聖剣如きがフォークに勝てると思ったか 〜秘伝の継承に失敗したからと家を追い出されたけど最強なので問題なし〜

農民ヤズ―

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二章

次の目的地

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 ——◆◇◆◇——

 スピカの騒動から一週間後。
 予想ではもうとっくにスティアが次の場所に行きたいと騒ぎ出すと思っていたのだが、実際にはそんなことはなくこの街にとどまり続けていた。
 その理由は……おそらくはスピカのことだろう。あの少女は俺たちの前から消えはしたが、この街にいれば、この街を探していれば、また会えるかもしれない。そんなふうに考えているんじゃないだろうか。
 自由に動ける時間があると、ふらりと街に出て色々と行っているようだ。時には危険な裏路地に入っていることもあるというのだから、それだけスピカのことが心配なのだろう。

「——はあ……そろそろこの街も飽きてきたわねぇ~」
「……毎日ご飯が美味しい、って喜んでなかったか?」

 だが、あの少女のことももう心の中で折り合いをつけることができたのだろう。昨日の夜からどこか雰囲気が変わっていた感じはしたが、今朝会ってみたら以前のような気楽な様子に戻っていた。
 その様子に内心で小さくホッと息を吐きつつ答えたが、この流れは少しまずい気がする。

「美味しいのは美味しいんだけどぉ~、やっぱ同じようなものばっかりだと飽きるっていうか、そろそろお肉が恋しいのよねぇ~。……次の街に行かない?」

 なにがまずいかと言ったら、これだ。俺はスティアが本来いるはずだったネメアラからの使節団のトップであり、こいつの姉でもあるもう一人の王女へと手紙を出していた。
 その手紙には、この街にいるから迎えに来いと、まあ言葉はもっと飾ってはいたが内容としてそんな手紙を送っていたのだ。
 その手紙を送ってから一週間。ここから首都までの距離を考えると、今頃ようやく手紙が届いたと思われる。

 一応手紙を頼んだ傭兵達には急ぐように伝えてあるが、軍で育てているような早馬ではないのだし、街ごとに乗り換え、馬を使い潰すつもりで走らせるわけでもないのだから、気持ち早めに出発する、とか寄り道をしない、程度のものだろう。
 知り合いの商会員であるアッドも同じようなものだろう。あちらは俺の意を汲んで本当に急いでくれただろうが、それでも精々二日程度早くなるくらいなもので、とてもではないが今日迎えが来るわけがない。
 つまり、ここで移動してしまえば、手紙を出した意味がなくなることになる。

 一応泊まっている宿の名前は記しておいたし、状況如何ではこの町から移動することも伝えてあったが、できることならこの街に留まっていたいところだ。まあ、こいつが言い出した以上は無理だと思うが。

「肉か……まあ、獣人らしいといえばらしいのか」
「そうそう。なんたって私は獅子だもん!」

 尻尾をふりふりと動かしながら気まぐれで動こうとするのは、獅子というよりも猫という感じがするのだがな。

「そうか。だが俺は、できることならこのままここに留まりたいのだが?」
「だーめ。いくわよ、従者! 地平の彼方を目指していざゆかん!」

 椅子から立ち上がったかと思ったら、それまで自分が座っていた椅子に片足を乗せてポーズを決めながら宣言したスティア。

 だがなにを見たのか、ハッと僅かに怯んだ様子を見せてから座り直そうとし、一瞬動きを止めて自分の服で椅子を拭いてから座り直した。
 ……綺麗にするのはいいが、それを自分の服でやるってのはどうなんだ? どのみち拭かずに座っていた場合も汚れただろうから結果的に汚れること自体は変わらないのだが、その振る舞いは姫のやることではないだろ。

 背後へと振り返り先ほどスティアが見ていた方向へと視線を向けると、そこにはにこりと笑ながら壁際で待機している宿の従業員がいた。
 その従業員は俺と目が合うなる笑みを浮かべながら軽く礼をしてきたが、おそらくはあの人物と目があってしまったからスティアはおとなしくなったのだろう。笑顔というのは、時に怒りの表情よりも恐ろしさを感じるものだからな。

 それはそれとして……

「行くにしても、今からか? それは流石に阿呆だろ」

 思い立ったが吉日とは言うが、どこか別の街に行くにしてもなんの準備もなく出発するのは愚か者と言う他ない。

「じゃあ明日?」

 それでも十分早すぎだ。たった一日で旅の準備ができると思っているのか。

「そもそも行き先も決まっていないというのに、どこへ行くというのだ?」
「うーんと、お肉が美味しいところ?」
「どこだそれは」
「さあ? んーと、あっちの方?」
「……その指の先には海しかないのだが? 船を用意して海を渡れというのか?」

 スティアは少し悩んだ様子を見せてから指を差したが、悩んだ挙句の答えがそれか。

「あれ? あっちが海だっけ? じゃああっち?」

 首を傾げながら改めて別の方向を指差したが、その方向はネメアラだ。こいつ、さては何も考えていないな? いや、考えていないこと自体はわかっていたのだが、まさか方向音痴も加わるのか?

「その先はネメアラになるが、帰るのか? であれば俺としては問題ないのだが……」
「まだ帰んないもーん。えっと、あっちが海であっちがうちだとすると……じゃあ、あっち?」

 そうして指差したのは、今いる場所から西の方角で、確かにそちらはまだ行っていない場所だ。まだ、というか、旅を始めて最初に来たのがこの場所なのだから、大抵は行っていない場所なのだが。

「確かにそちらならまだ行っていないが、その先に肉を扱うところがあるかは知らないぞ」

 しかし、行っていない場所だからといって、そちらに『お肉が美味しいところ』なんてものがあるのかはわからない。商人や傭兵に聞けばわかるかもしれないが、その情報を集めるだけでも数日は欲しいところだ。もし間違った情報でおかしなところに行ったら目も当てられないからな。

「あんたこの国の貴族なんでしょ? なんかそういう、お肉扱ってる生産地とか知らないわけ?」
「元、貴族だな。だが、生産地か……確か、南側は穀倉地帯だったな。畜産となると、有名なのは首都を挟んで北になるな」
「えー。南でなんかないの~?」

 畜産などどこでもやっているので、やっていない場所はないはずだ。まさか北部の畜産に全て頼っているわけでもなし、探せばそれなりの規模のところに遭遇することはできるだろう。

「ないこともないが、有名と言えるほどの場所では……ああ」

 畜産を手広くやっているところはあるだろうが、それが『美味しいお肉』なのかはわからないし、有名だとかそんな話を聞いたこともない。そう言おうとして、ふと一つの話を思い出した。

「なになに? なんかあったの?」
「……いや、特には……」

 言えば面倒なことになるだろうな、と思って言い渋ったのだが、そんな俺の考えは見逃してもらうことができなかった。
 スティアは俺を見ながらニヤリと笑うと、首を指先で叩き、首輪のことを示す。これは、教えないと命令をするぞ、という合図だろう。

 仕方ない。どうせこのまま黙っていても面倒なのは変わらないのだ。であれば、話してしまうか。
 だが、タダで話すのも面白くない。確かに首輪で命令はされていないが、それを仄めかすことで俺をいいように動かそうとしているのだから、その願いを叶えるには相応の報いを受けてもらう必要がある。

「あだっ!?」

 投げられたフォークの後端を額で受け止めたスティアは短く悲鳴を上げたが、それを無視して話し始める。

「お前は……はあ。北のものほど有名なわけではないがいくつか畜産関係の場所はある。だがそれ以上に有名な肉の産地がある」
「うっそ、ほんと!? どこどこ?」
「ここから西に向かったところにある、大樹林だ。魔境の一つだな」

 魔境。いわゆる、ダンジョンというやつだ。この世界ではダンジョンなどと呼ばれてはいないが、まあ扱いとしては同じようなもの。魔力の流れが歪なところに特殊な環境が生成され、敵がいて、特殊な生態があり、貴重な資源が手に入る。
 流石に宝箱なんかはないが、過去に魔境で死んだ者の所持品が魔力に晒された状態で年月を経て、変質したものが手に入ることがある。なのでそれが宝といえば宝だろう。

「へ~。……ところで、どうでもいいけど大樹林って樹海と違うの?」

 意外な質問が飛んできたが、本当に意外だな。こいつに樹海と樹林の違いがわかったとは。

 樹海と樹林の違いは、単純に言えば規模の違いだ。

 木々がでかい。鬱蒼としている。どこか不気味な感じがする。そういった場所が樹海だ。植物の世界、とでも表現すればわかりやすいだろうか。

 それに対して樹林は、もっと気軽に出入りできるような、広さも高さも小さめな場所。樹海と違って陽の光が入り、人でもそれなりに行動しやすい場所となっている。

 よりわかりやすく言うのであれば、樹海>大樹林>樹林、と言う順番で規模が変わっている。
 だが、この世界の『大』樹林は、規模の違いよりも魔力の違いが関係してくる。

「俺自身見たことがないからはっきりとは言えんが、存在感が違うらしい」
「存在感? 見た目がすっごくおっきいとか?」

 樹林に比べて規模が大きいのは確かだが、中には樹林と同程度であっても『大』樹林と呼ばれる場所もある。
 その原因は、先ほど言った魔力の流れの有無だ。魔力の流れが歪になっていることで生態がかわり、危険度も変わる。

 今話に出した場所も、規模はそこそこだが、大樹林と呼ばれている場所の一つだ。
 そしてその生態の異常は、植物よりも動物の方に表れている。

「それもあるようだが、それよりも、先ほどの話の『肉』だ」
「お肉! あっ、わかったわ。そこに魔物(お肉)がいるんでしょ!」

 なんだか今、魔物と書いてお肉と読んだような気がするが、流石に気のせいだよな? それほど食い意地は張っていない……と思うのだがどうだろうか?

「……まあ、そうだな。普通は魔物の肉を食うことは一般的ではないが、そこにいる魔物のどれかが美味かったはずだ。直接獲ったわけではないが、俺も食べたことがあったな」
「ほえ~。で、美味しかったの?」
「調理人の腕もあったのだろう。魔物の肉は、しっかりと調理しないとろくに使えないと聞いたことがあるからな。だが、確かに美味かったな」

 魔物の肉は、死んだ後も魔物独特の魔力を宿している。それをそのまま食べると、焼いても蒸してもあまり美味いものにはならないらしい。
 だが、そんな魔物の肉も、特殊な波長の魔力を流してやると無害化できると聞いたことがある。実際に魔物肉の調理を行ったことも学んだこともないのでどうなのかはわからないが、食べたことがあるのだからどうにかする方法はあるのだろう。

「ほえ~。にしても、あんたよくそんなこと知ってたわね。真面目に勉強したんだ」
「……まあ、勉強と言えば勉強か」
「?」

 これは家のための勉強というよりも、いつかこの世界を旅することができたらな、と思いながら暇つぶしや気分転換として調べたことだ。
 その時はこうして実際に行こうと考えることになるとは思いもしなかったが、人生何が役に立つかわからないものだ。
 しかし……

「じゃあ次はそこにしましょう!」

 やはりそうなるか。どうにか時間を稼ぐことはできないものだろうか。
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