外道魔法で異世界旅を〜女神の生まれ変わりを探しています〜

農民ヤズ―

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女神探しの旅

槍の勇者

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 最初の攻防を終えてアキラから距離をとった槍の勇者ことライガットだが、徐に構えを解いて訝しげにアキラのことを見つめ始めた。

「お前、本当にガキか?」
「戦いに話は余分なのではなかったのですか?」
「……くはっ。ああそうだ。そうだったな。その通りだ! 悪かったな、遮っちまって」

 それは勇者ではないにも関わらずあまりにも不自然と思えるほどの強さを見せられたから故に思わず出てきた発言だったのだが、アキラからの返答を聞いて一瞬目を丸くして言葉に詰まったような反応を見せると、それまでとは違って心の底から楽しそうに笑った。

 今まではただ勇者である自分に挑んでくる少年の姿勢が気に入っていただけだった。
 だが今は自分と『戦える』相手に出会うことができた喜びや楽しさを感じており、ライガットが笑ったのはそれが原因だった。

「ここからは本気だ。死ぬんじゃねえぞ」

 ライガットは心の底から楽しげに笑うと、次の瞬間にはぴたりと笑いを消して真剣な表情になってそう告げた。

 直後、ライガットの姿が消えた。

 彼の言った通り、先ほどまでは本気ではなかったのだろう。まるでコマ落ちしたかのようにライガットの姿が消え、アキラの目の前に現れた。

 あまりの速さにアキラであっても突然目の前に現れたように感じたが、その異常に気がついた瞬間には頭で考えるよりも早くすでにアキラは行動を始めていた。

 ライガットの姿が目の前に現れた瞬間、アキラは自身の足を自分で蹴って強引に体勢を崩し、両足を地面から離して空中へと放り出した。
 それは傍目から見ればまるで転んでいるようだが、当然ながら転んだわけではない。

 目の前に現れていたライガットが突き出した槍は、転んで姿勢を崩したアキラの脇をすり抜けていき、アキラを傷つけることはなかった。

 ライガットはアキラが槍を避けるか防ぐかするだろうと思ってその後の行動も考えていたのだが、まさかそんな避け方をされるとは想定していなかったのか一瞬だけその動きが止まった。
 そこにはきっと、そんなよけかたで自分の攻撃を避けたのか、という感心もあったのだろう。

 だが、止まっていたと言っても一瞬だけだ。ライガットはすぐさま槍を引き戻して再び突き出す。
 だが、転んでいる最中であるにもかかわらずアキラは強引に体を動かして避け、続けて放たれた薙ぎも剣で防いだ。

 その槍での薙ぎを受け止めたせいでアキラは吹き飛ばされ、アキラとライガット、両者の距離が再び開き、見つめ合うこととなった。

(あっぶねえー。さすが歴戦の勇者。まだまだ未熟だった剣の勇者とは違って技量も力そのものも全然違うな)

 アキラの剣士との戦いの経験値は誰よりも多い。女神と死んでも死なない世界で延々と剣を交えていたのだから当然だ。
 そして剣士以外でも槍も斧も弓も魔法も、全ての攻撃手段に対する経験値は圧倒的と言ってもいい。
 純粋な経験の話だけで言えばアキラに勝るものなどいないだろう。

 だが、今回の試合に勝てるのかと言ったら別だ。
 あの空間ではアキラは槍の達人とも戦ったことがあるし、それに勝った。あの時の達人に比べればこの勇者は劣ると言うことができた。

 だが、だからといって〝今のアキラ〟が勝てる道理はない。

 今のアキラはあの時、女神の試練の空間で戦った時に比べて魔力も体そのものも、全ての面において弱体化している。

 あの時勝てたからと言って、今も勝てるとは限らないのだ。

 そして、このままでは負けるだろう。と、アキラはそう考え——いや、理解していた。

 このまま純粋な剣技だけで戦うのには限界があり、最終的には負けてしまうのだと。

(これは……まあ仕方ないか。ここで負けるわけにもいかないし)

 だからこそ、一瞬だけ悩みはしたものの、アキラは自分に掛けた制限を鳥はらことにした。つまりは、魔法の解禁である。

「こっからはこっちも本気だ」

 そう言ってからアキラは剣を構えたのだが、本気と言った割に先ほどまでと変わり映えのしない様子のアキラ。

 そんな姿を見て訝しんだものの、どうやらアキラから動く様子はないのを察して意を決すると、ライガットは先ほどと同じように、だが今回はどう避けられても対処できるように心構えをしながらアキラの腰目掛けて槍を放った。

 腰というのは人体において最も攻撃を避けづらい場所だ。アキラがどう避けようとも、先程のように意表をついた避け方をしようとも、今のライガットには攻撃を当てることのできる自信があった。

 だが同時に、今回はどう対処してくるんだろうか、と楽しみにも思っていた。

 そしてそんな期待は叶うこととなった。

 ライガットの放った槍はまさに神速と言っていいほどの速さだ。常人が喰らえば避けるどころか反応することすらできないだろう。

 だがアキラは先ほどのような強引な避け方ではなく、危なげなく、余裕を持って槍を避けていた。まるであらかじめ槍がどこにくるのか分かっていたように。

 槍を避けられたライガットはすぐさま槍を引き戻し、再び神速の突きを繰り出す。
 だが、その攻撃も避けられ、その後何度続けようとも全てが危なげなく避けられ、逸らされていった。

 自分の攻撃が意味をなさない光景に楽しげになってきたライガットは、だが同時に苛立ちも感じていた。

 だからだろう、それに引っかかったのは。

 強引に一歩踏み出したライガットの目の前に突如拳大の炎が現れ、ライガットの顔面目掛けて飛んでいった。

「くっ!」

 その時になって初めてライガットは自分が前のめりになり過ぎていたことを察するが、もう遅い。

 突然現れた炎を咄嗟に避けはしたものの、その体勢は崩れてしまっていた。
 そこをアキラが見逃すはずもなく、槍の間合いの中に潜り込んだアキラは剣を振るいライガットの足を切りつけていく。

 アキラにとって脅威だったのはライガットの足の速さだった。

 本気で戦うと決めたアキラはライガットの思考を読み、彼がどこにどんな攻撃を繰り出すのかを先読みしてから行動していた。
 だがそれでも、どこに攻撃するかわかっていても対処できなければ意味がない。ライガットの速さはそんな危険性を秘めたものだった。故に、アキラは足を潰すことにした。

 だが、相手は勇者だ。さすがというべきだろうか。体勢を崩したところに行なわれた武器の間合いの内側に潜り込まれたアキラの攻撃だが、それを決定的なところで凌いでいる。

 多少の傷はつけられているものの、行動不能というところまではいかない。

 流石にこれだけでは終わらないか、と判断したアキラは、次の魔法を使うことにした。

 突如としてアキラとライガットの頭上に直径一メートルほどの炎の球が現れた。それも、一つではなくその数は十を超えている。

「さて、どう対処する?」

 アキラがそう言った瞬間上空に浮かんでいた炎は落下し、ライガットを狙う。

 だが、そのままでは術者であるはずのアキラまで巻き込んでしまう。
 ハッタリか、そう思ってライガットはアキラのことを見るが、そこには挑発的に笑うアキラの姿。

 それを見た瞬間、ライガットは〝余計なこと〟を考えるのをやめた。

 ライガットは王女との結婚の件もあるが、それ以上に〝楽しむために〟王女と戦いに来た。それは自分とまともに戦うことができる相手がいなかったから。

 だが、今ライガットの目の前には自分と互角以上に戦える奴がいる。
 楽しむために戦いにきたのに、目の前にある楽しみから逃げるのは——違う。

(こんな挑発までされて、逃げられっかよ!)

 かっこよくない。楽しくない。逃げてたまるか。

 それがライガットの行動理由だった。
 だからこそライガットは上空から自分に向かって降り注ぐ炎の球から逃げることなく、アキラの相手をしながらどう対処するのか必死になって頭を巡らせていった。

 頭を巡らせる、と言っても、その判断はごくわずかな時間だけだ。ほとんど一瞬といってもいいほどの短い時間で判断を下したライガットは、自身の持っていた神器たる槍に魔力を流し始めた。

 魔力の流れを感じ取ったアキラは、何をするのかと思って注意深く様子を見ていたのだが、ライガットの持っていた槍は姿を変え、二本の短槍となった。

「うっ、らああああああっしゃあああああああ!」

 槍が短くなったことで間合いも変わり、アキラの有利はなくなってしまった。
 その上相手の武器は二本。素人が二本の武器を持ったところで強くなるかといったらならないが、達人であれば話が変わる。少なくとも、今までよりは格段に手数が増える。

 間合いを潰され、二本の槍となったことでアキラの有利は消え、逆に手数で押され始めた。

 思考を読んでいてもなお押されてしまうのは、それだけ相手の技量が卓越していることに他ならない。

 このまま押されるか? アキラがそう思った瞬間に、だがライガットは突然攻撃をやめて後方へと飛び下がった。
 アキラはライガットの思考を読んでいるのにその行動に反応できなかったのは、それが明確に考えた上での行動ではなかったからだ。

 おそらくライガットは、アキラの一瞬の迷いを認識した瞬間にそうするのが良いと本能で判断して飛び下がったのだろう。
 いかにアキラといえど、そもそも考えていないなら何も読むことはできなかったのだ。

 だからこそ二人の間には距離が作られることとなった。

 そして距離をとった直後上空からライガット目掛けて炎の球が降り注ぐ。

「ッシャアアアア!」

 だが、ライガットはその炎の球を貫き、切り払った。

 今のアキラは他の魔法を使えないわけではないが、魔法の適正は精神系に偏っている。女神の試練の時に使った魔法に比べたら随分とちゃちなものだろう。

 だがそれでもこの世界でのそこそこ高位な魔法使いの攻撃と同じくらいの威力はある。

 そもそも魔法と言っても炎という形のないものなのだ。普通なら切り裂けるようなものではない。

 それを可能としているのは神器というものがあるからだろうと判断し、ならば槍の一本や二本では対処できないくらいに魔法を放てばいい、と追加で魔法を放つがそれらは全て打ち落とされた。

 それならば、と今度は一方向だけではなくライガットを全方位から囲うように魔法を発動させ、一斉に襲い掛からせる。

「なっめんなやオラアアアアアアア!」

 観客席からは炎に囲まれて姿の見えなくなったライガットだが、そんな叫びを上げるとともに爆発的に威圧感が増し、アキラの放った魔法は全て破壊されることとなった。

「それ、しん——っ!?」

 炎が消え去り姿の見えるようになったライガット。その手に持っている槍からはアキラの、そして女神の使う神剣と同様の気配を放っていた。

「おう、すげえなおめえ。だが、これでしめえだ」

 神の力。神槍とも呼ぶべきなんらかの概念を形にしたものだ。
 使っている武器が槍ということを考えると、そこに込められた概念は『貫通』といったところだろう。
 つまり、触れれば問答無用で全てを貫く神の槍。

「ぶっ飛べオラアアアアアアアッ!」

 そんな勇者に相応しくないようなセリフとともにライガットの手から槍が放たれ、一直線にアキラへと向かって飛んでいった。

 ぶっ飛ぶどころか死ぬだろ! と思いながらもアキラはそれに対応するために剣を構え、強引であると理解しながらも剣に魔力を込めていった。

 どうやらアキラは飛んでくる槍を迎え撃つ気のようだ。

 そんなことをしなくても、時間があったのだからよければいい。そう思うかもしれないが、アキラは万が一を考えた。

 あの槍に込められた力はおそらくは『貫通』だろうと思っているが、投げられたということは『投擲』もしくは『命中』といった力までかかっているかもしれない。

 であれば、避けたところで意味はなく、むしろ避けて体勢を崩したところで追撃がかかる可能性だってある。
 そんなことになるくらいならば最初から受けて立った方がマシ。それがアキラの考えだった。

「ぐっ……のおっ!」

 咄嗟ではあったが剣に込めた魔力を形にし、アキラは『神剣』を発動させて自身に飛んできた槍へと剣を振り下ろした。

 敵を貫かんと飛翔する神の槍と、それを打ち払わんと振り下ろされた神の剣。
 その二つがぶつかり合い、せめぎあい、両者を中心として眩い光が溢れ出し会場を覆い尽くした。

「……お前、名前なんつったっけ?」

 光が収まった後、舞台の上には変わらずアキラとライガットの二人が立っており、放ったはずの槍はライガットの手に収まっていた。

「アキラです。アキラ・アーデン」
「そうか」

 ライガットはそれだけ言うと振り返ってアキラに背を向け、そのまま場外へと向けて歩き出していった。

「え……? あ、あの……」
「俺の負けだ。あれを防がれたんだから、これ以上は往生際が悪いだろ」
「よ、よろしいのですか?」

 司会の女性がライガットに向かって声をかけたが、それは勇者が負けるなんてありえない、と思っているのがありありとわかるほどに迷いを含んだものだった。

「それにだ。これ以上戦ってみろ。結界どころか、客席がぶっ飛ぶぞ。そうなったとしても、そのガキ……アキラは闘いを止めやしねえだろうし、どっちかが下がるしかねえんだよ」

 だがそれでもライガットは歩みを止めることなくひらひらと手を振りながら舞台を降りていった。

(ま、それだけじゃねえけどな。あいつ、本当にガキかよ。こっちは全力で、あ、いやそれなりに全力でやったってのにあいつは全力じゃなかったみてえだし、あのまま続けたところで俺が負けてたかも知んねえ。いや負ける気はなかったけどよ。でもやっぱ、ここらで引いとくのが正解だろうな)

 まだ決着がついたわけではない。だが、必殺を受けられてもなお立っていられたのであれば、ライガットにとってそれはそれで満足のいく結果だった。

 戦うのは好きだし、ライガット自身は負けたって構わないと思ってる。
 だが、同時に『勇者』が負けちゃまずいということも理解している。今ならばまだ勝ちを譲ったということにできる。だから自身の必殺を受けてもまだ立っている少年にこれ以上挑む気はなかった。

 そうしてアキラの優勝が決まり、待ち望んでいた王女と対面することが叶うこととなった。

(譲られた感じがするが、まあいいか。それよりも——)

 そんな試合の結果に思うところがあるのか、アキラは去っていくライガットの背に視線を向けて、だがすぐに頭を振って意識を切り替えた。

(これで当たりだといいんだけどな)

 そう思いながらアキラは王族のいるであろう場所へと見上げるように視線を向けた。
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