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女神探しの旅
決勝戦の相手
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「ちったー気も晴れたか?」
「気が晴れるも何も、そもそもあいつ自身にはさして何も感じてなかったからな」
準決勝が終わって会場を後にすると、出口ではウダルとエリナが待っていた。
「憎くないと言えば嘘になるかもしれないけど、正直どうでもいいってのが本音だな」
「のわりには最後は少し本気だったんじゃねえか?」
「それはまあ……気分だよ」
実際にはあの時の相手の言動が、まるで母を傷つけた父親本人であるかのように思えてしまったために本人も意識しないうちに本気になっていたのだ。
だが、今ではもうどうでもいいと言うのは本当だ。あまりにも呆気なさすぎて気が抜けたのだった。
「そうかよ。まあ、いいならそれでいいか。相手も死んでねえみたいだし」
ウダルはそう言って納得すると、その話はそこで終わりだと言わんばかりに話を切り替えた。
「ところで明日の対戦相手についてなんだが……」
「ん? ああ、まあ特に心配するようなことでもないだろ」
「勇者相手にそんなこと言えんのはあんたくらいよね」
勇者相手に行っているとは到底思えないような、舐めているとも言えるようなアキラの言葉に対してエリナは呆れたように肩を竦めているが、それは馬鹿にしているとか疑っているとかではないのだから、エリナもアキラの言葉は正しいのだと思っているのだろう。
「勇者って言っても、所詮は勇者『程度」だしな。剣技だけじゃどうにもならなくても、魔法を使えばどうにでもなる、と思う」
問題は魔法を使えばそれはそれで別の問題があると言うことなのだが、明日は決勝なのでその後の試合はない。
強いて言うのなら王女との対戦があるが、そこまで持っていってしまえばアキラが魔法を使った事に対して、そしてアキラの使った魔法に対して騒がれたところでどうにでもなる。
アキラは明日の試合では魔法を使ったとしても外道魔法——精神に効果のある魔法は使うつもりはなかった。
当然だ。観客などというものが大勢いる衆人環視の中で法律で使用を禁じられている外道魔法を使えば言い逃れなどできない。
全力で魔法を使えば誤魔化すことくらいならできるだろうと考えているが、それはそれでめんどくさいのでやはり使う気はなかった。
「まあ、全ては明日になってから、ってか」
「だな。まあ負ける気なんてないけどな」
アキラならば本当に勇者であっても難なく倒してしまいそうで、一般人が勇者を倒すなんてそんな光景に胸を躍らせてウダルは楽しげにしている。アキラを一般人と言っていいかは疑問だが。
「明日も期待してるからね」
「……まだ賭けんのかよ」
「当然でしょ。稼げる時に稼いどかないと」
そんなふうに冗談めかして話ながら三人は会場である建物を後にした。
「それでは皆さま大変お待たせいたしました! これより、闘技大会決勝戦を開始いたします!」
そして翌日の昼前。アキラはいつものように腰に剣を帯びて、何千という観客達が見守っている舞台の上に立っていた。
「向かい合う二人のうち、小柄な方は十五歳という若さで決勝まで上り詰めた類稀なる剣の使い手! アキラ選手です!」
そう紹介された瞬間に観客席からは大きな叫び声が重なって聞こえてきた。
「そしてもう一人は、圧倒的な強さで勝ち上がってきた神の戦士! 神槍に選ばれた『槍の勇者』、ライガット様です!」
だが、もう一人の名前が呼ばれた瞬間にアキラの時とは比べものにならないほどに大きな歓声が会場を轟かせた。
勇者とも慣れば当然か、とアキラは向かい合っているその人物に目を向けるが、その頭の片隅では「声がうっせえな」などと観客達に不満を漏らしていた。
「両者ともにここまで余裕を持って勝ち上がってまいりました。かたや新進気鋭の凄腕若手剣士。かたや何年も魔境で戦い続けた歴戦の勇者! さあこの試合、いったいどのようなものになるのでしょうか!?」
司会のものは『どのようなものに』と言ったが、『どちらが勝つ』と言わなかったあたり、アキラが勝つとは思っていないのだろう。
そしてそれは観客たちも同じ。行われている賭けの内容は、どちらが勝つではなく、どれほど持ちこたえるか、というものに変わっていることから、勇者の勝ちを信じて疑っていないのがわかる。
それも当然だ。この槍の勇者というのは、つい二年ほど前——実際の活動時間として見れば一年前に剣の勇者となったアズリアとは違い、もう何年もの間も勇者として活動してきて、既に二つほど魔境の解放を行なっている。
常人であれば一つの魔境を解放しただけで英雄として崇められるほどの偉業を二つ。勝つと思われて当然だった。
まあ、そんな中でもアキラの勝利に賭ける大穴狙いや、アキラの友人なんかはいるのだし、その際に友人たちがアキラに大金を賭けたのはまた別の話。
「勇者ねぇ……」
「ああそうだ。俺は神槍に選ばれた槍の勇者だ」
誰かに聞かせるつもりではなかったアキラの呟きだが、こんな歓声の中でも聞こえたようで向かい合って立っている槍の勇者——ライガットは律儀にアキラの言葉に答えた。
「はじめまして、勇者様。私はアキラと申します。この度は──」
ライガットは今日の対戦相手ではあるのだが、勇者であることは間違いない。なので一応アキラは商人であるので形ばかりでも挨拶をしておこうと思い、丁寧に頭を下げた。
だが……
「ああ、いいからそういうの。なかなかやるみたいだけど、どうせ意味なんてないっつーか、そもそも聞く気がねえから」
この勇者、どうにも言葉遣いがあまり良くない。いや、言葉だけではなくその態度からして粗暴さが見て取れる。
だがそれでもこうして歓声があげられる程度には人気があると言うことは、決して昨日戦ったダグラスのように他者を虐げる傲慢さがあるわけではないのだろう。
「俺たちがやんのはお辞儀をしてお話じゃねえだろ。戦いに来てんだ。戦って勝つ。それだけだろうが。それ以外の全部は余分だ」
勇者というのは全員が全員、自身の持っている神器を与えた神と似たような性格をしている。
正確にいうのなら似ているからこそ選ばれるのだが、槍の神というのは『戦』を司っている神だ。
戦を司る神が戦いを嫌っているはずがなく、だからこそ、その槍の神と思考が似ているこの男もまた『戦』というもの好きだった。
「失礼しました。では──」
「まあ、この国の王女を手に入れるってのも目的ではあるけどな」
礼儀なんて知ったことか、と堂々としているライガットに応えるために剣を抜こうと腰に手を伸ばしたアキラだが、その言葉でぴたりと動きが止まってしまった。
「……そうですか」
「おう。前にあったことがあんだけどよ、ありゃあいい女だ。見た目はもちろんだが、何より──強い」
アキラがなんとか言葉を返しながらもそのことに気がついていないのか、それとも気が付いていても無視しているのかわからないが、ライガットはそう言って獰猛に笑った。
「あの強さは俺にふさわしいもんだ。あんないい女を放っておいたら、それこそバチが当たる。だから戦って手に入れんだ。今まではクソったれな任務が重なってこの大会にこれなかったが、あの王女様もそれを望んでるみたいだしな」
槍の神は戦の神だと言ったが、加えていうのなら、『戦』を司る神に選ばれるだけあって力の理論というものを重視しているようで、勝者は欲しいものを手に入れるという考えを信じていた。
いや、信じていたというよりも、それが当たり前であると認識していた。
戦って、勝って、酒も金も女も好きなものを手に入れる。それがこの男の思考回路。
「……っと。ダメだな。話なんていらねえっつっといて自分が話してらあ。俺も柄にもなくはしゃいでるみてえだな」
ライガットは〝この後〟に想いを馳せているのか楽しげにしているが、その様子はアキラなど眼中にないかのようだ。
「ま、そんなわけだ。戦うとしようや」
「……ええ、よろしくお願いします」
ライガットは自分が勝つことを疑っていない。それは観客達もそうだ。ごく僅かな知人や家族を残して誰もがライガットが勝つと思って——確信している。
自分たちを守ってくれる勇者が負けるはずがないんだ、と。
だが、アキラにとってそんなことは知ったことではない。
まだ王女が女神の生まれ変わりなのかはわからない。だがそれでもアキラは何年もかけて探してきたのだ。
もし違ったのであれば王女と戦って勝ったとしても結婚などするつもりはないが、実際にはまだ王女が女神の生まれ変わりかどうかは確認できていない。
故に、僅かでも生まれ変わりである可能性があるのであれば、こんなところで負けるわけにはいかなかった。
「それでは両名ともに武器を構えて——」
ライガットは司会の言葉を聞いて肩に担ぐようにして持っていた槍を腰のあたりで構えたが、その構えには力が入っているようには見えない。おそらくは所詮は大会の優勝者『程度」と舐めているのだろう。
そんなライガットの姿を見たアキラは、深呼吸をすると腰に帯びていた剣を抜き放ち、だらりと手を下げて隙だらけに構えた。だがその瞳には諦めではなく闘志、それも挑発的なものが宿っていた。
それの意味するところは、「かかってこい」である。
そんなアキラの様子に驚いたように目を丸くしたライガット。何せ今まで自分が勇者だと知ってなお、こうして挑発してきた相手などいなかったのだ。
ライガットは今までの大会の内容を観戦なんてしていなかったので、対戦相手であるアキラの実力の程はわからない。
だがそれでも、こうして自分を挑発し、挑んでくる者がいることが嬉しくて、楽しげな笑みの中に獰猛さを混ぜて笑った。
「——始め!」
司会の合図とともにライガットは走り出した。
その走りは疾く、離れた位置から見ていたはずの観客達であってもその姿を見失うほどだ。それが対戦相手として目の前で行われたのなら、何があったのかわからないだろう。
「──フッ!」
そんな馬鹿げた速さを持ってアキラの前にたどり着いたライガットはその勢いを殺すことなく槍を突き出した。
しかし、突き出したとは言ってもそれは頭や胴体を狙ったものではない。
だがそれも当然だ。挑発をしてきたのは確かに嬉しかったが、それでも向こう見ずで無鉄砲な子供の言葉だと思っていたために、ライガットは全力ではなかった。
全力ではないとは言っても、これで終わるだろう。そう考えていただけに、突き出した槍がアキラに防がれたことに驚かざるを得なかった。
アキラの肩を狙って突き出された槍。アキラはその攻撃を剣を当てて僅かに槍の進路を逸らすと同時に、スッと軽く身を捻ることで躱した。
アキラの剣とライガットの槍が接触した瞬間、キイイィィンと澄んだ音が響きわたる。
剣で槍をそらしたアキラはそのまま前に一歩踏み出し、槍を逸らしたまま槍に接触している剣を振るった。
アキラの剣は槍をレールとするかのように真っ直ぐ、そして勢いよく進み、槍を握っているライガットの手を刈り取らんとばかりに振われた。
その剣は明らかな脅威であり、ライガットは反射的に槍を動かしてアキラの剣を弾くとそのまま流れるような動きで槍を動かして下から切り上げた。
だが、アキラは下から迫るその槍を先ほど降った剣の勢いに流されるようにして体勢を変えることで避け、さらにもう一歩前へと踏み出した。
その段階になってライガットはようやく目の間にいる子供がただの子供ではないと認識したのだが、その判断は遅すぎた。
踏み出し、剣の間合いに入ったアキラはバネのように体を跳ねさせて剣を突き出した。
ライガットは槍の勇者なのだ。いかに全力ではないとは言っても、開始直後の一撃は常人であれば避けるどころか防ぐことすらできないはずの一撃だったはずだ。
ライガット自身、それで終わるだろうと思っていた。
しかしそんな一撃を、アキラは擦ることなく余裕を持って凌ぎきったのだ。その上さらに反撃まで仕掛けてきた。
ライガットは思わぬ事態に驚き一旦後方に跳んでアキラから距離を取ったが、その肩には試合開始前にはなかった切れ込みが入り、高価な服を赤く滲ませていた。
「……はっ、マジかよ。やるなあ」
「ありがとうございます」
ライガットはアキラを褒め、アキラはそれに礼を言う。
そんなやりとりが終わると、今まで黙って二人の動きを見ていることしかできなかった観客達が爆発したような叫びを轟かせて会場中を震わせた。
そうして槍の勇者と魂の神、二人の戦いが始まった。
「気が晴れるも何も、そもそもあいつ自身にはさして何も感じてなかったからな」
準決勝が終わって会場を後にすると、出口ではウダルとエリナが待っていた。
「憎くないと言えば嘘になるかもしれないけど、正直どうでもいいってのが本音だな」
「のわりには最後は少し本気だったんじゃねえか?」
「それはまあ……気分だよ」
実際にはあの時の相手の言動が、まるで母を傷つけた父親本人であるかのように思えてしまったために本人も意識しないうちに本気になっていたのだ。
だが、今ではもうどうでもいいと言うのは本当だ。あまりにも呆気なさすぎて気が抜けたのだった。
「そうかよ。まあ、いいならそれでいいか。相手も死んでねえみたいだし」
ウダルはそう言って納得すると、その話はそこで終わりだと言わんばかりに話を切り替えた。
「ところで明日の対戦相手についてなんだが……」
「ん? ああ、まあ特に心配するようなことでもないだろ」
「勇者相手にそんなこと言えんのはあんたくらいよね」
勇者相手に行っているとは到底思えないような、舐めているとも言えるようなアキラの言葉に対してエリナは呆れたように肩を竦めているが、それは馬鹿にしているとか疑っているとかではないのだから、エリナもアキラの言葉は正しいのだと思っているのだろう。
「勇者って言っても、所詮は勇者『程度」だしな。剣技だけじゃどうにもならなくても、魔法を使えばどうにでもなる、と思う」
問題は魔法を使えばそれはそれで別の問題があると言うことなのだが、明日は決勝なのでその後の試合はない。
強いて言うのなら王女との対戦があるが、そこまで持っていってしまえばアキラが魔法を使った事に対して、そしてアキラの使った魔法に対して騒がれたところでどうにでもなる。
アキラは明日の試合では魔法を使ったとしても外道魔法——精神に効果のある魔法は使うつもりはなかった。
当然だ。観客などというものが大勢いる衆人環視の中で法律で使用を禁じられている外道魔法を使えば言い逃れなどできない。
全力で魔法を使えば誤魔化すことくらいならできるだろうと考えているが、それはそれでめんどくさいのでやはり使う気はなかった。
「まあ、全ては明日になってから、ってか」
「だな。まあ負ける気なんてないけどな」
アキラならば本当に勇者であっても難なく倒してしまいそうで、一般人が勇者を倒すなんてそんな光景に胸を躍らせてウダルは楽しげにしている。アキラを一般人と言っていいかは疑問だが。
「明日も期待してるからね」
「……まだ賭けんのかよ」
「当然でしょ。稼げる時に稼いどかないと」
そんなふうに冗談めかして話ながら三人は会場である建物を後にした。
「それでは皆さま大変お待たせいたしました! これより、闘技大会決勝戦を開始いたします!」
そして翌日の昼前。アキラはいつものように腰に剣を帯びて、何千という観客達が見守っている舞台の上に立っていた。
「向かい合う二人のうち、小柄な方は十五歳という若さで決勝まで上り詰めた類稀なる剣の使い手! アキラ選手です!」
そう紹介された瞬間に観客席からは大きな叫び声が重なって聞こえてきた。
「そしてもう一人は、圧倒的な強さで勝ち上がってきた神の戦士! 神槍に選ばれた『槍の勇者』、ライガット様です!」
だが、もう一人の名前が呼ばれた瞬間にアキラの時とは比べものにならないほどに大きな歓声が会場を轟かせた。
勇者とも慣れば当然か、とアキラは向かい合っているその人物に目を向けるが、その頭の片隅では「声がうっせえな」などと観客達に不満を漏らしていた。
「両者ともにここまで余裕を持って勝ち上がってまいりました。かたや新進気鋭の凄腕若手剣士。かたや何年も魔境で戦い続けた歴戦の勇者! さあこの試合、いったいどのようなものになるのでしょうか!?」
司会のものは『どのようなものに』と言ったが、『どちらが勝つ』と言わなかったあたり、アキラが勝つとは思っていないのだろう。
そしてそれは観客たちも同じ。行われている賭けの内容は、どちらが勝つではなく、どれほど持ちこたえるか、というものに変わっていることから、勇者の勝ちを信じて疑っていないのがわかる。
それも当然だ。この槍の勇者というのは、つい二年ほど前——実際の活動時間として見れば一年前に剣の勇者となったアズリアとは違い、もう何年もの間も勇者として活動してきて、既に二つほど魔境の解放を行なっている。
常人であれば一つの魔境を解放しただけで英雄として崇められるほどの偉業を二つ。勝つと思われて当然だった。
まあ、そんな中でもアキラの勝利に賭ける大穴狙いや、アキラの友人なんかはいるのだし、その際に友人たちがアキラに大金を賭けたのはまた別の話。
「勇者ねぇ……」
「ああそうだ。俺は神槍に選ばれた槍の勇者だ」
誰かに聞かせるつもりではなかったアキラの呟きだが、こんな歓声の中でも聞こえたようで向かい合って立っている槍の勇者——ライガットは律儀にアキラの言葉に答えた。
「はじめまして、勇者様。私はアキラと申します。この度は──」
ライガットは今日の対戦相手ではあるのだが、勇者であることは間違いない。なので一応アキラは商人であるので形ばかりでも挨拶をしておこうと思い、丁寧に頭を下げた。
だが……
「ああ、いいからそういうの。なかなかやるみたいだけど、どうせ意味なんてないっつーか、そもそも聞く気がねえから」
この勇者、どうにも言葉遣いがあまり良くない。いや、言葉だけではなくその態度からして粗暴さが見て取れる。
だがそれでもこうして歓声があげられる程度には人気があると言うことは、決して昨日戦ったダグラスのように他者を虐げる傲慢さがあるわけではないのだろう。
「俺たちがやんのはお辞儀をしてお話じゃねえだろ。戦いに来てんだ。戦って勝つ。それだけだろうが。それ以外の全部は余分だ」
勇者というのは全員が全員、自身の持っている神器を与えた神と似たような性格をしている。
正確にいうのなら似ているからこそ選ばれるのだが、槍の神というのは『戦』を司っている神だ。
戦を司る神が戦いを嫌っているはずがなく、だからこそ、その槍の神と思考が似ているこの男もまた『戦』というもの好きだった。
「失礼しました。では──」
「まあ、この国の王女を手に入れるってのも目的ではあるけどな」
礼儀なんて知ったことか、と堂々としているライガットに応えるために剣を抜こうと腰に手を伸ばしたアキラだが、その言葉でぴたりと動きが止まってしまった。
「……そうですか」
「おう。前にあったことがあんだけどよ、ありゃあいい女だ。見た目はもちろんだが、何より──強い」
アキラがなんとか言葉を返しながらもそのことに気がついていないのか、それとも気が付いていても無視しているのかわからないが、ライガットはそう言って獰猛に笑った。
「あの強さは俺にふさわしいもんだ。あんないい女を放っておいたら、それこそバチが当たる。だから戦って手に入れんだ。今まではクソったれな任務が重なってこの大会にこれなかったが、あの王女様もそれを望んでるみたいだしな」
槍の神は戦の神だと言ったが、加えていうのなら、『戦』を司る神に選ばれるだけあって力の理論というものを重視しているようで、勝者は欲しいものを手に入れるという考えを信じていた。
いや、信じていたというよりも、それが当たり前であると認識していた。
戦って、勝って、酒も金も女も好きなものを手に入れる。それがこの男の思考回路。
「……っと。ダメだな。話なんていらねえっつっといて自分が話してらあ。俺も柄にもなくはしゃいでるみてえだな」
ライガットは〝この後〟に想いを馳せているのか楽しげにしているが、その様子はアキラなど眼中にないかのようだ。
「ま、そんなわけだ。戦うとしようや」
「……ええ、よろしくお願いします」
ライガットは自分が勝つことを疑っていない。それは観客達もそうだ。ごく僅かな知人や家族を残して誰もがライガットが勝つと思って——確信している。
自分たちを守ってくれる勇者が負けるはずがないんだ、と。
だが、アキラにとってそんなことは知ったことではない。
まだ王女が女神の生まれ変わりなのかはわからない。だがそれでもアキラは何年もかけて探してきたのだ。
もし違ったのであれば王女と戦って勝ったとしても結婚などするつもりはないが、実際にはまだ王女が女神の生まれ変わりかどうかは確認できていない。
故に、僅かでも生まれ変わりである可能性があるのであれば、こんなところで負けるわけにはいかなかった。
「それでは両名ともに武器を構えて——」
ライガットは司会の言葉を聞いて肩に担ぐようにして持っていた槍を腰のあたりで構えたが、その構えには力が入っているようには見えない。おそらくは所詮は大会の優勝者『程度」と舐めているのだろう。
そんなライガットの姿を見たアキラは、深呼吸をすると腰に帯びていた剣を抜き放ち、だらりと手を下げて隙だらけに構えた。だがその瞳には諦めではなく闘志、それも挑発的なものが宿っていた。
それの意味するところは、「かかってこい」である。
そんなアキラの様子に驚いたように目を丸くしたライガット。何せ今まで自分が勇者だと知ってなお、こうして挑発してきた相手などいなかったのだ。
ライガットは今までの大会の内容を観戦なんてしていなかったので、対戦相手であるアキラの実力の程はわからない。
だがそれでも、こうして自分を挑発し、挑んでくる者がいることが嬉しくて、楽しげな笑みの中に獰猛さを混ぜて笑った。
「——始め!」
司会の合図とともにライガットは走り出した。
その走りは疾く、離れた位置から見ていたはずの観客達であってもその姿を見失うほどだ。それが対戦相手として目の前で行われたのなら、何があったのかわからないだろう。
「──フッ!」
そんな馬鹿げた速さを持ってアキラの前にたどり着いたライガットはその勢いを殺すことなく槍を突き出した。
しかし、突き出したとは言ってもそれは頭や胴体を狙ったものではない。
だがそれも当然だ。挑発をしてきたのは確かに嬉しかったが、それでも向こう見ずで無鉄砲な子供の言葉だと思っていたために、ライガットは全力ではなかった。
全力ではないとは言っても、これで終わるだろう。そう考えていただけに、突き出した槍がアキラに防がれたことに驚かざるを得なかった。
アキラの肩を狙って突き出された槍。アキラはその攻撃を剣を当てて僅かに槍の進路を逸らすと同時に、スッと軽く身を捻ることで躱した。
アキラの剣とライガットの槍が接触した瞬間、キイイィィンと澄んだ音が響きわたる。
剣で槍をそらしたアキラはそのまま前に一歩踏み出し、槍を逸らしたまま槍に接触している剣を振るった。
アキラの剣は槍をレールとするかのように真っ直ぐ、そして勢いよく進み、槍を握っているライガットの手を刈り取らんとばかりに振われた。
その剣は明らかな脅威であり、ライガットは反射的に槍を動かしてアキラの剣を弾くとそのまま流れるような動きで槍を動かして下から切り上げた。
だが、アキラは下から迫るその槍を先ほど降った剣の勢いに流されるようにして体勢を変えることで避け、さらにもう一歩前へと踏み出した。
その段階になってライガットはようやく目の間にいる子供がただの子供ではないと認識したのだが、その判断は遅すぎた。
踏み出し、剣の間合いに入ったアキラはバネのように体を跳ねさせて剣を突き出した。
ライガットは槍の勇者なのだ。いかに全力ではないとは言っても、開始直後の一撃は常人であれば避けるどころか防ぐことすらできないはずの一撃だったはずだ。
ライガット自身、それで終わるだろうと思っていた。
しかしそんな一撃を、アキラは擦ることなく余裕を持って凌ぎきったのだ。その上さらに反撃まで仕掛けてきた。
ライガットは思わぬ事態に驚き一旦後方に跳んでアキラから距離を取ったが、その肩には試合開始前にはなかった切れ込みが入り、高価な服を赤く滲ませていた。
「……はっ、マジかよ。やるなあ」
「ありがとうございます」
ライガットはアキラを褒め、アキラはそれに礼を言う。
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