聖剣如きがフォークに勝てると思ったか 〜秘伝の継承に失敗したからと家を追い出されたけど最強なので問題なし〜

農民ヤズ―

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一章

道中の遭遇

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 ——◆◇◆◇——

「後一週間も歩けば海に着くか」

 ろくに人の通らない道を歩き、左手に側に存在している森をわずかに警戒しながらも、変わり映えのしない景色を見つつ一人呟く。

 これまでの間、特に何かおかしなことがあったわけではない。ただ途中の村に寄り、休憩し、時には泊まり、食料を買い求めて情報を集め、時折襲いかかってくる魔物を処理していただけだ。
 その程度のもの……ああそうだ。前回から変わったことといえば、マントを纏うことにしたことだろう。
『テーブルクロス』と揶揄された私のもう一つの魔創具だが、元々が鎧として設計されていたものだ。
 そのため、機能としてはマントとして使うことができる。
 このマントに込められた効果は、まあ色々だ。よくもまあここまでやったなと、自分でも褒めたくなるほど詰め込んである。
 もっとも、それが正しい形で発揮されることはなくなったがな。

 ……まあ良い。もう過ぎたことなのだ。気持ちを完全に切り替えることはできないだろうが、それでもいつまでも考えたところでどうにもならんのだから、前を向け。

 さて、私の現状とこれからの話に戻ろう。現在私は海に向かっているわけだが、基本的には一本道である。
 その途中には獣人の国へと続く道が存在しているが、今回はそちらへは進まない。そちらは方向が違うのでな。もっとも、方角的には近いので、海を見終わったらそちらに進むのも良いかも知れぬが。

 ……獣人か。そういえば、近いうちに獣人の使節団がくると報せがあったな。使節団と言っても定期的に行われているものなので大した問題は起こらぬだろう。
 懸念があるとすれば、反獣人派、反同盟派の者らが動く可能性だが、どうであろうな? そろそろ何か起こってもおかしくないとは思う。何せ、今の王国は天武百景の準備で忙しいのだ。意識をそちらに持って行かれている分、何か動きがあった場合対処が遅れることになるだろう。
 国王もオルドスもその辺りのことは承知しているはずだが、だからと言って問題なく動けるのかと言ったらそういうわけにも行かない。騒ぎを起こす側としては、今回はちょうどいい機会だろう。

 とはいえ、それをどうにかするのは王侯貴族の仕事。貴族で亡くなった俺の気にすることではない。……まあ、何かしらあれば連絡をするくらいはするかもしれないが、だがそんな大事に個人が関わるようなことなどそうそうないだろう。

 そういえばだが、オルドスはどうだろうか? もう手紙が届いているだろうが、別れの品は喜んで……は、くれなそうだな。勝手にいなくなったことを怒っているかもしれん。いや、まず間違いなく怒っているだろう。
 だが、流石に受け取りを拒否したり、壊したりすることはないはずだ。俺の懐に被害はないとはいえ、せっかく用意したのだから活用してもらいたいものだ。

 家の方は……まあ、問題ないだろうな。貴族としてプライドの塊であるあの父が、家の名を落とすようなことをするはずがない。だからこそ『不良品』を処理したわけだしな。
 だが……改めて考えてみると父も随分とぬるい手を打ったものだな。
 こんな『不良品』を処分するんだったら、放逐ではなく〝病死〟させればいいものを。そうすれば後腐れなく終わるし、その後を心配する必要もなくなるのに。

 ……いや、この状況で病死すれば、息子殺しを疑われるか。だったら放逐し、息子は勝手に家出しましたと言った方がマシか?
 そのあたりは考え方次第だな。個人的には、一時的に何かを言われようと、明確な証拠を残さない限りは殺してしまった方が色々と楽だと思うが。まあ、いきなり病死となればオルドスら王族が調べる可能性もないわけではない。その際に息子殺しの証拠でも見つかれば、逃れようがないか。
 まあ、どっちもどっちというわけだ。俺としては、生かしておいてくれたんだからありがたいな、で終わりだが。

「いやっ……いやあああ!」

 それからしばらく歩き続けていると、森の中から女性の悲鳴が聞こえてきた。

「魔物か? いや、賊か?」

 この辺りは……確か男爵家だったか? どちらにしても、こんな浅瀬で処理できていないというのなら、兵力が整っていないのであろうな。

 さてどうするか、と思考を巡らせたが、判断は一瞬だった。

「今日中に次の宿営地まで着くといいのだがな」

 つまり、悲鳴の元へと向かうことにした。

 今進んでいる道は、森の外周を沿って進んでいる。そのため、普通に進んでいれば森の中から声が聞こえてくるなどということはありえない。
 であるならば、この声の主の女性は自身の意思で森に入ったということだ。
 森の魔物を狩りにきた傭兵なのか、何らかの事情で森に入った一般人なのか、研究素材を集めにきた研究者なのか……色々と考えることはできるが、それは自業自得というものだろう。

 だが、これが一般人であれ傭兵であれ研究者であれ、この国に住まう者であることに変わりはな。その者が助けを求めているのだ。ならば、助けない道理などない。
 ……貴族ではないのだが、どうにも貴族としての意識が抜けないな。だが、この心は曲げてはならない。そう思うのだ。だからこれでいいのだろう、きっと。

 フォークを生成して握り、マントと共にそこに込められた能力を発動して進む。
 それまでよりも圧倒的に増した速度で森の中を駆け、耳を澄ます。

「~~~~! っ! ~~~!!」

 流れるように景色がすぎていく中で、微かながら話し声が耳に届いた。おそらくは先ほどの悲鳴の主だろう。

 その声が聞こえた瞬間、進む方向をそちらへと変更し、駆ける。

 それなりに強めに強化して走ったからだろう。声が聞こえてから数分と経たずに声の主の元へと辿り着くことができたのだが……

「お前達に一つ聞いておきたいことがある」

 絶賛襲われ中であった。どうやら今回の異変の原因は賊だったようだ。
 悲鳴をあげたらしいボロを纏った女性と、それを囲って笑っている武装集団。そんな状況だったため、様子見だなどと言っている余裕はなく、見つけ次第女性を庇うようにして飛び出した。

 そして、飛び出したと同時に賊らへと問いを投げたのだが、賊はその問いに答えることなく、突然現れた俺のことを驚き、訝しげに見ている。

「あ? んだてめえ。いきなし出てきやがって……何もんだこの野郎」
「俺の名はアルフレ——いや、アルフだ。旅の途中で悲鳴が聞こえたのでな。ここまできたのだが、どうやらその原因は貴様らのようだな」

 見回してみると、ざっと十人程度。賊としては多くも少なくもなく、と言ったところだろう。

「旅の途中だあ? はっ! だったら旅の常識ってもんくれえわかってんだろ? 厄介ごとに自分から首を突っ込むなんざあ、バカのするこった」
「確かに、愚かしい行動であるとは自分でも理解しているさ。だが、それを曲げることができぬのだから仕方ない」

 旅人というものは、その立場が不安定なものだ。旅商人であればまだマシだが、旅人など、特定の棲家、所属を持たない浮浪者と同じなのだから。
 だからこそ、自身の身を守るために関わりのあること、目的のある対象以外には関わらないのが常識となっている。
 そして今の私はその旅人だ。叫び声が聞こえたからと言って、首を突っ込むのは馬鹿らしい行いだろう。

 ……しかしだ。未だこの身が進む道は定まっていない。だが、心の在り様だけは変わらない。それを曲げてしまえば、決定的ななにかが壊れてしまう。そんな確信がある。

 故に、常識であろうとも俺は俺の思う様に進む。……貴族としてあるべき姿をいつまでも続けるのは、『貴族であった証拠』にしがみついているようで無様に思えなくもないがな。

「なに言ってんだ。ああ?」
「いや、なに。単なる自虐だ。気にするな。それで? 先ほども言ったが、一つ聞きたいことがあるのだが、良いか?」

 威嚇するように睨みつけながらの賊の言葉に苦笑を漏らしつつも、一度頭を軽く横に振って意識を切り替えてから問いかけた。

「てめえ、質問なんざできる立場だと思ってんのかよ」
「カッコつけんのはいいが、相手の人数考えてからにしろよな。じゃねえと死んじまうぞ」
「おいおい、死んじまうんじゃなくて、俺たちが殺すんだろ」

 賊達は俺の問いに答えるつもりはないようで、ギャハギャハと下品に笑っている。
 その様子を見るに、どうやら演技ではなく普段からこの様な振る舞いを続けている類いの輩のようだ。

「……さて、おおよそ理解できたが、それでもやはり聞いておくべきだろう」

 これを聞かねば、この者らへの対処に少し困ることになる。女性を襲っている時点で処理するのは確定なのだが、その処理方法がな。問いの答え次第では少々変わってくるのだ。

「お前達は、なぜこのように賊になどなっているのだ?」

 もしやむにやまれぬ事情があり、仕方なく賊行為をしているのであれば、それはこの者らが悪いのではなく、国が悪い。領地が悪い。治めている王族や貴族が悪いということになる。賊として他者から奪わなければ生きていけない。だから賊をやっている。そういう可能性もあるのだ。

 もしそうであるのならば、情状酌量の余地はある。
 もちろん賊行為に及んだこと自体は悪いことだ。そこは間違いない。賊行為などせずとも、他にも何らかの方法で生きていくことはできただろう。流石に、賊以外に方法がないほど荒んでいる領地であれば、俺の耳にも届いたであろうからな。
 ここまで歩いてきた道中にもそれらしい雰囲気は感じなかったので、まず間違いなくこの領地は真面目にやっても生きていくことができる土地だ。賊をやるしかなかった、ということはないはずだ。

 だがそれでも、その考えはあくまでも余所者である俺が見聞きして考えたことだ。実際には人目のつかない僻地などでは今にも死にそうなほどの状況が続いている可能性とてあり得るのだ。
 もっとも、この者らを見ていればそれは違うとは思うのだが、聞かないわけにはいかない。
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