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三章
マリアとスティア
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「何人もの大人が女の子を囲んで襲うだなんて、見過ごすわけにはいかないわ!」
やはり、あの時の騎士か。名前は……そう。マリアだったな。
樹林で助けた時もそうだが、彼女は自分から厄介ごとに首を突っ込む質のようだ。出なければ、わざわざこのような状況で割り込んだりなんてしない。
「あの時の騎士だね。なんでここにいるのかは知らないけど……」
「ここは表通りの食事処だからな。時間も夕食時だ。同じ街にいるのであれば騒ぎに遭遇する可能性は十分にあり得るだろうな」
それに、普段から人助けをしているのであれば、こんな目立つところで騒ぎを起こせば駆け付けてもおかしくはない。
だが、この後どうするのだろうかと状況を見守っていると、マリアは周囲の視線なんて知ったことではないと堂々と店内を進み、スティアと男達の間に体を割り込ませた。
「私が相手よ!」
剣は抜いていないが、ビシッと男達に指を突きつけた姿と言葉は、どう考えても勘違いのしようがないものだ。
だが、なぜだろうか。あの姿はどこかで見たことがあるのだがな。それも、かなり身近に。ついでに言うと、あまり見たくない類の格好として。
「あ? てめえなんだよ。関係ねえやつが首を突っ込んでくんじゃねえ!」
「俺たちは『弱く』ねえってその女に教えてやるだけだ」
「てめえもそいつと一緒に俺たちの相手をするってか?」
「ぐへへへへへ」
あの男達ではマリアには敵わないと思うのだが、それを理解するだけの能力がないようで、男達はマリアが割り込んでも気にせずに戦意を漲らせている。
「そんなこと、やらせるわけにはいかないわ!」
さて、どうしたものか。状況的にはスティアが悪いのだが、途中からこの場を見た者にとっては男達の方が悪者に思えることだろう。
スティアと男達との戦いであれば、喧嘩を売った者と買った者で終わる話なので無視しようと思ったが、他の者が入ってくると少し話が変わってくるな。事をこれ以上大きくしないように、ここで止めておくべきか?
「つっても先に挑発してきたのは……」
「あー、もうめんどくせえ! てめえは邪魔だっつってんだろ。どけ!」
男の一人がマリアに状況を説明しようとしたが、もう一人の男は短気だったようで、説明をする前にマリアのことを押し除けようと手を伸ばした。
「退かない! 私は弱い人の味方だから!」
自分に伸ばされた男の手を払いのけ、マリアは男達と戦い始めてしまった。
戦う相手を奪われたことで心なしか気落ちした様子のスティアが、不満そうな表情でこちらに戻ってきた。
「ねえ、あの人なんで私を守ってるの? 『弱い人』って言ったら、あっちを守るべきじゃない?」
「お前はもう黙ってろ」
確かにお前からすればあの男達の方が『弱い人』なのかもしれないが、側から見てる分にはお前の方が弱いと思われるものなのだと理解しておけ。
「でも、私のごはん……」
「もう十分に食べただろうに。無駄に騒ぎを起こすな、阿呆。これでも食べて大人しくしておけ」
喧嘩の行く末よりも自身の食事を気にしているスティアの口に、先ほどスティアが注文し、届いた料理を突っ込んで黙らせる。
「これに懲りたら、もう誰かを襲おうとしたらダメよ」
そうこうしている間に喧嘩は終わったようで、マリアは一撃も受ける事なく買ったようだ。男達にも怪我をさせないようにと気を遣ったのだろう。見える限りでの外傷はないように思える。
「また会ったな。助かった。感謝する」
そろそろ話しかけるか。そう思い、食事を続けているスティアを放置して立ち上がり、マリアへと話しかけることにした。
「えっと……あっ! 樹林であった子達!」
「あの時に引き続き、面倒ごとを任せてしまってすまなかった」
「ううん。いいの。これは私が好きでやってることだから」
あの時と同じように、マリアはなんでもない事だと笑みを浮かべながら軽く手を振った。
そして、やるべきことは終わったのだとばかりにこの場を後にしようとしたのだが……
「それじゃあ、私はこれで……」
「ちょっと待ちな」
「ふえ?」
厳つい男に肩を掴まれ、止められてしまった。
新手の敵か、と思ったのだろう。マリアは警戒した様子で声をかけてきた男のことを見つめたが……
「店の修繕費、どうするつもりなんだい?」
声をかけてきたのはどうやらこの店の店主だったようで、先ほどのマリアのケンカで壊れたテーブルや皿を指さして問いかけた。
その顔は笑ってはいる。だが、元の作りが厳ついからだろう。なんとも不気味な恐ろしさを醸し出している笑みになっている。
「え? あ……それは、そのぅ……」
マリアはやってしまったとばかりに目を見開いて店内を見つめているが、仕方ない。そもそもの騒ぎの原因はこちらなのだ。これくらいは俺たちが出すのが筋であろう。
もっとも、ここでの費用は後ほどスティアに渡す分から引いておくが。
「すまぬな、店主よ。これは騒がせた詫びだ」
「こ、こんなにっ……!?」
「店そのものは大した傷はついていないとはいえ、備品を壊したのだ。元に戻すまで売り上げが減ることになろう。そのことを考えれば、それくらい払って然るべきだ」
むしろ足りないくらいだろうと思う。
壊れたテーブルやイスは一つだけではなく、皿も割れている。皿などは予備があるだろうが、テーブルの予備などそうそうないだろう。イスも同様だ。それらを元通りに揃え直すには、今から頼んだところで間に合わない。
休むほどではないかもしれないが、席数が減ったとなれば確実に売り上げが落ちることとなる。争いの原因を作った側としては、その補填をすべきだ。
「うう……その……ごめんなさい」
「かまわん。どうせ俺達でやっていても似たような結果にはなったのだ」
それに、そもそもスティアのことを止めなかった俺にも非があるのだ。そのうち収まるだろうと放置せず、素直に止めておけばよかった。
——◆◇◆◇——
「——いえーい!」
「いえーい!」
「マリアってばいい飲みっぷりね! やっぱりこうして思いっきり飲み食いするからご飯って美味しいのよ!」
「スーちゃんもいい食べっぷりじゃない。それどこに入ってるの?」
「これくらい軽いものよ。なんだったらこの三倍は入るわよ!」
「えー、うっそだー。あははは」
その後、なぜか知らんが俺たちはマリアを交えて再び食事をすることとなったのだが、スティアとマリアの波長が合ったのだろう。二人は長年付き合いがあった友人のように楽しんでいる。
「えらく気が合ったようだな」
「まあ、どっちも似たような性格してるんだろうね」
「あれと似たような性格か……あまり関わりたくはないな」
「もう関わってるけどね」
楽しそうに騒いでいる二人を視界に収めながら、俺とルージェは小さくため息を吐き出す。
現在俺はスティアと共に行動しているし、それを悪くないと思っているが、不満がないわけでもないのだ。こいつの行動は無茶苦茶で、周りを顧みない行いをする事がある。
今後深い付き合いになるかどうかはわからないが、もしこれからも二人の付き合いが続くようなら、また何かが起こりそうで……いや、何かを起こしそうで不安になる。
「えへー」
「ふへー」
ひとしきり騒ぎ終えたようで、スティアは腹を抑えて椅子に寄りかかり、マリアはテーブルに頬杖をついているという違いはあるが、両者ともに笑みを浮かべながらも静かになった。
「なんだか相当酔ってない?」
「スティアの方はただの食い過ぎのようだがな」
スティアは酒を飲めないわけではないようだが、今は飲んでいない。なんでも、苦味があるからあまり好きではないのだとか。まあ、言ってしまえば単なる子供舌というやつだ。
それに対してマリアは酒を飲んでいる。それなりにペースが早かったので強いのかと思ったが、そうでもないようだ。こう言った状況ではそれなりに気をつける方だと考えていたのだが、意外だった。もしかしたら、気の合う相手を見つけられたことでタガが外れたのかもしれない。
「しかし、あのまま帰すとなると……はあ。宿まで送るしかないか」
「送り狼にでもなるつもり?」
「お前まで阿呆なことを言い出すな」
スティアだけでさえ持て余しているのに、この上マリアまで抱え込むことになったら面倒なことになる未来しか見えない。
そもそも、同意なく酒に酔っている女性を襲うようなクズに成り下がるつもりはない。ただ送り届けて終いだ。
「さて……お前たち、そろそろいい時間だ。今日のところは解散としておけ」
「えー。まだまだ全然余裕よ~」
スティアは俺の言葉に唇を尖らせて抵抗の言葉を口にしたが、お前が腹を押さえて休んでいる時点でそれは食べ過ぎという合図だ。
マリアも酔っているし、それなりに夜も更けている。今日あったばかりの関係なのだし、ここらで解散すべきだろう。話したいと思ったのであれば、また後日話せばいい。どうせしばらくはこの街にいるのだ。マリアの止まっている宿に伝言でもしておけばいつでも会うことはできるだろう。
やはり、あの時の騎士か。名前は……そう。マリアだったな。
樹林で助けた時もそうだが、彼女は自分から厄介ごとに首を突っ込む質のようだ。出なければ、わざわざこのような状況で割り込んだりなんてしない。
「あの時の騎士だね。なんでここにいるのかは知らないけど……」
「ここは表通りの食事処だからな。時間も夕食時だ。同じ街にいるのであれば騒ぎに遭遇する可能性は十分にあり得るだろうな」
それに、普段から人助けをしているのであれば、こんな目立つところで騒ぎを起こせば駆け付けてもおかしくはない。
だが、この後どうするのだろうかと状況を見守っていると、マリアは周囲の視線なんて知ったことではないと堂々と店内を進み、スティアと男達の間に体を割り込ませた。
「私が相手よ!」
剣は抜いていないが、ビシッと男達に指を突きつけた姿と言葉は、どう考えても勘違いのしようがないものだ。
だが、なぜだろうか。あの姿はどこかで見たことがあるのだがな。それも、かなり身近に。ついでに言うと、あまり見たくない類の格好として。
「あ? てめえなんだよ。関係ねえやつが首を突っ込んでくんじゃねえ!」
「俺たちは『弱く』ねえってその女に教えてやるだけだ」
「てめえもそいつと一緒に俺たちの相手をするってか?」
「ぐへへへへへ」
あの男達ではマリアには敵わないと思うのだが、それを理解するだけの能力がないようで、男達はマリアが割り込んでも気にせずに戦意を漲らせている。
「そんなこと、やらせるわけにはいかないわ!」
さて、どうしたものか。状況的にはスティアが悪いのだが、途中からこの場を見た者にとっては男達の方が悪者に思えることだろう。
スティアと男達との戦いであれば、喧嘩を売った者と買った者で終わる話なので無視しようと思ったが、他の者が入ってくると少し話が変わってくるな。事をこれ以上大きくしないように、ここで止めておくべきか?
「つっても先に挑発してきたのは……」
「あー、もうめんどくせえ! てめえは邪魔だっつってんだろ。どけ!」
男の一人がマリアに状況を説明しようとしたが、もう一人の男は短気だったようで、説明をする前にマリアのことを押し除けようと手を伸ばした。
「退かない! 私は弱い人の味方だから!」
自分に伸ばされた男の手を払いのけ、マリアは男達と戦い始めてしまった。
戦う相手を奪われたことで心なしか気落ちした様子のスティアが、不満そうな表情でこちらに戻ってきた。
「ねえ、あの人なんで私を守ってるの? 『弱い人』って言ったら、あっちを守るべきじゃない?」
「お前はもう黙ってろ」
確かにお前からすればあの男達の方が『弱い人』なのかもしれないが、側から見てる分にはお前の方が弱いと思われるものなのだと理解しておけ。
「でも、私のごはん……」
「もう十分に食べただろうに。無駄に騒ぎを起こすな、阿呆。これでも食べて大人しくしておけ」
喧嘩の行く末よりも自身の食事を気にしているスティアの口に、先ほどスティアが注文し、届いた料理を突っ込んで黙らせる。
「これに懲りたら、もう誰かを襲おうとしたらダメよ」
そうこうしている間に喧嘩は終わったようで、マリアは一撃も受ける事なく買ったようだ。男達にも怪我をさせないようにと気を遣ったのだろう。見える限りでの外傷はないように思える。
「また会ったな。助かった。感謝する」
そろそろ話しかけるか。そう思い、食事を続けているスティアを放置して立ち上がり、マリアへと話しかけることにした。
「えっと……あっ! 樹林であった子達!」
「あの時に引き続き、面倒ごとを任せてしまってすまなかった」
「ううん。いいの。これは私が好きでやってることだから」
あの時と同じように、マリアはなんでもない事だと笑みを浮かべながら軽く手を振った。
そして、やるべきことは終わったのだとばかりにこの場を後にしようとしたのだが……
「それじゃあ、私はこれで……」
「ちょっと待ちな」
「ふえ?」
厳つい男に肩を掴まれ、止められてしまった。
新手の敵か、と思ったのだろう。マリアは警戒した様子で声をかけてきた男のことを見つめたが……
「店の修繕費、どうするつもりなんだい?」
声をかけてきたのはどうやらこの店の店主だったようで、先ほどのマリアのケンカで壊れたテーブルや皿を指さして問いかけた。
その顔は笑ってはいる。だが、元の作りが厳ついからだろう。なんとも不気味な恐ろしさを醸し出している笑みになっている。
「え? あ……それは、そのぅ……」
マリアはやってしまったとばかりに目を見開いて店内を見つめているが、仕方ない。そもそもの騒ぎの原因はこちらなのだ。これくらいは俺たちが出すのが筋であろう。
もっとも、ここでの費用は後ほどスティアに渡す分から引いておくが。
「すまぬな、店主よ。これは騒がせた詫びだ」
「こ、こんなにっ……!?」
「店そのものは大した傷はついていないとはいえ、備品を壊したのだ。元に戻すまで売り上げが減ることになろう。そのことを考えれば、それくらい払って然るべきだ」
むしろ足りないくらいだろうと思う。
壊れたテーブルやイスは一つだけではなく、皿も割れている。皿などは予備があるだろうが、テーブルの予備などそうそうないだろう。イスも同様だ。それらを元通りに揃え直すには、今から頼んだところで間に合わない。
休むほどではないかもしれないが、席数が減ったとなれば確実に売り上げが落ちることとなる。争いの原因を作った側としては、その補填をすべきだ。
「うう……その……ごめんなさい」
「かまわん。どうせ俺達でやっていても似たような結果にはなったのだ」
それに、そもそもスティアのことを止めなかった俺にも非があるのだ。そのうち収まるだろうと放置せず、素直に止めておけばよかった。
——◆◇◆◇——
「——いえーい!」
「いえーい!」
「マリアってばいい飲みっぷりね! やっぱりこうして思いっきり飲み食いするからご飯って美味しいのよ!」
「スーちゃんもいい食べっぷりじゃない。それどこに入ってるの?」
「これくらい軽いものよ。なんだったらこの三倍は入るわよ!」
「えー、うっそだー。あははは」
その後、なぜか知らんが俺たちはマリアを交えて再び食事をすることとなったのだが、スティアとマリアの波長が合ったのだろう。二人は長年付き合いがあった友人のように楽しんでいる。
「えらく気が合ったようだな」
「まあ、どっちも似たような性格してるんだろうね」
「あれと似たような性格か……あまり関わりたくはないな」
「もう関わってるけどね」
楽しそうに騒いでいる二人を視界に収めながら、俺とルージェは小さくため息を吐き出す。
現在俺はスティアと共に行動しているし、それを悪くないと思っているが、不満がないわけでもないのだ。こいつの行動は無茶苦茶で、周りを顧みない行いをする事がある。
今後深い付き合いになるかどうかはわからないが、もしこれからも二人の付き合いが続くようなら、また何かが起こりそうで……いや、何かを起こしそうで不安になる。
「えへー」
「ふへー」
ひとしきり騒ぎ終えたようで、スティアは腹を抑えて椅子に寄りかかり、マリアはテーブルに頬杖をついているという違いはあるが、両者ともに笑みを浮かべながらも静かになった。
「なんだか相当酔ってない?」
「スティアの方はただの食い過ぎのようだがな」
スティアは酒を飲めないわけではないようだが、今は飲んでいない。なんでも、苦味があるからあまり好きではないのだとか。まあ、言ってしまえば単なる子供舌というやつだ。
それに対してマリアは酒を飲んでいる。それなりにペースが早かったので強いのかと思ったが、そうでもないようだ。こう言った状況ではそれなりに気をつける方だと考えていたのだが、意外だった。もしかしたら、気の合う相手を見つけられたことでタガが外れたのかもしれない。
「しかし、あのまま帰すとなると……はあ。宿まで送るしかないか」
「送り狼にでもなるつもり?」
「お前まで阿呆なことを言い出すな」
スティアだけでさえ持て余しているのに、この上マリアまで抱え込むことになったら面倒なことになる未来しか見えない。
そもそも、同意なく酒に酔っている女性を襲うようなクズに成り下がるつもりはない。ただ送り届けて終いだ。
「さて……お前たち、そろそろいい時間だ。今日のところは解散としておけ」
「えー。まだまだ全然余裕よ~」
スティアは俺の言葉に唇を尖らせて抵抗の言葉を口にしたが、お前が腹を押さえて休んでいる時点でそれは食べ過ぎという合図だ。
マリアも酔っているし、それなりに夜も更けている。今日あったばかりの関係なのだし、ここらで解散すべきだろう。話したいと思ったのであれば、また後日話せばいい。どうせしばらくはこの街にいるのだ。マリアの止まっている宿に伝言でもしておけばいつでも会うことはできるだろう。
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