聖剣如きがフォークに勝てると思ったか 〜秘伝の継承に失敗したからと家を追い出されたけど最強なので問題なし〜

農民ヤズ―

文字の大きさ
81 / 189
三章

アルフとマリアの夜道

しおりを挟む
「黙れ阿呆。ここでやめておかなければ、明日のお前の食事は抜きだ」
「……そんなっ!? 横暴よ!」
「これだけ食べたのだから問題あるまい。あと三日ほど食わなくとも平気だろう」
「平気じゃないですー!」

 そう不満を口にしたスティアだが、目の前には空となった皿が積み重なっている。途中で空いた皿を回収しにきたのだが、その上で〝これ〟だ。常人ならば数日分の食事に相当するのではないだろうか?

 とはいえ、それを言ったところで不満を溢すのはわかっているのでスティアには何も言わず、今度はマリアへと視線を向けた。

「マリアもだ。いくら魔法で解毒できるとはいえ、飲み過ぎではないか?」

 一応、身体強化を施せば特別な事をしなくとも誰でも酔いを覚ますことはできる。その場合少し時間はかかるが、すぐに治したいのであれば治癒系統の魔法を使ってもいい。
 だがそれは、魔法を使わなくてはいけない状況に陥っている、という意味でもある。結果的に治るのだとしても、体に悪いことには変わらない。

 それに、俺たちは今日あったばかりなのだ。いかに気が合った友人関係と慣れたのだとしても、目の焦点がブレるほど酔うべきではないと思う。

「んー。そうね、そろそろ帰ろっかな」

 そう言ってゆっくり息を吐き出すと立ち上がったマリアだが、やはりそれなりに酔いが回っているのだろう。足元がふらついている。

 だがマリアはそんな酔いなど気にしていない様子で懐を探り、財布を取り出して金をテーブルの上に置いた。

「んー! ……あはは。久しぶりに私も楽しかったわ。ええ、本当に」
「……?」

 財布を再びしまい直した後、マリアは両手を組んで上に上げ、伸びをするように体をほぐしたのだが、その後につぶやかれた言葉にはなんともいえない哀愁のようなものが込められているように感じられた。

「しばらくはこの街にいるつもりだし、またあったらよろしくね——えええっとお!」

 先ほどの呟きについて考えていると、別れの挨拶をしたマリアが帰ろうとしたのだが、ふらついているせいで転んでしまった。

 咄嗟に転んだマリアを受け止めるが、我ながらよく反応できたものだと思う。これもスティアがよく転んだり何かにぶつかったりするから身に付いた技能の一つなのだろう。……嫌な技能だな。

「だから言ったのだ。やはり飲み過ぎだ」
「あ、うん。ごめんね」
「構わん。だが、せめて宿まで送らせろ。このままでは安心して見送ることもできん」
「え……でも、それは悪いかなーって……」

 今日は色々と迷惑をかけたのに、更に手を煩わせるのを申し訳ないと思っているのか、マリアは酒のせいで頬を赤らめている顔を逸らした。

「気にするな。酔った女性を一人で出すのは心に悪い。どうせ大した距離でもないのだ」

 先ほどスティアと楽しげに話している最中、お互いの泊まっている宿については教え合っている。それによると、意外とマリアは俺たちの宿からそう遠くない場所に泊まっていたようで、ここからなら二十分も歩けばつく距離だ。

 だが、平時であればさしたる問題のない道であっても、酔っている今では何が起こるかわからない。
 魔法で酔いを覚まさせれば問題ないのだろうが、今何もしていない様子を見るに、酔いを覚ましたくない気分なのだろう。
 であれば、その意を汲んで手を貸してやるのも優しさというものだろう。

 だが……

「あー、わかったわ! あんたマリアのこと襲うつもりでしょ~。あれよ。ルージェの言ってた送り狼ってやつ?」

 阿呆が阿呆な事を言い出した。
 そのようなことはするつもりないと言うに……この阿呆どもは俺のことをそんな目で見ているのか?
 まあ、こいつの場合は思いついたことをそのまま口にしているだけだろうから、特に何も考えておらず、ここにいるのが俺でなくとも誰にでも同じような言葉を吐くだろうが。

 しかし、「ルージェの言っていた」か……。確かに、先ほどこいつは口にしていたな。
 阿呆がふざけた発言を真似をしたことについてどう思っているのか問うためにルージェに視線を向けたが、スッとそらされた。
 どうやら自分は悪くないと言いたいらしい。……はあ。

「マリア、気をつけないとダメよ。男はみんな野獣ってどっかで聞いたか見たかしたから」
「そうだな。お前みたいな子猫よりは獣かもしれんな」
「子猫じゃなくって獅子だもん!」

 獅子だと言うのなら、それに相応しい威厳が欲しいものだな。

「えっと、じゃあ……お言葉に甘えさせてもらおっかな」

 そんな俺たちの掛け合いを見ていたマリアはくすりと笑い、俺の提案に同意を示した。

「ああ。ルージェ。お前は先にそれを宿に戻しておけ。それから、今日は樹林に行ったのだ。湯浴みをさせてから体の調子や怪我の有無を再度確認し、着替えさせて寝かしつけろ」
「はいはい。でも、そこまで気にするって、なんだか本当の保護者みたいだね」
「私子供じゃないんだけどー?」

 どう考えても子供だろう。それも、無駄に能力と行動力と立場があるから扱いに困る大きな子供だ。

 だが、あとはルージェに任せておけば問題ないだろう。先ほどのふざけた発言をスティアが真似した件もある。視線を逸らしたと言うことは悪いと思っているのだろうし、ここで手を抜いたりはしないはずだ。

 そうして俺は酔ったマリアを宿へと送っていくために、二人で店を出て歩き出した。

「なんだかごめんね。今日会ったばっかりなのに、迷惑かけちゃって」
「気にするな。元々はあの阿呆が原因なのだ。それに、俺としても楽しくなかったわけではない」

 しばらくの間は無言で歩き続けていたのだが、五分ほど歩いていると突然マリアが口を開いた。
 だが、確かに色々とあったし、面倒だと感じはしたが、迷惑と言うほどではなかった。こういった出会いや騒ぎというのは旅の華であると思っているし、楽しさを感じなかったわけでもないのだ。
 であれば、その楽しさの礼として、この程度のことはしてもなんら問題はない。

 それからまた無言に戻った俺たちだが……ちょうどいいか。そう思い、俺はマリアに問いかけてみることにした。

「……ところで一つ聞きたいのだが、お前は現在チームを組んでいたり知人と共に行動していたりするか?」
「え? え、えーっと、一人だけど……」

 不意にかけられた問いに、マリアは一瞬迷ったような反応を見せた後、どこか恥ずかしそうにしながら答えた。

「そうか。では、何か恨みを買うようなことはしたか? あるいは、金目のものを持ち歩いているような姿を見せたりはしなかったか?」
「……どこ?」

 話が早いな。マリアは俺の言葉だけで何が起きているのか状況を理解したようで、先ほどまでのゆるい雰囲気を消して見つめてきた。

「左右後方に二人。左方の屋根上に一人。ただの物取りにしてはいささか本格的すぎる気がするのだが、どう思う?」
「……ごめんなさい。それ、多分私を狙ってるんだと思う」

 マリアは一瞬ためらいを見せたものの、申し訳なさそうに謝罪を口にした。
 かと思ったら、その直後には覚悟を決めた表情となっていた。
 足取りはいまだにふらついているものの、その表情に酔いの気配はなく、おそらくふらついているのはすでに酔いが覚めていることを隠すためなのだろう。

「理由があるのだな」
「……」

 マリアは俺の問いかけを受けても何も話そうとはしないで正面だけを見続けている。
 俺たちを尾けている存在がいると知り、すぐにその正体に思い当たることから、そこらで恨みを買った程度の話ではなく、もっと深い事情があるのだろう。
 それこそ、マリアという騎士がこの場所にいる理由に関わるような大きな事情が。

 しかし、そのことについて踏み込むつもりはない。

「無理してそれを聞き出すつもりなはい。だが、この場は協力するとしよう」

 今重要なのは、この尾けている者達をどうするのか、ということだ。マリアの事情など、彼女自身でどうにかすべきことで、俺が深入りするのは違う。
 もっとも、助けを求められたのであれば、それが道理に沿うことであることなら手を貸すつもりではいるが。

「だめ! そんなことしたらあなた達まで……」

 だが、そんな俺の申し出に、マリアは小さい声ながらも俺の腕を掴み、自身の方へと引き寄せて足を止めた。

 マリア自身、自分が危険なのはわかっている。誰かの手を借りる事ができるのなら、借りたいのが本音だろう。

 しかし、危険があるのだとしても、その危険に誰かを巻き込むことを良しとしない。それは騎士としてマリアが胸に抱く矜持なのだろう。
 それはとても素晴らしく、同時に好ましいものだと思う。そして、だからこそ手を貸してやりたいと思うのだ。

「確かに、巻き込まれることになるかも知れんな。だが、それは今更であろう。何せ、こうして共に動いているところを見られたのだ。もし本当にお前を追っているものであれば、俺たちの事を調べ、場合によっては人質として襲ってくることもあるだろう」
「それは……でも、まだそこまでされるって決まったわけでも……」

 マリアは俺の言った言葉の通りになる可能性を理解しつつも、それでもまだ巻き込まないように遠ざけようとするが、違う。そうではないのだ。

「勘違いするな。お前を助けるためにやるのではない。俺たちの邪魔になりそうだから処理するだけだ。これでも俺達には秘密が多いのでな。腹を探られたくはないのだ」

 そういって俺は肩を竦めた。
 別にこれは照れ隠しなどではなく、言葉通りの意味だ。
 ここでマリアだけを置き去りにして逃げたところで、俺達が無事だという保証などどこにもない。
 逃げたとしても襲われる可能性があるのであれば、逃げることに意味などなく、ここで倒してしまった方が良いと言えるだろう。

 だから、そう。これは決して照れ隠しでもお人好しでもなんでもない。単なる自分たちのためだ。

「……じゃあ、お願い。手を貸して」

 目元にうっすらと涙を浮かべたマリアは、ぐっと唇を噛んで考えた様子を見せてから、ほのかに嬉しそうな笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...