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二章
罪人処理と襲撃者
しおりを挟む男は一瞬だけこちらを見たものの、そのまま足を止めることなく去ろうとしている。
「待てと言っている」
だが、そんなことを許すつもりはない。
俺の横を通り過ぎようとした男の腕を掴み、足をかけ、地面に引き倒して腕を踏みつけて拘束する。
しかしそれだけで終わりではない。
踏みつけ、動けなくした男の顔面の前、あとほんの数センチで眼に刺さるという位置にフォークを突きつけた。
「盗んだものを返せ。返さねば目が潰れることとなるぞ」
そう。この男、先ほど別の男性から財布をスっていたのだ。この男がスリだと思って見ていたわけではないが、その動き、警戒の仕方から、何かをやらかすのではないかと判断し、観察をしていた。
そして見事、実際に動いたと言うわけだ。こいつを捕まえるために動いていたわけではなく偶然ではあったが、それを発見してしまった以上は捕えないわけにはいかない。
「その見た目だ。お前は、おそらくは貧民だと思うのだが、どうだ?」
俺の問いかけに、最初は答えようとしなかった男だったが、徐々にフォークを眼球へと近づけていくと、驚いたように目を丸くし、何度も激しく頷いた。
この者は盗みをしたくなるくらい貧しい暮らしをしているのだろう。
だが、ここで見逃せばこの者は盗みから抜け出せなくなり、最終的には捕まることとなるだろう。
俺にとって関係ない人物なのだからそれで構わないといえば構わない。
だが、そちら言ってしまえばついでだ。この者の未来など知ったことではないが、まあ関わった以上は良い結果になってくれればな、と思う程度。
ではなぜ俺がこの男を捕らえたのかといったら、そんなものは盗まれた側のために決まっている。
この盗んだ男がどんな暮らしをし、どんな理由があったとしても、そもそも盗まれた側は何も悪いことなどしていないのだ。にもかかわらず知らぬ間に金を盗まれる。それではあまりにも不条理が過ぎるだろう。故に止めた。それだけのことだ。
「そうか。であれば、盗みをした理由も理解できる。だが、それは悪事であることに変わりはない。これは代償だ」
男にだけ聞こえる程度の声で語りかけながらフォークを眼から離し——男の足に突き立てた。
現代日本の考えからすると盗み程度、と思うだろうが、この世界における盗みの罪は重い。盗みを働いた腕を切り落とされるのはザラ。ただ殺されるのならばマシで、水責めなど拷問の末に殺されることもある。
「ぎゃああああ!」
そのことに比べたら、この程度の痛みは安いものだろう。
何せ先端は鋭く、切れ味が良いため力を込めずとも大した抵抗なく刺すことができたのだ。普通の先端が若干丸みを帯びているフォークよりはマシだ。
それに加え、このフォークは俺の魔創具であるため、治癒の補助を促す効果もある。あくまでも戦闘を継続できる程度の軽いものだが、その効果を込めたのでそれでも普通の傷よりは治りが早いだろう。まあ、あの程度ならば三日もあれば完治するのではないか?
これで最低限やることは終わったが、最後にやっておきたいことがある。アフターサービスというやつだ。
「ハッ! お前みたいな貧民如きが俺の足を踏むなど、許されるわけがなかろうが! だが俺は寛大だ。今回ばかりは許してやろうではないか。その痛みを忘れるな。次は容赦などせぬぞ」
足など踏まれていないが、そう言ったのにはわけがある。
これでこの男は盗みを働いたから捕まったのではなく、金持ちに難癖をつけられただけの哀れな住民になるだろう。衛兵が来ても捕まることはないはずだ。
盗みを働いた男は捕まることはないが罰を受け、盗まれた側はものを取り返すことができた。
そのあたりで良いのではないだろうか。盗まれた側も、この男が苦しんで死ぬ結果など望んでいないはずだ。
そんなことを考えて、足を刺されて悲鳴を上げる男性に言葉を叩きつけつつ立ち上がったのだが、周囲には人通りが多いにも関わらず俺の周りだけ人がいなかった。
そんな様子を気にすることなくあたりを見回して先ほどスられた男性を見つけ出し、そちらに向かって進んでいく。
男性は俺に怯えて距離を取ろうとしたが、後ろが詰まっていたためにろくに動くことができなかった。
そんな男性にすれ違いざまに財布渡し、何を言うでもなくすぐにその場を離れた。
「さて。次は——っ!」
あの場にいれば衛兵に捕まることになっただろう。そうでなくとも面倒なことになったはずだと考えてすぐに離れて路地裏へと進んだのだが、そこで突然背後から何者かが攻撃を仕掛けてくる気配を感じた。
後方から頭を狙って放たれた拳を振り向きざまに避けつつ、右手にフォークを取り出して突きを放つ。
反撃が来ると思っていなかったのか襲撃者の反応はわずかに遅れたが、その遅れを感じさせないほどの速さでフォークを避け、その動作から連続させて蹴りを放ってきた。
その蹴りを避けることはできないと判断し、今度は左手にフォークを取り出し、刃を立てて蹴り出された足にあたるように構える。
ガインッ!
金属同士が激しくぶつかり合ったような音が響き、お互いにその衝撃で体勢を崩した。
その一瞬を狙って俺は後方へ大きく飛び退くと同時に、手の中に幾本ものフォークを生成し、投擲した。
「貴様、何者だ」
着地し、様子を伺いながら問いかけるが、今の攻撃で傷ついた様子はない。本気でなかったとはいえ、それなりの威力があるはずなのだがな。これは、相当の手練れか。
見たところ、攻撃手段は体術で、武器の類はない。
だが、籠手と脛当て。その二つだけが、他の装備と違って嫌に存在感を放っている。おそらくは魔法の込められた装備……それも、単なる魔法の道具ではなく、魔創具だろう。
「お前のような悪人に名乗る名前はない!」
この声からして、襲撃者は女か? それも、なかなか若いな。
俺を悪人と呼ぶということは、知り合いである可能性……少なくとも顔見知りである可能性がある。なにしろ、俺は学園では他者を虐げ、家の力を傘にきる悪人で通っていたからな。
そう考えて知人と呼べる女性を思い出していくが、この声の人物に思い当たりはいない。
ではどこの誰なのか、というと、まるでわからない。こうなれば、本人に聞いた方が早いな。まともに答えてくれれば、の話ではあるが。
「悪人だと? 何を戯けたことを。俺が何をしたというのだ」
「ふんっ! 己の悪行を理解することもできないその頭こそ罪だというんだ! どうせお前も、説明したところで理解なんてできないに決まってる!」
「理解できぬからと初めから説明することを放棄し、自身の考えを押し付けるのは、それこそ悪人の所業ではないのか?」
「ええいっ! 悪人が理屈をこねてっ! さっさとこれまでの所業を悔いろ!」
そう言いながらろくに話に乗ることなく襲撃者は再び間合いを詰めて攻撃をし始めた。
避けて逸らしてと対処していくが、籠手にフォークでは些か分が悪い戦いとなる。これが槍であれば長さを活かしてどうとでもすることができたのだが、いかんせんフォークでは短すぎる。
「流石に、これでは相性が悪いか……」
しかし他に武器になるようなものはなく……ああ、まだあったか。
「仕方ない。お前にはこちらで相手してやろう」
そう言いながらフォークを消し、代わりに布を取り出した。
「布? マント? そんなもので相手をするだって? できるものならやってみろ!」
俺が武器を交換したことで一旦攻撃の手を緩めていた襲撃者だが、すぐにまた激しく攻撃を仕掛けてきた。
「柔よく剛を制すとは、聞いたことはないか?」
迫り来る拳の前に布を置き、布と拳が触れたところで布を横に引く。
すると、布に絡め取られた拳はその進路を変えて狙いを外してしまった。
「どれほど強い攻撃であっても、拳で布を砕くことなどできんよ。ただ重いだけの一撃ならば、からめとって逸らしてしまえばいい」
剛よく柔を断つとも言うが、さて。こいつの『剛』は、俺の『柔』を超えることができるか?
「なめっ、るなあああ!」
布ごときで自慢の攻撃が防がれたのがよほど気に入らないのだろう。襲撃者は歯を剥き出しにして叫び、その攻撃は激しさを増していった。
だが、そのことごとくが布によって逸らされ、あるいは威力を殺され、俺には届かない。
「くっ! ボクは、お前みたいな悪い貴族を倒さなければならないのに!」
「……悪い貴族だと?」
その言い様では、俺を狙っているというわけではなく、貴族全体を敵としているようだが……
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「そっ、なっ……! なんで知っている!」
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「くっ……! なかなかの知謀! お前はこれまでの奴らとは違うようだな!」
この程度で知謀と言われるのは些か受け入れ難いが、そもそもこの者は勘違いをしている。
「これまでにどんな者がいたのかは知らぬが、そもそも貴族ではないのだから、違うだろうな」
「——え?」
「貴族ではないと言ったのだ」
そう。俺はすでに貴族ではないのだ。元がどうあれ、今は違うのだから、『貴族を狙う』という行動原理には合わない。
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