聖剣如きがフォークに勝てると思ったか 〜秘伝の継承に失敗したからと家を追い出されたけど最強なので問題なし〜

農民ヤズ―

文字の大きさ
73 / 189
三章

アルラゴン騎士王国

しおりを挟む
「ねえねえ。守護騎士ってなに? あの人すごい人なの?」

 マリアの消えた方向を見ていると、先ほどまで黙って成り行きを見守っていたスティアが問いかけてきた。

「騎士王国の人間って言ってたよね。あそこの騎士って、あんまり外に出てこないんじゃなかった? 少なくとも、こんなところで彷徨いてないよね?」

 ルージェの言った騎士王国とは、正式名称はアルラゴン騎士王国という。他国に侵略戦争を仕掛けることもなく、小さな領土を維持し続けている国だ。

 元々はとある大貴族の領地だったが、独立して騎士を中心とする国となった。
 なぜそのようなことになったのかと言ったら、独立する前に所属してた国は、騎士のことをまともに扱わず、ただの道具のように使ったのだそうだ。

 まあそうした事情もわからなくはない。
 元々所属していた国は天山に接しており、魔物による被害があった。しかも、その被害が半端なものではなかったそうだ。そのため、騎士を騎士として扱っていたのでは魔物の侵略を抑えきれなかった。だからこそ、騎士を数字で考え、道具として扱った。

 それ自体はわかるし、仕方ない事だとも思う。だが、騎士達が命をかけている裏で、国王含め周りの貴族達が無駄に資源を浪費した贅沢な暮らしをしているのは認められなかった。

 騎士として誇りを持って戦っていた騎士達は、初めはどれほど不遇に扱われても『騎士としての意地』で国に仕え続けてきたが、それも我慢の限界となり、天山に接している領地を治める騎士を優遇していた大貴族が騎士達をまとめ上げて独立した、と言うのが騎士王国の成り立ちだ。

 まあ、騎士たちを優遇する、と言うよりもその働きに見合った扱いをする、と言った方が正しいか。
 命をかけて民を守り、国を守った騎士達には手厚い対応をし、何かあればその名を賞賛する。それだけで騎士達は満足し、今では誇り高い騎士の国として知られている。

 騎士王国自体は閉鎖的という訳ではなく他国とも交流があるし、人の行き来もある。なので騎士王国に行けばあの国の騎士達をみることはできる。

 騎士王国の騎士なのだから当然だろう。他国で見ることができるわけがない思うかもしれない。
 実際、この世界では国を跨いでの行き来が地球に比べて盛んではない。移動手段はいまだに馬車が使われており、街の外に出れば魔物の危険がある。そのため、一つの街から出ないで死ぬことが普通だ。

 なので他国の騎士なんて見なくても当然だ、と言われればその通りなのだが、それにしても見る機会がなさすぎるのだ。これは地方の都市に限った話ではなく、首都でも同じこと。

 普通は他国ではあっても外交官や大使、あるいは文化交流などでお互いの国にそれなりの人数を出し合うものだ。
 実際、リゲーリアと騎士王国の間でもそう言った繋がりはある。そのため、首都で暮らしていれば見ることができるはずなのである。

 だが、騎士王国はその人数が最低限しかいない。普通はこういうのは少しでも話を有利にしたり状況を作るためにできる限り多めに人を送るものだ。
 しかしながら騎士王国はそうではない。外国との関係構築や謀などどうでもいいとばかりに、最低限の人数だけを寄越している。

 加えて、そもそも外交自体あまり参加しないのだ。誘われれば自国の害にならない程度に承諾するし、有事の際には迷うことなく助力してくれる。文化交流や大使としてやって来ている者達も、まともに仕事をこなしてはいるのだ。

 だが、言ってしまえばそれだけだ。何かを他国に頼みにいくことはほとんどないし、話し合いがあるとしてもできる限り自国で行えるように動くという出不精さ。

 そんなまともに外交をしなくても国が成り立つのか、とも思ったが不思議なことにこれで成り立つのだ。騎士という戦力があるから他国に攻められることはないし、中立の立場でいることは周辺の国もわかっているから、攻め込んだ国は自動的に悪となり、周辺の国の食い物にされるため、誰も手を出さない。

 内部から腐らせようとしても、あの国の上層部は全員が『騎士』に憧れや尊敬を抱いている。実際に騎士ではなく政治を行なっている文官でさえも抱き込むことはできない。
 だって、金のために裏切るのは『騎士らしくない』から。
 人質をとることもできない。とったとしても、住民の誰か一人にでも知られてしまえば、それは他の騎士へと話が持っていかれ、すぐさま助け出されるから。誰にも知られずに人質を取り続けることなどできはしないのだ。

 そう言ったわけで、騎士王国の騎士を外国で見ることはほとんどないのだ。

「そうだな。自国から出ないで守り続けているのが通常だ。外に出てくるのは外交か、あるいは特殊な任務の時ぐらいなものだろうが……あの様子はどちらでもなさそうであったな」
「外交ならこんなところに一人でいるわけがないし、何か特殊な任務だっていうなら、あんな堂々と騎士を名乗らないだろうからね」
「まあな。だが、一人で動き回っている姫がいるのだから、絶対に違うとも言い切れないがな」
「そういえばそうだったね」

 スティアという王女が一人でこんなところにいるのだから、騎士王国の騎士が一人でここにいてもおかしくないと言うこともできるかもしれない。

 ……ただ、先ほどは裏切りなどはないと言ったが、数年ほど前には少しきな臭い話を聞いたりもしたので、もしその話が事実なのであれば、マリアもそれに巻き込まれて騎士王国を抜けたと言う可能性は考えられる。

「ねえねえねえ。それで、守護騎士ってなんなの? 階級、でいいのよね?」

 マリアと騎士王国の状況について考えていると、他に気になったことがあったスティアが問いかけてきた。

「ああ、そうだな。騎士王国独自の階級だ。あの国は『騎士』という存在に憧憬を抱いている。それは崇拝と言ってもおかしくないほどにな」
「ちょい待って。国民全員が?」
「全員かは知らんが、大半はそうだろうな。そこらの雑貨屋であろうと農夫であろうと、女も男も関係なく誰もが一度は騎士を目指すと言われている」
「はえ~。すっごい国ね」

 スティアはただ感心しているだけだが、俺の感想としては、〝すごい〟というよりも〝凄まじい〟という感じがしている。

 あの国の騎士は、あの国で完結している。自身の腕を振るう場も、賞賛されるのも、騎士王国の中だけで十分だと考えている。
 騎士になれずとも、騎士のために働くのを素晴らしいことだと感じ、騎士が活躍する舞台を作る裏方であることに誇りを持っている。
 そして騎士や国も、そうして騎士達を支えてくれる国民達全員に感謝をしている。
 騎士として国に忠誠を誓うのがかっこいいから。それこそが誇りある騎士の姿だからと納得し、喜んでいるのだ。
 だからこそ、あの国の者達——特に騎士達は外に誘われても出て行かない。

 騎士王国の者に聞かれたら怒られることを承知で言うのであれば、『かっこいい騎士』と『騎士を支える者』という自分達に酔っているのだ。

 ある意味、一つの宗教だと言えるかもしれない。『騎士としての誇りを持って生活すること』という教義を掲げた宗教国家。そう言うこともできるだろう。

 もっとも、それで国がうまく回っているのだから、あの国に住まう者達としては何の問題もないのかもしれないが。

「あの国は魔境が他の国に比べて多いし、天山に接してるし、まあ戦力が必要だろうからね」
「そうだな。それで国民全員を戦える者にしようと考えたのが始まりだと言われている。軍に所属するほどではなくとも、民も戦えるようになれば魔物や賊による被害は減り他国による侵略の不安も減るからな」

 元々独立する前から魔境に接している土地だったために、独立して戦力や使える手が減った状態では、国を維持することは難しい。
 さらに、独立されたことで国が荒れたと判断され、周囲から賊が流れ込んで一時はかなりの数になったという。

 それらの対策のため、元々騎士が多かったが独立後も騎士や兵士を多く増やし、今では騎士の国となったのだ。
 あの国の民は、ただの一般人であっても多少なりとも剣を振るうことができるという。週一で剣術大会のようなものが開かれているというのだから、流石に呆れてしまう。

「でも、なんで騎士なの? 普通に戦士の国とかでいいじゃない。うちみたいに」

 国民全員が戦える、という意味ではネメアラもそうだが、ネメアラと騎士王国では決定的に違うところがある。

「ネメアラみたいに、か。それができればよかったのだろうな。だが、ネメアラが戦士の国でいられるのは、それが獣人の集まりだからだ。人間に比べて欲が薄く、武力でどうにかすることを優先して考えるため、強者がまとめているうちは安定した治世を行うことができる」

 そもそもネメアラと騎士王国は、そこに住まう人種が違うのだ。獣人も人間も、会話をし、共に生きる事はできる。だが、その根本的な在り方が違う。

 獣人は獣としての本能が強いため、強者に従うので問題が起こりづらい。まあ、その強者を選ぶための騒ぎはよく起こるそうだが、その程度のことだ。

「だが、騎士王国は人間の国だ。戦士などという力をつければ、その力を使って何かをしたいと考えるのが人間で、手っ取り早いのが他者を襲うこと。そして、他者を襲ったのであればその先へと進む」

 それに対して人間は、その本質が悪である。そのため、強者に従ったとしてもその悪意を使って害をなす。

「その先?」
「人殺しと強奪。それが常態化するってことでしょ」
「そうだ。実際、そうなりかけたらしい。それを避けるために、力はあれど規律を守る『正義の味方』とする方針にしたのだ」

 宗教とはそういった人間の悪性を封じ、社会を築くための枠組みだと俺は考えているが、騎士王国も同じようなことをすることにしたというわけだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...