがないまま一欠片の隙を見せることなく夜番の最中だったアランは何かに反応し、立ち上がり王女のもとへ行く。

「……どうした」

 アランのそばで共に夜番を行なっていた者ががそう問いかける。どうやらアランが気づいた何かには彼らはまだ気付いていないようだ。

 敵が来た。そう告げてもよかったのだろうが、それよりも先に王女に知らせなければならない。ここで下手に伝えて、それが敵にバレたら、アラン達が対応する前に攻められるかもしれないのだから。

 故に、そうなる前に王女の護衛に伝え、同時に自分はいつでも王女を守ることのできる位置へと向かう。

 そう考えたアランは、問いかけた騎士の言葉に答えることなく静かに歩き出した。
 無視することになったため、アランの背後から悪態が聞こえたが、アランにとってはどうでもいいことだった。

「アラン? なんのようだ」

 アランがミザリス王女に会うために王女の寝ている馬車へと近づくと、そこから少し離れた場所で女性の護衛騎士に止められた。どうやら今の夜番はアーリーだったようだ。

 アーリーは同じ護衛騎士としてアランのことを知っているのでアランが裏切るなどとは考えていないが、それでもこんな時間にやってきたのがわからず顔を顰めながら問いかけた。

「騒がず振り向かずお聞きください。北西方向より敵が来ました。現在は我々を囲うように展開し、様子を見ているようです」
「本当か?」
「こちらに向ける視線を感じました。魔法師の方に頼めば詳細はわかるかと」
「わかった。お前はブランとクレアを起こしてから殿下の守りにつけ」
「はっ」

 ブランとクレアとは、王女の護衛の中でも腕の立つ女性の騎士だ。隊長が二人を起こすようにアランに命じたのは、この二人さえ起きていれば全滅はないという判断だからだ。
 それ以上は起こせば敵にアラン達の動きがバレることになるので、そうならないようにアーリーはこの二人を選んだのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...