聖剣如きがフォークに勝てると思ったか 〜秘伝の継承に失敗したからと家を追い出されたけど最強なので問題なし〜

農民ヤズ―

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三章

それぞれの国の神様

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「教会? なんで? 教会に売るの? まあ、教会ならいっぱいお肉を捧げるだろうからありなのかもしれないけど、ああいうのってちゃんと定期的に回収する人がいるもんでしょ?」

 俺の言葉に一瞬納得しかけたスティアだったが、すぐに首を傾げて問いかけてきたのだが……肉を捧げる? 何を言っているんだこいつは?

「いや、何を言っている? 教会に肉を捧げることも、そのために肉を用意する者も、存在しないぞ」

 教会における行事の際には肉を用意することもあるし、それを神の捧げ物とすることもある。だが、そんなことは頻繁に行われているわけではない。
 そう言った特別な日に肉を用意する者もいないことはないが、それは商人の区分だし、定期的に用意するものなどいない。
 それにそもそも、そう言った話は傭兵如きには回ってこないものだ。

「え? いやいや。そっちこそ何言ってんのよ。教会って言ったらお肉でしょ。あ、食べるわけじゃないわよ? ちゃんと捧げる感じのお肉だけど」

 教会に肉を捧げるなど聞いたことがないが、それをさも当然のように語るスティアの様子からは嘘をついているようには見えない。そもそも、こいつがこの程度のことで嘘をつくはずがないという信頼関係くらいは築けているつもりだ。
 そうなると……

「……もしかしてだが、ネメアラでは教会で神に肉を捧げているのか?」
「だからそう言ってんじゃない」

 言っていない。いないが……これで話の食い違いの理由がわかった。

「なるほど。文化の違いか」

 リゲーリアでは神に肉を捧げる習慣などないが、ネメアラではきっとそれが普通なのだろう。

「神様に肉を捧げる、だなんて、教会の人たちが聞いたら怒るだろうね。ああいや、ネメアラでは怒られないんだったね」

 ルージェは教会を馬鹿にするように皮肉げな笑みを浮かべて笑っているが、おそらくあまり教会のことを、あるいは神そのものを恨んでいるのだろう。恨んでいるとまではいかずとも、嫌っていることは間違いないはずだ。

「えー? こっちでは違うわけ?」
「神に肉を捧げることは全くないとは言わないが、それは精々なんんらかの式の時だけだな。神に感謝を示すために肉と酒と果物を捧げる事はある」
「っていうか、そもそも祀ってる神様も違うんじゃない?」

 言われてみればそうだな。俺が以前に寄付などを行っており、リゲーリアで広く知られている教会は一つだけだったからそれを想像していたが、他国ではまた別の宗教があってもおかしくはない。
 というよりも、国が違い、種族も違うのだから、祀っているものが違うのは当然と言えるだろう。

「人間って何を祀ってるの? あ。ちなみにネメアラのは勝利と繁栄を司るって言われてる神獣ね。ちなみに、王族が神官の代わりを務めてるの。私も、これでも神様に仕える女なのよ。どう? なんか魅力感じたりしない?」
「しないな。だが、王族が神官か……」

 それは以前に聞いた、王族は神獣の末裔という話と関係あるのだろう。
 ネメアラの王族は、その身に神獣の血が流れており、その力を覚醒させて自在に仕えるようにすることを『魔創具』と呼んでいると言っていた。
 その関係で、神獣とやらの子孫である王族が神官としての業務を兼ねているのだろう。

「人間の場合も繁栄だが、あとは慈愛だな。だが、神獣と違って実在したのかどうかも分からない存在だ。個人的には、単なる妄想の産物だと思っている」

 こんなことを言えば神官や信者達が騒ぎ出すだろうが、流石にそれらの前で堂々と言い放つつもりはない。
 転生しておいて神を信じないのか、魔法がある世界なのに神を信じないのか、などという考えも昔はあったが、神の奇跡とやらを見たことがないので信じようがない。
 魔法は魔法で純粋に理論があるものだしな。これは神の奇跡とはまた別物なのだ。

「……その神様、何のためにいるの? なんか役に立ってる?」

 実際には存在していなかったと聞いたからか、スティアは胡乱げな表情でつぶやいた。
 実際に存在していた神獣を祀っている一族としては、単なる妄想を祀っている人間は意味がわからないだろうな。

 だがそういった偶像も、全く意味がないということもないのだ。

「過去に何かをしたかと言われると何もしていないかもしれないな。だが少なくとも、人間の心の拠り所となり、人をまとめるのには役に立っているな。人とは弱いからな。拠り所となる超常の存在がいればそれでいいだけでまとまることができるのだ」

 人間は横道に逸れやすい生き物だが、『神様』という幻想があるだけでまとまることができる。むしろ、明確な形がないからこそまとまることができるのかもしれない。形があれば、その形にだけ囚われてしまうから。

 あとは、形がない理由としては、色々と不思議なことに説明がつけやすいというのもあるな。実在している存在だと、どうしてもできることできないことがはっきりしてしまうし、その存在に馴染んでしまう。
 存在していて、自分たちも見ることができて、声も聞くことができるとなれば、超常らしさが失われてしまい、畏敬の念も薄れていく。

 だが、そもそも形がなければその存在に馴染むことなどない。故に、超常の存在としての格を落とすことなく畏敬の念を失わずに済む。

 そうして理由から作り上げた『素晴らしい神様』だが、人間はそんな幻想の下にまとまることができる。幻想があるからこそまとまることができる。

「へえ~……なんかおかしな種族ねえ」
「ボク達からするとお肉を捧げる神様ってのも、相当おかしい気もするけどね」

 確かにな。俺は神を信仰しているわけじゃないが、だが肉を求める神様となると何だかありがたみが薄れるような気がする。

「まあいい、話を戻すが、売る相手は教会ではない。教会に持っていくのは確かだが、正確には教会というよりも孤児院と言うべきだったな」

 そう。そちらにこの獲物達の売り先の候補がいる可能性がある。

「じゃあ孤児達に売るわけ?」
「近いが、正確ではないな。正しくは、孤児達の所属しているギルドに、だな」
「孤児達……ああ、なるほど。ああいう相手に売るわけだね」
「え? ねえ、どういうことよ」

 俺の言葉で考えを理解したルージェは納得したように頷いたが、話が理解できていないスティアは俺たちだけが理解した様子を見せたことで少し焦った様に問いかけてきた。

「孤児院には税金で補助が行われているといえど、裕福というわけではない。中には補助だけでは生活できない場所もあるだろう。であればどうするかと言ったら、孤児達は自分たちの生活を良くするために自前で稼ごうとする。そして、もっとも簡単になることができるのが、雑用だ。傭兵ギルドと名乗っているが、やっていることは街の掃除や廃材の片付け、量を必要とする薬草の採取などとなる。だが、孤児達だけでそんなことができると思うか?」
「できないの?」
「仕事自体はできるだろうな。だが、それ以外の手続きはどうする? 何か問題があった場合の処理は誰がやる? 依頼を受け付けていると言っても、そもそも依頼が来なければ何の意味もないが、子供達だけのところに誰が依頼を出したがる? 親切心で依頼をするものはいるだろうが、その程度ではとてもではないが稼ぎとは呼べない微々たるものだ」

 いくら教会の下で守られている孤児といえど、孤児であることに変わりはなく、子供であることも代わりない。
 そんな子供達に、自身の悩みを解決させたいかといったら、大抵のものが首を横に振るだろう。
 考えてもみるといい。引越し業者がいたとして、子供だけの業者と、大人がしっかりと働いている業者、どちらを選ぶのかと言ったら、大抵のものは大人の業者を選ぶだろう。
 子供という存在は、それだけ弱い立場なのだ。仕方ないことではあるが、子供という存在やその平均的な能力について知っていれば、当然の判断だとも思うがな。

「でも、実際には傭兵ギルドを名乗れるくらいには稼働しているとなると、大人の助けがある」

 ルージェの言葉に頷きを返してから話を続ける。

「そういうことだ。そして、その〝大人〟というのは、たいていが傭兵としての先輩か、どこぞの商人や貴族だ。傭兵は、孤児達への純粋な親切心から。貴族や商人は、孤児達の将来を買うために恩を売っておくためにと違いはあるがな」
「どっちにしても、獲物の売り先があるってことには変わらないってことだね?」
「そうだな。もっとも、これもおそらくは、という予想でしかないがな。首都や故郷での常識が、ここでも通用するとは限らないのだから」

 これは以前領地で傭兵を行っていた時に、馴染みの傭兵達から聞いた話だ。大抵の場合は同じようなことが起こっているらしいが、その話がどの場所でも同じかというと、そういうわけではないのだと。

「って言っても、どうせ今んところはそこしか当てがないんでしょ? だったらそこに行句しかないじゃない」
「まあ、そうなんだがな……だが、ルージェ」
「なに? 先に確認でもしてくればいいの?」
「……よくわかったな。頼めるか?」
「まあ、このまま荷物引きずって街の中に入って歩き回るわけにはいかないしね。でも、荷物はどうするの」

 ルージェを先行させて目的としている傭兵ギルドを探すのは間違った判断ではないだろ。だがそうなると、当たり前だが、ルージェの持っていた荷物を俺たちが持っていかなくてはならない。流石に、この獲物を引きずったまま探しに行けと言うのは無茶だし、効率が悪すぎる。

 となれば俺かスティアが持っていくことになるわけだが……

「スティアに持たせる。まだ余裕があるようだしな」

 女性にこれほどの荷物を持たせるのはいささか紳士的ではない行いだが、こいつの場合は問題ない。

「えー。これ重くはないんだけど、結構邪魔なのよねー」
「重くはないんだ……」
「売った金をその分多めにするから納得しろ」
「えっ! いいの!? じゃあやるやる! この程度なら何の問題もないわ。あと三倍は持ってきなさい!」
「流石にそれはどう足掻いても通行の邪魔になるだろう」

 いくら重さを感じなかったとしても、それだけの量を引きずるとなれば流石に邪魔になるので明日以降もこれ以上狩るつもりはない。

 獲物を買い取ってくれるギルドを探すべくルージェが走り出し、俺たちは獲物を引き摺りながら後を追うように歩き出した。
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