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二章
天武百景を目指して
しおりを挟む「……あんたのはいいんだ? 随分と入れ込んでるみたいだね」
「流石に、他国の王女がこの国で重傷を負う、あるいは死亡したとなると、『貴族狩り』程度の問題とは比べ物にならないことになる」
「まあ、だろうね。わかったよ。そこはちゃんと気をつける」
こいつとしても、流石に国同士の問題は起こしたくはないようで、素直に頷いた。
だが、こいつの目的を考えるとそうだろうな、と思う。こいつの目的は、圧政を敷いている貴族の処理であり、民の救済だ。他国と戦争になどなれば、それは救済とは逆の行いになってしまうのだから、それを避けるために行動するのは当然だろう。
「それから……」
これは、言うべきだろうか?
言っておいた方が今後の俺の目的としても合っているだろうし、こいつの動きをある程度コントロールすることもできるだろうから、言ったほうが良いのは間違いない。
だが、そのことを口にするのはどうにも気に入らない。
「貴族を狙うときは、俺に言え。状況次第では手を貸してやろう」
しかし、数秒ほど考えてから結局言うことにした。言うことで、貴族としての私の記憶が拒否感を示したが、合理的に考えるのであれば言うべきだと理解できたから。
「……止めろとは、言わないんだね」
ルージェはそんなことを言われるとは思っていなかったのか、目を丸くしてから訝しむような表情を作り、じっと俺のことを見つめた。
「ああ。どうせお前は何を言ったところでやめないだろう? でなければ、自身を焼いてまで逃げようとする覚悟などないはずだ」
「ま、ね」
「それから……正直、俺も思うところがあってな。言葉では色々と言ったが、あれほどひどい者がいるとは思わなかった。であれば、それを正すのは同じ貴族の役目であろう」
人には自浄作用があるが、今のこの国はその機能が働いていない。このまま他人任せにしておいたところで良くなりなどしないのだ。
であれば、そのことに気付き、すでに手の汚れている者——俺がやるべきことだ。
やる〝べき〟と言うと使命感や矯正されているように思えるかもしれないが、これは間違いなく俺自身がやりたいことなのだ。そうしたいと思った。だから実行する。それだけのことだ。
「もっとも、今の俺は貴族ではないが、『貴族であれ』と思い育ってきたからな。今更その思いは変えることはできない」
「だから、貴族ではないけど貴族として悪い奴らを処罰するって? それだけ聞くと、自分を貴族と思い込んでる頭のおかしな人になっちゃうね」
「ぷぷ~。言われてやんのー! うぇ~い!」
俺たちの前を進んでいたスティアだが、俺たちの話が聞こえたのだろう。くるりと身を翻して立ち止まると、俺のことを指差して笑ってきた。
その行為にぴくりと眉を顰めたが、それを無視して話を続ける。
「まあそうだな。いまだに貴族としての生き方に縋り付いているなど、みっともないことこの上ない。だが、それ以外に生き方など知らんのだ。この想いを捨てられない以上は、仕方ない」
「まあ、いいんじゃないの? ボクだって、捨てられない想いくらいあるんだしさ」
ルージェはチラリと俺を横目で見てきた後、正面へと向き直ってバカにするでもなくそう口にした。
自分でも馬鹿馬鹿しいと思っているこの想いを、他人であるルージェにバカにされなかったことは驚きであると同時に、嬉しかった。
まだ俺はルージェのことを身内として完全に受け入れたわけではない。だが、つい気を緩ませてしまい、ふっと笑みを浮かべてしまった。
「それはそれとして……」
自分がそんな笑みを浮かべていたことに気がついた俺は、すぐに笑みを浮かべていたことに対して眉を顰め、それを誤魔化すためにスティアの元へと近づき、その額を指で打った。
「いっだあああああ!? なんでえええ!?」
「こいつの言葉は間違いではないが、お前の言葉はむかついただけだ。気にするな」
「気にするに決まって……何でもないです! もう気にしてませんですわ!!」
再び指を構えてみせると、額を押さえながら勢いよく首を左右に振り、おかしな言葉遣いで叫んだ。
そんなスティアを見て俺が構えていた手を下ろすと、スティアはホッとした様子で再び前へと向き直り、歩き出した。
「それに、貴族ではなくなったかもしれないけど、もう戻れないってこともないんだしね」
スティアが再び進み始めたことでルージェが話を戻したが、その言葉には顔を顰めざるを得なかった。
「……いや、一度廃嫡された者は、よほどのことがない限りは戻されることはない。だが、何があったとしてもあの父は俺が戻ることを認めはしないだろう」
「それでも認めざるを得ないくらいすごい『よほどの事』をすればいいだけの話さ」
「? ……まあ、確かに余程の事があり、それを解決したとなれば……」
何か王族に関わる異変や国難の解決、あるいは文明の発展に繋がるような発見をしたのであれば、貴族として戻ることができるだろうし、戻ることを認められなかったとしても、新たな家として興すことはできるだろうが……。
だが、そんな俺の言葉に対し、ルージェは首を振りながら口を開いた。
「違うよ。わかんないかな? 『天武百景』。あれの優勝なら、貴族に戻る〝程度〟のことなら余裕だよ。何せ、国をもらう人だっていたくらいなんだ。新たに貴族にしてもらう人だっている。それを思えば、過去に貴族だった者を元の家に戻すことなんて簡単すぎるとは思わないかな?」
「天武百景……確かに、あれならば……だが……」
確かに、過去に王族と婚姻を結んだ平民はいるし、自身の国を手に入れた者もいる。そんな天武百景で優勝することができたのであれば、貴族として戻ることなど容易にできるだろう。
仮に優勝することができなかったとしても、決勝……いや、準決勝までたどり着くことができれば、国でその身分を保障してもらうことはできる。
俺の元々の出自を考えるのであれば、低位の爵位くらいは与えられるかもしれん。
「武器がフォークだから迷ってる、とか?」
「ああ……」
そう。それが問題なのだ。
あの場は各国の武芸者が集まる場だ。そして、ほとんどのものが魔創具を使用する。
魔創具を使えなくとも出られるが、その場合は圧倒的に不利となり、自らハンデをつけた状態で勝ち抜けるほど甘くはない。
かといって俺が魔創具を使用するとなると、それはフォークとなる。性能が劣っているとは思わない。込められた効果だけであれば聖剣にすら劣らない出来だと自負している。
だが、武を競う場で、フォークなどと言うものを使えば、それは相手にも参加者にも、大会そのものに対しても侮辱となるのではないだろうか?
「まあ、珍しいだろうね。ボクが何か言ったところでその悩みが消えるとは思わないけど、考えの候補の一つに入れておいてもいいんじゃないの?」
だが、ルージェはそんなことはどうでもいいではないかとばかりにあっけらかんと言い放った。
「……そうだな」
「でも、あんたが出たところで優勝とかできないでしょ?」
と、そこで俺たちの前を進んでいたスティアが、肩越しに後ろを向きながらそんなふうに声をかけてきた。
「そう? 結構いい線行くと思うけど? この布だって、かなりの性能があるみたいだし……魔創具なんでしょ? ……あ、借りっぱなしでごめん。結構便利だったから使い続けてた。あと、これからも借りるから」
ああ、そういえばまだマントはこいつに預けたままだったか。居場所を把握するのに便利だったから、使っているのであればそれならそれで構わないと思っていたのだが、街を去るときに回収しておくべきだったな。
もっとも、これからは一緒にいるようなので使用し続けていても構わないといえば構わないのだが……。
「確かにそれは魔創具だが……いささか図々しくないか?」
別に使用し続けても問題はないのだが、だからと言って他人のものを勝手に持っていき使用し続けるのはどうなのだ?
「ボクの働きに対する報酬だと思ってよ。一緒にいる間だけでいいからさ」
「……まあ、いいだろう」
こいつがこれを使い続けているのであれば、もし何かが起こった時であってもこいつの居場所を知ることができると考えれば、そう悪いことでもない。
「で、さっきの大会の話だけど、自信はないの?」
「さて、どうだろうな。絶対に負けるとは言い切れないが、優勝できるかと言われれば頷き難いところが——」
実際に過去に戦った強者をフォークで倒せるか頭の中で思い浮かべながら話していると、スティアによって俺の言葉が遮られた。
「ふっ、あなたじゃ無理よ。だって、私も出るんだもの! 優勝なんて私で決まりでしょ!」
何を言い出したかと思えば、正気か?
「お前も出るのか? 王女だろう?」
不遇に扱われているとしても、それでもこいつは一国の姫なのだ。天武百景がいかに名誉な戦いであろうとも、武芸者の集まりの中に姫を放り込むようなことは普通の国はしない。まあ、過去にはいなかったのかと言われるとそうでもないから断言はできないが、普通でないこと果たしかだろう。
「え? うん。でもネメアラの王族って結構出てるのよ? 優勝自体はそんなにいないけど。今回だって、王族から何人か出る予定のはずだし」
そういえば、過去に出た女性はネメアラと、後もう一つの所属が多かったはずだし、姫が出るのもその二つが大半のはずだ。
もう一つの国は騎士王国アルラゴンという、まあ簡単にいってしまえば騎士の集まりによる国だ。ただ武芸を極めるのではなく、〝騎士として〟武芸を極める国。ここからいうと西にある国だ。
基本的に治安は良く、礼儀正しい良い国だと聞いているし、それは事実なのだろうとは思っている。
もっとも、低位の者は他の国と大して変わらないだろうがな。人の集団である以上、それは仕方ないことなのだろう。
それはそれとして、スティアが天武百景に出るかどうかという話だ。
「そのうちの一人がお前か」
こいつの本気は見たことがないが、この街に来るまでの道中でそれなりに動けるのは知っていた。あれだけ動けるのであれば、優勝とはいかずとも一回戦負けということもないだろうと思える。
だがスティアは俺の言葉に対して複雑な笑みを浮かべながら口を開いた。
「あー、うん。そうだけど、そうじゃないのよねー」
「「?」」
今まで見たことのない表情を見て、俺もルージェも首を傾げるが、スティアはそれを気にした様子もなく話を続けた。
「だって、私厄介者扱いされてるし? ネメアラの魔創具とは違うからあんまり外には出したくない存在ってやつだもん。普通にお願いしても出してくれるわけないじゃない」
そういえばこいつが『厄介者』扱いされているのは魔創具が理由だったか。であれば、他の王族としては、こいつが魔創具を使うことになる戦いの場はできるだけ避けたいと思うものか。
「じゃあ、どうするつもりなのさ」
「お忍びで! 今回の旅はちょうどいいわよね。お城を抜け出した後、この国について何にも知らないと迷子になったりするけど、ちょっとでも知ってればうまく辿り着けそうだもん」
「だが、なんでそこまでして大会に出たいのだ?」
「ん―、まあいつまでもお城にいてもつまんないし、優勝して独り立ちしようかなー、って。優勝すれば好き勝手動くことできるでしょ? 優勝できなくても、それなりに力を見せれば無理やり連れ戻されることもない、かもしれないと嬉しいなー……ってね」
独り立ちか……。不遇な扱いを受けているとはいえ、王女として育ったものがそう決断するにはどんな思いがあっただろうか。
王女でなかったとしても、まだ少女と言える歳で家族の元を出ようとしているのだ。それも勢いに任せた家出ではなく、考え抜いた末での独り立ち。その決断は、とても覚悟がいる者だったのではないだろうか。
「ま、何にしてもよ! このまま旅は続行よ! 後のことなんてわかんないんだから、捕まってから考えればいいの!」
少し暗い話になったからか、スティアは何も考えていないような底抜けに明るい笑みを浮かべ、笑った。
「というわけで、ほら! あんたたち、美味しいお肉を求めてさっさと行くわよ~!」
そういって軽やかな足取りで先に進み始めたスティアを見て、俺とロージェは一度顔を見合わせた後、その跡を追っていくことにした。
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