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三章
騎士ロドリゴ
しおりを挟む「っ!」
「くそ……今のを止めるのかよ」
布で縛っておいたはずのロドリゴが、横合いから飛びかかり、斬りつけてきた。
咄嗟に身体強化を施して両腕を交差させることで受け止めるが、痛いな。強化してあるとはいえ、生身であることに変わりはない。おそらく、それほど深い傷ではないが、怪我をしているだろう。
しかし、なぜこの者が……。そう思ったが、ロドリゴが拘束を抜け出して動けている理由は、すぐに判明した。
「捕えられた腕を切り落としての特攻か。忠義に篤いと言うべきか?」
そう。この男、布に拘束されていた自身の左腕を切り落としていたのだ。
そのようなことをしながらも、うめき声ひとつあげることなく、ただひたすらにこちらの首を狙ってきた。
そのことは賞賛されるべき行いで、俺にとっては脅威でもあった。
正直なところ、俺は今回の襲撃に対し、余裕を感じていた。この程度であれば一人でもなんの問題もない、と。
だが、この男に関してはその考えは間違いであったのだと認めよう。
一切の傲りも慢心もなくし、改めてロドリゴに相対することを決めた。
そんな俺の変化を理解したのか、ロドリゴは苦々しい表情をしながら剣を引き、右腕一本で新たに剣撃を放ってきた。
切りお落とした左腕から流れる血は相当な量だというのに、まだ重心を崩すことなく剣を振るうとは、かなりの腕だ。
繰り出された剣撃を捌くが、ロドリゴは止まることなく攻撃を続ける。
だが、片腕だけでは剣を振るのも苦労するだろうに、そんな苦労を挑発的な笑みで塗りつぶしながらロドリゴは口を開いた。
「はっ、そんなんじゃねえよ。ただこれも仕事だってだけだ。何にもできずに帰ったら、それこそやべえことになるからな」
「正式な騎士ではないとはいえ、自国の民であることに変わりはないだろうに。それを切り捨てるか」
「自国のっつっても、所詮俺らは後ろ暗いことをしてる奴らだ。そんなもん、失敗すりゃあ切られるのはどこだって同じだろ?」
「それは否定できんな」
暗部など、所詮そんなものだ。その仕事が国に必要なのだと理解していても、本来であれば〝あってはならない〟仕事だ。
故に、何かあった際には真っ先に切り捨てられる。それは仕方のないことだ。
だがそれでは……
「ふむ。では提案だ。俺の下に着くつもりはないか? 何かを強制しようと言うわけではない。ただ、必要になった時に手を貸してくれればいいだけだ。何か理不尽を行うこともないと約束しよう」
それでは、あまりにも勿体無い。
これほどの男がどうして守護騎士になれなかったのかは知らん。だが、それだけの実力はあるように思える。そんな男をこんなところで無駄に死なせるなど、あってはならないことだ。
「……あんたなら、口先だけじゃなくて本当にそう思ってんだろうな。だが、それはできねえ。こんなことをしてるが、それでも俺はあの国の騎士だ。やってることが正しくねえのも、今の俺が騎士らしくねえのもわかってらあ。だが、国に尽くす信念を捨てたつもりはねえ」
こんな状況であっても生きる事にしがみつかず、己の道を通そうとする心は見事だ。
狂信者のように盲目的に信じるのではなく、打算で従うわけでもない。純粋に『騎士』として生きる男。
そんな男の答えを聞き、俺は小さく口元に笑みを浮かべた。
「なるほど。では、騎士よ。最後にお前の名前を聞かせよ」
「あ? ……はは。俺が騎士か。随分と遠かったと思ったが……ああ、くそったれ」
すでに名前を知っているが、それは正式に聞いたわけではない。騎士と向かい合い、戦うのであれば、名乗りは必要であろう。
そう考えての問いかけだったのだが、目の前の騎士は体から力を抜くと無防備に空を見上げて笑った。
そして、満足したのか顔をおろし、真っ直ぐ射抜くようにこちらを見つめて剣を構えた。
「俺はロドリゴだ。ロドリゴ・アボット。騎士王国所属の……騎士だ」
そう名乗りをあげた騎士、ロドリゴに相対するようにフォークを構えた。相変わらず、格好のつかない武器だが、仕方ない。
「現在の名はアルフ。以前の名は、アルフレッド・トライデン。すまんが、これで戦わせてもらう。格好はつかないことは承知だが、あいにくとこれが俺の魔創具なのでな」
「……事故か。あんたほどのやつが儀式程度でミスるとも思えねえ」
ロドリゴはわずかな時間訝しげに顔を顰めたが、すぐになぜこうなったのかを理解したようで頷きながら答えた。
まさか、こちらの事情を正確に汲み取ってくれるとはな。やはり、この男は有能だ。
「事故か事件かは不明だがな。だが、こんな見た目ではあるが、その性能は劣るものではないと保証しよう」
「別に、性能が劣っていても構わなかったんだがな。それくらいのハンデがあってようやく足元に手が届く程度の差があるだろ」
そんなどこかきやすさを感じる会話をしてお互いに笑みを浮かべた俺達だが、それもわずかな時間だけ。お互いにすぐに笑みを消して武器を構えあった。
「ロドリゴよ。其方の名、覚えておこう」
「そうかい。そりゃあ、ありがたい話だが……そう簡単に死ぬつもりはねえよ」
そうは言ったが、ロドリゴ自身、もうすぐ自分が死ぬことを理解しているだろう。何せあの傷だ。片腕を切り落とし、その血を止めることなくこうして戦いを挑んでくる。まだ倒れていないことの方が不思議に思えるほどだ。
おそらく、この後の戦いも、一合——どれほど足掻いても数合と言ったところだろう。
それでもこの男は、勝つのは自分なのだと力強い輝きを瞳に宿し、片腕だけとなった右腕を大上段に構えた。
守る気も逃げる気もさらさらなく、ただ本気で勝とうとしているその姿には最初に感じたくたびれた様子などどこにもない。今俺の目の前にいるのは信念を貫く騎士だ。
……なるほど。確かに騎士ではないな。こいつはとんだ詐欺師だ。
なぜこんな部隊にいるのかはわからないが、先ほどまでの態度は擬態だったというわけだな。まんまと騙されたものだ。
「それじゃあ——」
「ああ」
そして、お互いに合図などないにも関わらず同時に足を踏み出し、激突する。
接近し、なんの衒いもなく一文字に振り下ろされるロドリゴの剣。
その剣にはこれまで経験してきた人生の全てを注ぎ込んだのだろうと思えるほど、迫力があった。
常人であれば剣を合わせることすらできず、達人であってもほんの些細なズレで剣を叩き折られてしまうような、そんな一撃だ。
とはいえ、受ける必要などない。単なる振り下ろしなど、避けてしまえばそれでおしまいだ。
だが、受けたくなった。
これは貴族としての在り方とは違う。傭兵としての戦い方とも違う。利口ではない、ただの愚かしいと言える行動。
だがそれでも、この男の剣を避けるなど、あってはならないと感じたのだ。
右手だけでは足りないと判断して即座に左手にもフォークを生み出し、それだけでも足りないと正面にマントも生み出した。
マントにぶつかった剣はわずかに勢いを落とし、だがそのまま邪魔をしたマントごとこちらに剣を押し込んできた。
それを両手で構えたフォークの歯を噛ませるように受け止め……勢いを完全に殺した。
ロドリゴはそれでも諦めることはなく、防がれた剣をもう一度振りかぶり——フォークに胸を貫かれた。
自身の胸に訪れた衝撃の意味を理解し、それでもロドリゴは剣を振ろうと腕に力を込めた。
だが、その意思に反して体は限界だった。
剣を振る途中で力が入らなくなり、剣が手から零れ落ちてしまった
それでも、震える足に力をこめて、拳を握り——二本目のフォークが首を貫いた。
首を貫かれた衝撃で背中から倒れたロドリゴ。顔色はとうに死人のそれとなっており、あと数分と経たずに死ぬだろうということは誰にでも理解できた。
「死にぎわが、一番騎士らしいだ、なんて、ままならねえ……なあ……」
そんな状態であるにも関わらず、ロドリゴは首に刺さったフォークを震える手で握りしめると強引に抜き、血を吐きながら掠れる声で呟くと、そのまま息を引き取った。
勝てないことなど理解していただろう。それでも最後まで国のために拳を握り戦うことを選んだこの男は、正真正銘の騎士だ。
ならば、その最後は汚されることなく終わらせるべきだろう。
そう考え、ロドリゴが自分で切り落とした腕を回収すると、胸を貫いたフォークを起点に炎の魔法を使用し、ロドリゴの体を焼き尽くした。
本来ならば、死体であっても持ち物や人相などを確認することができ、この者達——アルラゴン騎士王国の狙いを把握する一助となったことだろう。
だが、誇りある死を迎えた騎士の体を弄くり回されるのは、不快だった。
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