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一章
アラン・過去4
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それから二人のアランが出会ってから一年という時間が流れた。
「よう、アールズ」
「ゼート。今日はよろしくお願いします」
この一年の間、というよりも割と早いうちから二人ともアランでは紛らわしいので、それぞれ家名で呼ぶこととなっており、今では当たり前のようにお互いのことを呼んでいた。
「よろしくっていうのはこっちの方じゃねえか?」
「年齢的に仕立てに出ておいた方がウケがいいんですよ。それで侮られるようなら叩きのめせばいいだけですし」
それなりに付き合いがあるからだろう。人と付き合うという経験を経たからかもしれない。今のアランは、以前にはなかったほどに砕けた会話をするようになっていた。
——のだが、アランの言葉にもう一人の『アラン』——ゼートは頬をひくつかせて笑うしかできなかった。
「お、おう、そうか」
「それで、あなた方は準備できていますか?」
「ああ。っと、私たち十名全員揃ったことを報告いたします」
アランの問いかけによって、ゼートは思い出したかのように姿勢を正して敬礼をとった。
「そうですか。——では、これより任務を開始します。各員装備を整えて並んでください」
「はっ!」
「本日は私、アラン・アールズを小隊長とし、壁の外にいる魔物の討伐へと向かいます。初回なのでさほど強くないものから慣らしていきますが、油断はしないようにしてください」
「はっ!」
今日アラン達が集まったのは、騎士としての任務ゆえだ。
騎士になったからといって、すぐに仕事を任されるわけではない。だがそれは当然だ。街を守るために戦うことになれば命懸けになるのだから、未熟なまま戦わせるわけにはいかなかった。騎士になったからと言ってすぐに外の放り出せば、下手をしたら外に出た初日に全員死んでしまうことだってあるのだから。
それ故に、騎士になってから一年は特に任務に出すことなく鍛えることになっていた。
とはいえ、全く街の外に出なかったというわけでもない。
数回程度ではあるが外がどうなっているのか、外ではどう動くのかという魔物退治の流れを見せることもあった。
だがそれは、その時は新人の騎士達だけではなく正式な騎士達も何人も同行して安全を確保した上で行っていた。騎士達の間の通称でいうのなら『遠足』だ。
しかしながら今回は違う。今までのような多人数ではなく、新人騎士十名と指揮官として正式な騎士一人という小隊での行動だ。
今回はその小隊で魔物を狩るのが目的だ。いわば初任務だった。
そんな小隊の指揮官としてアランは今回ゼート達の班へと配置されたのだった。
「っし! やってやるぜ!」
「せいぜい油断はしないようにしてくださいよ」
そうして二人の『アラン』はそれから何度も同じ班として任務に赴くことになった。
二年後
アランが十六歳となったその年の冬を目前としたある日、異変が起こった。
突如としてどこからかドラゴンが国に現れたのだ。
ドラゴン。御伽噺に出てくるような強大な敵の代名詞とも言える存在。
相手しだいでは特に警戒することなくいることもできるのだが、今回現れたドラゴンは警戒せずに、なんてことを言っていられる状態ではなかった。
暗い緑色をしたドラゴンは国中を飛び回りながら適当な村を見つけては家畜を奪っていったり、戯れに人を襲ったりしていた。
そしてそのままどこぞへといってしまえば良かったにもかかわらず、人間を馬鹿にでもしているのか首都からわずかしか離れていない山へと降り立ってそこに留まった。
そのままではいつ出ていくのかわからず、また出ていくまでにどれほどの被害が出るのかもわからないために討伐することとなった。
その退治のために騎士団が出動することとなったのだがその時に出ていった騎士は、合わせて一万。首都にいる騎士のうちおよそ半分程度が討伐隊として参加していたのだ。
それだけの数を投入すれば流石に倒せるだろう、と首都に残った騎士や兵士達も、市民達も安心仕切っていた。
だが、異変はドラゴンだけでは終わらなかった。
騎士団の主力が首都から三日ほど離れた場所にある山に住み着いたドラゴンを倒しに出払っている間、そのドラゴンが近場の山に住み着いてしまった影響を受けてか近くの魔物達の縄張りに変化が表れたのだった。
そして元いた場所を追い出された魔物達は餌を求め、大群となって首都へと移動を始めた。
「こうしてお前と戦うのも久しぶりだな」
アランに向かってそう言ったのは、アランと同じ名前を持つアラン・ゼートだった。
二人のアランは、今街を囲っている壁の外に出て何千もの騎士や兵士達とともに並んでいた。それも、ただ並んでいるのではなく、武器を構えて。
アランの仕事は王女の護衛騎士だ。だが時折他の一般の騎士に混じって訓練や任務をこなすこともある。
それでもあくまでも基本の任務は王女の護衛なので、ともすれば数日の間戻って来れなくなるかもしれない壁の外への任務はあまりやらなかった。
そのため、新人の見習い騎士ではなく正式な騎士として活動するようになったゼートとはここ最近一緒に戦うことなどなかった。
だが、なぜそんな二人が並び、戦うような状況になっているのかと言ったら、戦力的な問題だ。
ドラゴンの影響によって魔物達が暴走したが、それに対処するための騎士達はドラゴンを倒しにいっていて戦力が半減している。
その上、連れていったのは騎士達の中でも優秀なものを連れていったので、残っているもの達は言い方は悪いが出涸らしだった。
そのため、騎士だけではなく兵士も使い防衛の準備をしたが、それでも安心とは程遠い。
なのでできる限り戦力を集めようと考えた結果の一つが、王族達の護衛を使うことだった。
完全に護衛を取り払うわけではないが、王族が一箇所に集まっていれば護衛なんて減らしても構わないだろう、とかなりの数が戦場へと駆り出されてしまった。
そしてそのうちの一人にアランが入っていたのだ。
数千数万と集まった人の中で二人が出会ったのはもちろん偶然ではない。
アランが参戦するに当たって、アランを単独で参加させるわけにはいかない。かといって、引き抜いてきた護衛騎士たちで組ませるのも憚られた。できることならば全体に配置して戦力の偏りをなくしたかったからだ。
中には例外もあるものの、基本的には護衛騎士は普通の騎士に比べて強い。何せ王族を守るためにいるのだから、普通の騎士より弱くては話にならないのだから。
そんなわけで貴重な戦力である護衛騎士達は全体に均等に振り分けられていったのだが、慣れた相手の方がいいだろうと、アランはもう一人のアランの班に配置された。
今回の魔物達の暴走は突然のことであったので相性や慣れなど考えている暇などないはずなのだ。だがそれを考慮してあったのは、アランの存在はそれだけ目立っていたからだ。
目立っていたからこそ、数年前にアランが自身と同名の『アラン』と班を組んで行動し、それなりに仲が良かったと振り分けを行なった者の記憶に残っていたというだけの話だ。
そう言った理由があって二人は同じ班へと配置され、階級的にはアランの方が上なためにそのゼート達の班の指揮を取ることとなった。
「こういう形で戦う機会など、ない方が良かったのですけどね」
「それは同意だな。でもまあ、しゃーないだろ」
二人が一緒に戦うことになったという今の状況は、端的にいえばかなりまずい状況だ。
まずい状況だからこそ、こうして王女の護衛までもが駆り出されているのだ。
そのため、久しぶりに一緒に戦えること自体は懐かしく思うが、できることならもっと別の機会であったほうがよかった、というのが二人の共通の意見だった。
だがきっと、それは二人だけではなくこの場にいる全員の意見、考えだろう。誰だってこんな魔物の群れに対して、本来の仕事から離されてまで立ち向かわなくてはならない事態なんて望んだりしていなかったに決まっている。
「……さーて、これが終わったら彼女にでも甘えっかね」
これから命をかけ、生きて戻れるかわからない戦いに臨むというのに、ゼートはそんな軽口を叩いている。
だがこれも、きっとこれからの戦いに対する緊張感を誤魔化すためのものだった。そうでも言っていなければ、震えて逃げ出してしまいたくなるから。
「ああ、アーリーですか」
アランにも恐れはあったはずだ。
だが、それ以上に王女を守るために戦うことができる。王女を守るんだ、という思いがあったために逃げようなどとは微塵も思わなかったようだ。
しかし、自身は逃げようなどと思っていないアランでも他の者達が恐怖を感じるということ自体はわかるので、握った拳がわずかに震えているゼートを見てアランはそんな軽口に応えることにした。そうすることで、そしてそれを聞いたことでゼートと自分の隊の者達が、少しでも気が楽になればいいと思ったから。
「おう。出会えたのはお前のおかげだぜ」
誰かの反応が欲しいとかそういった思いはなく、ただ自分に言い聞かせるためだけに吐かれた独り言のような言葉。
そんなものにアランが応えるとは思っていなかったのか、ゼートはわずかに驚いたようにアランへと顔を向けると、そこには普段と何ら変わらない様子のすまし顔で自分のことを見返しているアランがいた。
だがその瞳はどこか心配を含んだものとなっていた。
そんなアランの様子に気がつき、気を使われていることを察したゼートは強張らせながらも笑いかけて言葉を返した。
「私のおかげ? 特に何かした記憶はないですけど?」
アーリーは護衛騎士の隊長をしている者で、この時は隊長となってから二年経っていないくらいな状態だった。
「ああまあ、だろうな。お前ってか、お前と名前が同じだったおかげ、だな。前に『アランを呼んでこい』って命令があったらしく、なんでか俺の方に来たんだよ」
「ああ、年齢は同じようなものですし、それなりに一緒に行動することがありましたからね」
他にも軍に所属しているものにはアランという名前のものはいるが、アーリーが呼びつけるようなアランというのはアラン・アーデンしかいない。
だがアラン・アーデンのことをよく知らないものが「アランにアーリーの元に来るように伝えろ」とでも言われたのであれば、自分の知っているアラン——ゼートの方にその伝言を伝えてもおかしくはない。
「で、さらにお前とも面識があるってんで話になってな。お前のことについて話している間にまあ色々あって仲良くなったんだよ。それが一年前のことで、今は付き合い始めてだいたい半年ちょいくらいか」
「まあ、彼女は護衛騎士の隊長になったばかりでしたから、同じ護衛騎士の隊員のことを知ろうとしてもおかしくはないですか」
この時よりもさらに一年前となれば、それはアーリーが護衛騎士の隊長となってからまだ一年たっていないことになる。
そのため、護衛業務を円滑に進めるために仲間のことを知ろうとするのは悪いことではないし、その方法として仲間の友人から話を聞くこともそうおかしくはない。アランはそう判断したのだろう。
だが、違う。
仲間について知ろうとしたのはその通りだったが、それはアランだからだ。アランについての話だったからこそ、そんな仲良くなるほどに話をすることになったのだ。
「ってより、お前のことだよ。お前あんまり喋らないんだろ? どう扱っていいか悩んでたぜ」
「そんなことはありませんよ。伝えることはしっかりと伝えていますし、話しかけられれば答えます」
そんなアランの言葉にゼートはため息と共に肩を竦め、その時だけは魔物のことなど意識から外し、恋人の悩みの種であり自身の友人でもある年下の上司のことに意識を向けた。
「でもそれ以外の話はしないんだろ?」
「職務中に不要な会話をする必要がありますか?」
「それだから——」
「そんなことより、そろそろ来ます」
だが、そんなふうに話していられるのもわずかな時間だけだった。
アランがゼートの言葉を遮って口を開くと、一泊遅れて周囲にいた者達は緊張を張りなおした。
しかし、ゼート達が魔物が来るはずの方向へと視線を向けても、そこには何もいない。ただ森があるだけで魔物の襲撃の予兆など何もない。
「……見えないんだが?」
「あちらの森が微かですが動きました。地面からの振動を感じます」
他の者達はまだ武器を持っていても構えていない。槍は手に持っているが構えていないし、剣は腰に差したままだ。
だがアランはすでに剣を抜いていた。が、にもかかわらずなぜかその剣を地面に突き刺してその柄尻に手を乗せていた。
「なんで剣を抜いてんのにそんなことしてんのかと思ったら、そんなことも分んのかよ」
「前線本部に伝令を。陣形を整え、備えるよう——いえ、その必要はありませんね」
伝令係に伝えようとしたところで異変に気がついたアランは自身の言葉を途中で止め、地面に刺していた剣を引き抜いた。
「来ます。各自、死なないように。死んだらそこで終わりですから」
「「「はっ!」」」
そうして馬鹿みたいな数の魔物との街の存亡をかけた戦いが始まった。
それからどれほど戦っただろうか。昼過ぎに戦いが始まってその時には日が落ちきっていたのだから一時間二時間ではなかったはずだ。
どれほどかわからないが戦い続け、ゼートが剣を振るわなくても良くなった時には周りには魔物がいなくなっていた。
だが、その代償は多かった。
周りには生きた魔物はいないが、代わりとばかりにその死体がそこかしこに放置されている。
そして、魔物だけではなく同期で入って同じ隊に所属していた仲間達の死体も、同じようにそこかしこに落ちていた。
しかし、そんな状況でもゼートが生き残っているように、生きているものがいないわけではない。だが……
「馬鹿野郎! なんで俺なんか庇ったんだ! 俺を庇うよりもお前が生き残ったほうがよかっただろうがっ!」
「部下を守るのは上司の役目でしょう? 一人しか守れない無能ですが、せめて一人くらいは守れてもいいはずです」
その周辺で生き残ったのはゼートとアランだけだった。他は全員死んだ。
だがそれが隊長であるアランのせいかと言われると、正直、運が悪かったとしか言いようがない。魔物達の相手をしている時に、森の主と思わしき相手が出てきたのだ。
なぜ出てきたのかわからない。ドラゴンほどではないとは言っても、それなりに強かったのだから相手がドラゴンだとしても怯えて森から逃げる、などということはないはずだ。
考えられる要因としては逃げ出した魔物達に便乗したのか、それとも獲物を狩ろうとして逃げている者達を追いかけて森の外まで出てきてしまったのだろうが、その辺りは定かではない。
わかっているのは、そいつは並の騎士では相手にならないほどに強く、そしてそいつによって多くの騎士が殺されたってことだけだ。
そして、アランもそいつによって腹を裂かれる大怪我をしていた。
だが、それは本来なら追うことのなかったはずの怪我だ。アランは仲間がやられたことで怯えて動きを止めてしまったゼートを助けるために動き、魔物の攻撃を受けたのだ。
攻撃を受け、死に体となったアランのことを意識から外した魔物は次にアランによって助けられたゼートへと狙いを定めた。
だが、アランは死に体となってもなお剣を落とすことのなく、アランが剣を振るい魔物の首を切り裂いたことでその魔物は死んだ。
「それに、まだ平気です。治癒さえかけて貰えば、まだ死にません。私は、王女殿下と、約束、しましたから。『死なずにあの方を守るんだ』と」
「くそっ! 治癒師はどこだっ!」
普段とは違い途切れながら話すアラン。声も小さく聞き取りづらいが、それでも話すことができているだけすごいと言えた。そんなこと、なんの慰めにもならないが。
ゼートの体はこれまでの戦いの影響で悲鳴を上げているが、そんなものは知ったことかと強引にねじ伏せてアランを抱えて走り出した。
「落ち着いて状況の確認をしてください。まだ魔物が攻めてくるかもしれ——」
「うるせえ! 今は黙って運ばれてろ!」
怪我のせいでろくに立ち上がることすらもできないアランは、ゼートに抱えられながらも自分ではなく周囲の状況の心配をしていた。
自分のせいで怪我をしたってのに、助けることもできない。
そんな状況に苛立ち、そんな状況を作り出した自分に苛立ち、ゼートはアランに対して怒鳴った。
「状況は、どうなってますか?」
「うるせえっつってんだよ! 黙ってろっ!」
「ですが、私は……」
だが怒鳴られてもなお、王女を守るという自分の役割を果たすために敵が残っているのか、自分は守りきれたのかとアランは問いかける。
「あー! あー! 戦いは終わりだよ! お前が活躍したおかげでな! 一番きついはずの相手も片付いた! あとの残党は他のところが処理してくれるだろうよ!」
「……ああ、よかった。これで殿下を守ることはできた」
「良かねえよ馬鹿! んなとこで満足してんじゃねえ! お前は王女様を守るんだろ!? こんなとこで死んでんじゃねえよ!」
「……大丈夫です。死なないと、約束したんですから。私は、まだ死にません」
「くそったれがよおおおっ!」
ふっと体の力を抜いた……いや、力の抜けたアランを抱えながら、ゼートは叫び、走り続けた。
それが、全てが変わった日の出来事だった。
「よう、アールズ」
「ゼート。今日はよろしくお願いします」
この一年の間、というよりも割と早いうちから二人ともアランでは紛らわしいので、それぞれ家名で呼ぶこととなっており、今では当たり前のようにお互いのことを呼んでいた。
「よろしくっていうのはこっちの方じゃねえか?」
「年齢的に仕立てに出ておいた方がウケがいいんですよ。それで侮られるようなら叩きのめせばいいだけですし」
それなりに付き合いがあるからだろう。人と付き合うという経験を経たからかもしれない。今のアランは、以前にはなかったほどに砕けた会話をするようになっていた。
——のだが、アランの言葉にもう一人の『アラン』——ゼートは頬をひくつかせて笑うしかできなかった。
「お、おう、そうか」
「それで、あなた方は準備できていますか?」
「ああ。っと、私たち十名全員揃ったことを報告いたします」
アランの問いかけによって、ゼートは思い出したかのように姿勢を正して敬礼をとった。
「そうですか。——では、これより任務を開始します。各員装備を整えて並んでください」
「はっ!」
「本日は私、アラン・アールズを小隊長とし、壁の外にいる魔物の討伐へと向かいます。初回なのでさほど強くないものから慣らしていきますが、油断はしないようにしてください」
「はっ!」
今日アラン達が集まったのは、騎士としての任務ゆえだ。
騎士になったからといって、すぐに仕事を任されるわけではない。だがそれは当然だ。街を守るために戦うことになれば命懸けになるのだから、未熟なまま戦わせるわけにはいかなかった。騎士になったからと言ってすぐに外の放り出せば、下手をしたら外に出た初日に全員死んでしまうことだってあるのだから。
それ故に、騎士になってから一年は特に任務に出すことなく鍛えることになっていた。
とはいえ、全く街の外に出なかったというわけでもない。
数回程度ではあるが外がどうなっているのか、外ではどう動くのかという魔物退治の流れを見せることもあった。
だがそれは、その時は新人の騎士達だけではなく正式な騎士達も何人も同行して安全を確保した上で行っていた。騎士達の間の通称でいうのなら『遠足』だ。
しかしながら今回は違う。今までのような多人数ではなく、新人騎士十名と指揮官として正式な騎士一人という小隊での行動だ。
今回はその小隊で魔物を狩るのが目的だ。いわば初任務だった。
そんな小隊の指揮官としてアランは今回ゼート達の班へと配置されたのだった。
「っし! やってやるぜ!」
「せいぜい油断はしないようにしてくださいよ」
そうして二人の『アラン』はそれから何度も同じ班として任務に赴くことになった。
二年後
アランが十六歳となったその年の冬を目前としたある日、異変が起こった。
突如としてどこからかドラゴンが国に現れたのだ。
ドラゴン。御伽噺に出てくるような強大な敵の代名詞とも言える存在。
相手しだいでは特に警戒することなくいることもできるのだが、今回現れたドラゴンは警戒せずに、なんてことを言っていられる状態ではなかった。
暗い緑色をしたドラゴンは国中を飛び回りながら適当な村を見つけては家畜を奪っていったり、戯れに人を襲ったりしていた。
そしてそのままどこぞへといってしまえば良かったにもかかわらず、人間を馬鹿にでもしているのか首都からわずかしか離れていない山へと降り立ってそこに留まった。
そのままではいつ出ていくのかわからず、また出ていくまでにどれほどの被害が出るのかもわからないために討伐することとなった。
その退治のために騎士団が出動することとなったのだがその時に出ていった騎士は、合わせて一万。首都にいる騎士のうちおよそ半分程度が討伐隊として参加していたのだ。
それだけの数を投入すれば流石に倒せるだろう、と首都に残った騎士や兵士達も、市民達も安心仕切っていた。
だが、異変はドラゴンだけでは終わらなかった。
騎士団の主力が首都から三日ほど離れた場所にある山に住み着いたドラゴンを倒しに出払っている間、そのドラゴンが近場の山に住み着いてしまった影響を受けてか近くの魔物達の縄張りに変化が表れたのだった。
そして元いた場所を追い出された魔物達は餌を求め、大群となって首都へと移動を始めた。
「こうしてお前と戦うのも久しぶりだな」
アランに向かってそう言ったのは、アランと同じ名前を持つアラン・ゼートだった。
二人のアランは、今街を囲っている壁の外に出て何千もの騎士や兵士達とともに並んでいた。それも、ただ並んでいるのではなく、武器を構えて。
アランの仕事は王女の護衛騎士だ。だが時折他の一般の騎士に混じって訓練や任務をこなすこともある。
それでもあくまでも基本の任務は王女の護衛なので、ともすれば数日の間戻って来れなくなるかもしれない壁の外への任務はあまりやらなかった。
そのため、新人の見習い騎士ではなく正式な騎士として活動するようになったゼートとはここ最近一緒に戦うことなどなかった。
だが、なぜそんな二人が並び、戦うような状況になっているのかと言ったら、戦力的な問題だ。
ドラゴンの影響によって魔物達が暴走したが、それに対処するための騎士達はドラゴンを倒しにいっていて戦力が半減している。
その上、連れていったのは騎士達の中でも優秀なものを連れていったので、残っているもの達は言い方は悪いが出涸らしだった。
そのため、騎士だけではなく兵士も使い防衛の準備をしたが、それでも安心とは程遠い。
なのでできる限り戦力を集めようと考えた結果の一つが、王族達の護衛を使うことだった。
完全に護衛を取り払うわけではないが、王族が一箇所に集まっていれば護衛なんて減らしても構わないだろう、とかなりの数が戦場へと駆り出されてしまった。
そしてそのうちの一人にアランが入っていたのだ。
数千数万と集まった人の中で二人が出会ったのはもちろん偶然ではない。
アランが参戦するに当たって、アランを単独で参加させるわけにはいかない。かといって、引き抜いてきた護衛騎士たちで組ませるのも憚られた。できることならば全体に配置して戦力の偏りをなくしたかったからだ。
中には例外もあるものの、基本的には護衛騎士は普通の騎士に比べて強い。何せ王族を守るためにいるのだから、普通の騎士より弱くては話にならないのだから。
そんなわけで貴重な戦力である護衛騎士達は全体に均等に振り分けられていったのだが、慣れた相手の方がいいだろうと、アランはもう一人のアランの班に配置された。
今回の魔物達の暴走は突然のことであったので相性や慣れなど考えている暇などないはずなのだ。だがそれを考慮してあったのは、アランの存在はそれだけ目立っていたからだ。
目立っていたからこそ、数年前にアランが自身と同名の『アラン』と班を組んで行動し、それなりに仲が良かったと振り分けを行なった者の記憶に残っていたというだけの話だ。
そう言った理由があって二人は同じ班へと配置され、階級的にはアランの方が上なためにそのゼート達の班の指揮を取ることとなった。
「こういう形で戦う機会など、ない方が良かったのですけどね」
「それは同意だな。でもまあ、しゃーないだろ」
二人が一緒に戦うことになったという今の状況は、端的にいえばかなりまずい状況だ。
まずい状況だからこそ、こうして王女の護衛までもが駆り出されているのだ。
そのため、久しぶりに一緒に戦えること自体は懐かしく思うが、できることならもっと別の機会であったほうがよかった、というのが二人の共通の意見だった。
だがきっと、それは二人だけではなくこの場にいる全員の意見、考えだろう。誰だってこんな魔物の群れに対して、本来の仕事から離されてまで立ち向かわなくてはならない事態なんて望んだりしていなかったに決まっている。
「……さーて、これが終わったら彼女にでも甘えっかね」
これから命をかけ、生きて戻れるかわからない戦いに臨むというのに、ゼートはそんな軽口を叩いている。
だがこれも、きっとこれからの戦いに対する緊張感を誤魔化すためのものだった。そうでも言っていなければ、震えて逃げ出してしまいたくなるから。
「ああ、アーリーですか」
アランにも恐れはあったはずだ。
だが、それ以上に王女を守るために戦うことができる。王女を守るんだ、という思いがあったために逃げようなどとは微塵も思わなかったようだ。
しかし、自身は逃げようなどと思っていないアランでも他の者達が恐怖を感じるということ自体はわかるので、握った拳がわずかに震えているゼートを見てアランはそんな軽口に応えることにした。そうすることで、そしてそれを聞いたことでゼートと自分の隊の者達が、少しでも気が楽になればいいと思ったから。
「おう。出会えたのはお前のおかげだぜ」
誰かの反応が欲しいとかそういった思いはなく、ただ自分に言い聞かせるためだけに吐かれた独り言のような言葉。
そんなものにアランが応えるとは思っていなかったのか、ゼートはわずかに驚いたようにアランへと顔を向けると、そこには普段と何ら変わらない様子のすまし顔で自分のことを見返しているアランがいた。
だがその瞳はどこか心配を含んだものとなっていた。
そんなアランの様子に気がつき、気を使われていることを察したゼートは強張らせながらも笑いかけて言葉を返した。
「私のおかげ? 特に何かした記憶はないですけど?」
アーリーは護衛騎士の隊長をしている者で、この時は隊長となってから二年経っていないくらいな状態だった。
「ああまあ、だろうな。お前ってか、お前と名前が同じだったおかげ、だな。前に『アランを呼んでこい』って命令があったらしく、なんでか俺の方に来たんだよ」
「ああ、年齢は同じようなものですし、それなりに一緒に行動することがありましたからね」
他にも軍に所属しているものにはアランという名前のものはいるが、アーリーが呼びつけるようなアランというのはアラン・アーデンしかいない。
だがアラン・アーデンのことをよく知らないものが「アランにアーリーの元に来るように伝えろ」とでも言われたのであれば、自分の知っているアラン——ゼートの方にその伝言を伝えてもおかしくはない。
「で、さらにお前とも面識があるってんで話になってな。お前のことについて話している間にまあ色々あって仲良くなったんだよ。それが一年前のことで、今は付き合い始めてだいたい半年ちょいくらいか」
「まあ、彼女は護衛騎士の隊長になったばかりでしたから、同じ護衛騎士の隊員のことを知ろうとしてもおかしくはないですか」
この時よりもさらに一年前となれば、それはアーリーが護衛騎士の隊長となってからまだ一年たっていないことになる。
そのため、護衛業務を円滑に進めるために仲間のことを知ろうとするのは悪いことではないし、その方法として仲間の友人から話を聞くこともそうおかしくはない。アランはそう判断したのだろう。
だが、違う。
仲間について知ろうとしたのはその通りだったが、それはアランだからだ。アランについての話だったからこそ、そんな仲良くなるほどに話をすることになったのだ。
「ってより、お前のことだよ。お前あんまり喋らないんだろ? どう扱っていいか悩んでたぜ」
「そんなことはありませんよ。伝えることはしっかりと伝えていますし、話しかけられれば答えます」
そんなアランの言葉にゼートはため息と共に肩を竦め、その時だけは魔物のことなど意識から外し、恋人の悩みの種であり自身の友人でもある年下の上司のことに意識を向けた。
「でもそれ以外の話はしないんだろ?」
「職務中に不要な会話をする必要がありますか?」
「それだから——」
「そんなことより、そろそろ来ます」
だが、そんなふうに話していられるのもわずかな時間だけだった。
アランがゼートの言葉を遮って口を開くと、一泊遅れて周囲にいた者達は緊張を張りなおした。
しかし、ゼート達が魔物が来るはずの方向へと視線を向けても、そこには何もいない。ただ森があるだけで魔物の襲撃の予兆など何もない。
「……見えないんだが?」
「あちらの森が微かですが動きました。地面からの振動を感じます」
他の者達はまだ武器を持っていても構えていない。槍は手に持っているが構えていないし、剣は腰に差したままだ。
だがアランはすでに剣を抜いていた。が、にもかかわらずなぜかその剣を地面に突き刺してその柄尻に手を乗せていた。
「なんで剣を抜いてんのにそんなことしてんのかと思ったら、そんなことも分んのかよ」
「前線本部に伝令を。陣形を整え、備えるよう——いえ、その必要はありませんね」
伝令係に伝えようとしたところで異変に気がついたアランは自身の言葉を途中で止め、地面に刺していた剣を引き抜いた。
「来ます。各自、死なないように。死んだらそこで終わりですから」
「「「はっ!」」」
そうして馬鹿みたいな数の魔物との街の存亡をかけた戦いが始まった。
それからどれほど戦っただろうか。昼過ぎに戦いが始まってその時には日が落ちきっていたのだから一時間二時間ではなかったはずだ。
どれほどかわからないが戦い続け、ゼートが剣を振るわなくても良くなった時には周りには魔物がいなくなっていた。
だが、その代償は多かった。
周りには生きた魔物はいないが、代わりとばかりにその死体がそこかしこに放置されている。
そして、魔物だけではなく同期で入って同じ隊に所属していた仲間達の死体も、同じようにそこかしこに落ちていた。
しかし、そんな状況でもゼートが生き残っているように、生きているものがいないわけではない。だが……
「馬鹿野郎! なんで俺なんか庇ったんだ! 俺を庇うよりもお前が生き残ったほうがよかっただろうがっ!」
「部下を守るのは上司の役目でしょう? 一人しか守れない無能ですが、せめて一人くらいは守れてもいいはずです」
その周辺で生き残ったのはゼートとアランだけだった。他は全員死んだ。
だがそれが隊長であるアランのせいかと言われると、正直、運が悪かったとしか言いようがない。魔物達の相手をしている時に、森の主と思わしき相手が出てきたのだ。
なぜ出てきたのかわからない。ドラゴンほどではないとは言っても、それなりに強かったのだから相手がドラゴンだとしても怯えて森から逃げる、などということはないはずだ。
考えられる要因としては逃げ出した魔物達に便乗したのか、それとも獲物を狩ろうとして逃げている者達を追いかけて森の外まで出てきてしまったのだろうが、その辺りは定かではない。
わかっているのは、そいつは並の騎士では相手にならないほどに強く、そしてそいつによって多くの騎士が殺されたってことだけだ。
そして、アランもそいつによって腹を裂かれる大怪我をしていた。
だが、それは本来なら追うことのなかったはずの怪我だ。アランは仲間がやられたことで怯えて動きを止めてしまったゼートを助けるために動き、魔物の攻撃を受けたのだ。
攻撃を受け、死に体となったアランのことを意識から外した魔物は次にアランによって助けられたゼートへと狙いを定めた。
だが、アランは死に体となってもなお剣を落とすことのなく、アランが剣を振るい魔物の首を切り裂いたことでその魔物は死んだ。
「それに、まだ平気です。治癒さえかけて貰えば、まだ死にません。私は、王女殿下と、約束、しましたから。『死なずにあの方を守るんだ』と」
「くそっ! 治癒師はどこだっ!」
普段とは違い途切れながら話すアラン。声も小さく聞き取りづらいが、それでも話すことができているだけすごいと言えた。そんなこと、なんの慰めにもならないが。
ゼートの体はこれまでの戦いの影響で悲鳴を上げているが、そんなものは知ったことかと強引にねじ伏せてアランを抱えて走り出した。
「落ち着いて状況の確認をしてください。まだ魔物が攻めてくるかもしれ——」
「うるせえ! 今は黙って運ばれてろ!」
怪我のせいでろくに立ち上がることすらもできないアランは、ゼートに抱えられながらも自分ではなく周囲の状況の心配をしていた。
自分のせいで怪我をしたってのに、助けることもできない。
そんな状況に苛立ち、そんな状況を作り出した自分に苛立ち、ゼートはアランに対して怒鳴った。
「状況は、どうなってますか?」
「うるせえっつってんだよ! 黙ってろっ!」
「ですが、私は……」
だが怒鳴られてもなお、王女を守るという自分の役割を果たすために敵が残っているのか、自分は守りきれたのかとアランは問いかける。
「あー! あー! 戦いは終わりだよ! お前が活躍したおかげでな! 一番きついはずの相手も片付いた! あとの残党は他のところが処理してくれるだろうよ!」
「……ああ、よかった。これで殿下を守ることはできた」
「良かねえよ馬鹿! んなとこで満足してんじゃねえ! お前は王女様を守るんだろ!? こんなとこで死んでんじゃねえよ!」
「……大丈夫です。死なないと、約束したんですから。私は、まだ死にません」
「くそったれがよおおおっ!」
ふっと体の力を抜いた……いや、力の抜けたアランを抱えながら、ゼートは叫び、走り続けた。
それが、全てが変わった日の出来事だった。
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