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一章
ミリオラ:ロイドの考え
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・ミリオラ王女
「はあ……」
あの方——アルフレッド様と言葉を交わした後、私は足早にその場を離れて自身の専用の東屋へとやってきました。
特に用事があるというわけでもないのですから、急ぐ必要などなかったはずです。ですが、それでもゆっくり歩いてなどいられませんでした。
あの方と話をした後はいつもそう。離れたくて仕方がないのです。
そう思ってしまった感情は離れたところで治るわけでもなく、今もため息を吐き出してしまいました。
人目があるところでため息など、王女として相応しくはないと理解しているものの、それでも思わず出てしまったのです。
「ミリオラ様。どうされたのですか? あなたにそんなため息なんて似合いません」
私がため息を吐いたことで何か問題ができたと思ってくださったのでしょう。私の護衛役として付き添ってくださっているロイド様が、不安げな表情で私に声をかけてくださいました。
ロイド・トライン。トライデン公爵家の分家で、アルフレッド様の親類に当たるこの方は、学園生活における私の護衛役として国王である父がつけてくださったのです。いずれ私はアルフレッド様と婚姻を結ぶのだから、護衛には同じ家門の者が良いだろう、と。
ですが、なぜ同じ家門に属している者なのに、こうも違うのかと嘆かずにはいられません。
「ロイド様……いえ、どうして私の婚約者はあの方なのかと……」
私の婚約者であるアルフレッド様。あの方は優秀な方だというのは理解しています。この婚姻が家のためだということも。
ですが、彼の方の振る舞いはどうしても受け入れ難いのです。
あの方はその優秀さを傘に着て、他者を虐げています。
少し成績の悪い生徒に対して、「勉強をするつもりがないのなら出ていけ」や「いくら努力しても無駄だ」と他者の努力を否定し、優秀者であっても「お前の努力は無駄だ」、「お前の考えは間違いだ」と言いながら模擬戦を強制して叩きのめすのです。
それ以外にも、先ほど見たようにただ歩いていた生徒を捕まえては実家の権力を持ち出して魔法や剣での暴力を加えるのです。
そのような方を好きに慣れるはずがありません。
翻って、ロイド様は優しく、他者を虐げることも、見下すこともありません。
成績優秀者であるにも関わらずその能力をひけらかすことはありませんし、分家とはいえ名門の出なのにその権力を持ち出すこともしません。
何より、私に対しても常に丁寧に気遣って接してくださっています。
だから……こんなことを思ってしまうのも当然のことでしょう。
どうしてあの方が婚約者なのか、と。
と、そこで再度ため息を漏らしてしまい、慌てて口を押さえます。
王女というのも楽ではありません。こうして一つ一つの些細な行動でさえ気を遣わなければならないのですから。
それに、婚姻相手のことも。これが平民や下級貴族の出であれば、婚姻相手を自分の意思で決めることができるというのに……。
心の中を憂鬱で染めていると、不意にロイド様が私の前に跪いて……
「もし僕が、トライデン家の当主になれたら、その時は僕と婚姻を結んでいただけますか?」
その言葉を聞いた瞬間は、正直何をいっているのか理解できませんでした。
だってそれは、私がこれまで望んでいたけれど諦めたことなのですから。
「ロイド様っ……! ……ですが、そのようなこと、あるはずが……」
「僕はトライデントを作ります」
「っ! それは……」
ロイド様がそう口にした瞬間、私は目を見開き、周囲に聞いている者がいないかを確認するために辺りを見回しました。
幸い、ここは王族専用の東屋であり、私達しかいません。ロイド様以外の護衛や側近達は東家から少し離れた場所で待機しているので、今の話は聞こえなかったことでしょう。
そう判断すると、ほっと胸を撫で下ろしました。それほどまでにロイド様の発言は危ない者なのです。
「トライデン家の当主の条件には、魔創具がトライデントでなければならないというものがあります。逆に言えば、トライデントを持っていれば、当主になる可能性があるということです」
「ですが、トライデントはトライデン家の誇りとさえ言われているのですよ。そのようなものを自身の魔創具にすれば、公爵家からあなた様が睨まれることに……」
この国の法としては、トライデン家以外の者が魔創具にトライデントを使用することを禁止するものはありません。平民の中にはトライデントを使用する者もいることでしょう。
ですが、トライデン家以外にトライデントという武器を使用している貴族は、一人たりとも存在していません。下手に真似をし、関わってもいいことなどないと理解しているから。
それほどまでにトライデン家の権力は強く、恐れられているのです。
「ご心配していただきありがとうございます。ですが、ご存知の通りこれでも僕はトライデン家の分家です。トライデントを己の魔創具にしたとしても、全くのお咎めなしとはいかないかもしれませんが、魔創具を消されたり廃嫡されることもないでしょう。その際に殿下のお助けがあれば尚のことです」
確かに、ロイド様は分家とはいえトライデン家の血筋なのですから、知られたからといって即座に処刑、などということはないでしょう。
そこに私からの口添えがあれば、なおのことです。
しかし、それが許されたところで……。
「それは……ですが、もしあなた様がトライデントを得たとしても、本来の次期当主がいるのであれば、結局は……」
「トライデン家は元々『武』の家系です。トライデントという武を持って戦場で活躍したことがきっかけで貴族となりました。魔創具を得た後、三年後に開かれる武芸者が集まる祭典、『天武百景』にて優勝すれば、当主となることができるはずです」
ロイド様の言った『天武百景』とは、この国を含め、周辺国全てが参加する武の祭典。簡単に言えば、武闘大会というものです。
五年ごとに開かれるそれは、魔創具を使える者使えない者問わず、『戦う者』であれば誰でも参加することができます。
その大会で好成績を残すことができれば、各国の武に関する部署や仕事からは引くて数多となり、よほどの不祥事でも起こさない限りは生涯仕事に困ることはないと言われています。好成績を残した者の中には、そのことを謳い文句として自身の流派として道場を開いた者も多くいるそうです。
そして、これがこの大会において一番重要なことですが、好成績ではなく優勝することができれば、『天武百景』に関わっているすべての国が協力し、優勝者の願いを叶えることになっているのです。
叶えると言っても、誰かを殺せなどの人道にもとる行為や犯罪行為は認められません。当たり前の話です。
ですが、それでも大抵の願いは叶えられます。自分の国が欲しい、という一見無茶な願いすらも過去には叶えられたことがあるほどです。
もっとも、それは開拓されていない領土を与えて物資を支援し、あとはその者に任せただけのものだったので、以後は自身の国が欲しいと言う者は現れなかったそうですが。
それでも自身の国を手に入れた者はいるのです。
ですので、その大会に優勝することができれば、分家でありながら当主の座を手に入れることなどできないはずがありません。
「天武百景……確かに、あの大会で優勝したとなれば、それは誉れと言えるでしょう。当主になるに相応しい功績です。そうでなくても、『天武百景』で優勝したものは可能な限り願いが叶えられることになっています。過去にはそれによって王族と婚姻を結んだ者もいます」
「はい。傍系とはいえ血を引いている僕であれば、当主となることは問題なく通るでしょう」
全く違う家の者であれば多少手続きなどで手間取るかもしれませんが、ロイド様がトライデン家の当主になりたいと言うのであれば、血筋としては問題がありませんので承認されることでしょう。
「……ですが、あの大会は過酷だと聞きます。三年に一度の祭典。前回は死者も出たとか」
私はそれが心配でなりません。いくらロイド様が学年で三位の強さを持つ方であったとしても、絶対に死なないとは言いきれません。
「はい。ですが、それくらいの困難を乗り越えることができなければ、姫様のお側にいるに相応しくないでしょう。ご安心を。僕は、必ずや結果を出し、あなたのお側にいることを認めさせてみせます」
「ロイド様……」
無茶だ。危ない。そうわかっていながらも、私は差し出された手をとってしまっていました。
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