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四章
オルドスの奥の手
しおりを挟む「……剣が重い?」
「どうした? 初めの頃のような勢いがないのではないか?」
「これは……私の剣を重くしたのか?」
「さて、どうであろうな」
剣を重くしたわけではないし、フォークを重くしたわけでもない。だが、明らかにオルドスの動きは始めの時よりも鈍っている。
これまで剣とフォークで打ち合い、時折フォークを剣に噛ませてやったのだが、今では十本近くのフォークがオルドスの剣に噛み付いたままの不恰好な状態となっている。
俺が何かしているのはわかっているだろうが、何をしているのかわからないオルドスは、改めて俺に上段からの振り下ろしの一撃を放つと、納得したように頷いた。
「違うな。これは、軌道を曲げられているのか。……ああ、なるほどな。刺さっているフォークを動かすことで、間接的にこちらの軌道を曲げているのか」
「流石に気づかれるか」
「当たり前だ。流石にこれほどあからさまにやられればわからないはずがない」
今の一撃は俺を倒すための攻撃ではなく、自身の攻撃の違和感を確認するためのものだったようだ。
「しかし、どうする? 剣をまともに振るうことができず、かといって邪魔を取り除くこともできない。いや、賭けに出て取り除くか? 魔創具を一旦消して作り直せば、それらは容易く取り除くことはできるぞ。俺の攻撃を受けることになるだろうが、一度の攻撃を受けるだけで全ての邪魔を取り除くことができるのであれば、それはそれで戦術として間違いではないだろう」
「それでもいいのだがな……だが、流石にお前を相手に隙を晒すほど愚かではないつもりだ。たった一度の機会を与えるだけでこちらの負けが決まるだろ」
そうだろうなと思う。こちらも、そう何度も攻撃の機会をもらえるとは思っていない。貴重な隙ができるタイミングがあるとわかっているのだから、その時を見逃すはずがない。
しかし、このままではまともな勝負にならないだろう。剣の軌道を曲げられてしまえば、いかにオルドスの腕が良いと言ってもどうにもならない。
「ではどうする? そのままではまともな戦いにならないと思うが?」
「心配するな。これでも鍛えてきたんだぞ。それに、お前であっても魔創具の力を全て見せたつもりはない」
そう言いながらオルドスは一度だけ深呼吸をした。
「本来であれば、お前が魔創具を得た後に手合わせをして、そこで見せるつもりだったのだが、色々と状況が変わってしまったからな。だが、ようやく見せることができる」
オルドスはそう告げるなり剣を地面に突き立て、その柄尻に両手を重ねて置き、こちらを睨みつけてきた。
「喜べ。私の魔創具の全力を見せるのは、父と師を除けばお前が初めてだ」
「そんな奥の手と呼べるようなものを、このようなところで友人に向けるべきではないと思うのだがな」
それは王族の秘奥と同じ扱いになるのではないだろうか? 少なくともこのような誰が見ているともしれないところで見せる技ではないはずだ。
「なに、一度くらいはまともに使っておかなければ、いざという時に使えないだろ? それに、お前なら防げると信じている」
王の戦い方は相打ち覚悟の技であり、オルドスが普段振るう通常の剣技は一体の敵を倒すための技。
であれば、普段使いではない奥の手とも言えるこの大技は、自身のことを顧みないで敵を殺すだけの自爆に近い技の可能性が高い。一体の敵ではなく、まとまった敵を排除するための技。
流石にこんな手合わせで自身が死ぬほどの攻撃はしないだろうが、それでも危険なことに変わりはない。
「では、いくぞ。受け損なって死んでくれるなよ?」
そう告げるなり、オルドスは地面へと突き立てた剣を握りしめた。
その直後、突き立てられた地面はうっすらと発光しだし、剣を中心に光の輪を映し出した。
地面に映されたその輪は徐々に浮かび上がり、オルドスの事を囲うように光の輪は胸の下あたりで止まった。
なかなか準備に時間がかかる技のようだな。今の準備中に攻撃を仕掛ければ止められたかもしれないが、おそらくはその弱点こそがこの技の欠点なのだろうな。使えば敵を倒せるが、使うまでに時間がかかり負傷する相打ち覚悟の技。
だが今回は所詮は手合わせだ。殺し合いではないのだから、相手の技を邪魔することは武人としての礼儀に反する。
しかし……
「あれを止めなくてはならんのか。随分と無茶をさせるものだな」
発動までに時間がかかるが、発動してしまえば状況を変えることができる。
そんな技を邪魔することなく完成させるのだ。生半な威力ではないだろうことは容易に想像できる。そして、そんな技を俺は真正面から止めなくてはならない。
「いくぞ」
「こい」
直後、オルドスは地面に突き立てていた剣を引き抜き、軽く薙いだ。
これから攻撃をするとは思えないほど力の入っていない動作だったが、その後に起こった現象はとても軽いとは言えないほどの脅威が込められていた。
そして、光の輪が輝きを増したかと思うと、光の輪は急激に拡大し、進路にある全てを両断した。
その光の輪の詳細はわからずとも、生身で受ければまずいことくらいは容易に理解できる。
待機してあった防御用の魔法を展開し、両断される。
もとより侮るつもりはなかったが、出し惜しみなどしている余裕はない。フォークもマントも、俺に出せるだけの全てを生成し、その全てを正面に集めて守りを固める。
「くっ——!」
何枚ものマントが両断され、何本ものフォークも両断される。
だがそれでも……
「これで終わりか?」
しのぎ切ることに成功した。だが、危うかった。しのげたとは言えど、盾として使用したほとんどのものが破壊された。唯一生き残っているのは、フォーク一本だけ。
だが、しのぎきれたのは事実であり、一本だけといえど武器が残っているのも事実である。
故に、その結果は当然だったのだろう。攻撃を放った硬直をしていたオルドスに向かってフォークを投げつけ、その先端がオルドスに触れるや否やというところで動きを止めた。
自身の奥の手を防がれ、目の前に武器が迫っている状況で足掻くつもりはないようで、オルドスは魔創具を消してその場にしゃがみ込むと、深く息を吐き出して苦笑を浮かべた。
「ああ。……まったく、呆れたものだな。確かに全力ではなかったとはいえ、常人であれば防ぐことなんてできないはずの攻撃だったんだぞ」
「そんなものを友人に向けて放つなど、頭がおかしいのではないか?」
「最初に言っただろ。お前なら防げると信じていたからこそだ」
「そのような信頼だけでこれだけの攻撃を放つなど、やめてもらいたいのだがな」
実際、本当に危うかった。油断の一つでもしていれば、この程度で大丈夫だろうなどとでも思っていれば、今ごろ俺の胴体は真っ二つになっていたことだろう。
「それで、この勝負どうする?」
「今のを防がれたんだ。素直に負けを認めるさ」
オルドスの態度からわかっていたことではあるが、そうして正式に公算の宣言を受けたことでこの戦いの決着となった。
「流石に今のであれば勝てるのではないかと思ったのだが……やはり負けたか」
「正直、今の攻撃は本来の鎧と槍では防げなかったかもしれんな。マントとフォークという、数を出せるものだったからこそ、何重にもすることで凌ぐことができた。俺が儀式に失敗していなければお前の勝ちだっただろう」
本来俺が使う予定であった鎧と槍で防ごうとしていれば、守りの数が足らずに終わったことだろう。流石に死にはしなかっただろうが、それでも負傷するくらいにはなったはずだ。
不本意ではあるが、今の形状であるからこそオルドスの攻撃を受け切ることができたと言える。
「そうか……それを考えると、失敗して良かったといえなくも……いや、成功した方が良かったのは間違い無いな。ただ、今の状況であっても救いと言えるものがあって良かった」
まあ、そうだな。ただ、このことがどれほどまでに役に立つのかと疑問ではあるがな。
「これほどの攻撃をしてくる者など、そうそう居はしないだろうがな」
「そうでもないだろ。六武の中には山を貫く者もいるぞ。その一撃を防ごうと思ったら、この程度はまだ軽い方だろ」
「六武と比べるのがそもそもの間違いだとは思うがな」
六武やそれに匹敵するほどの強者など、そうそういては困る。
「だが、天武百景に挑むんだろう?」
「ああ。……ああ、そうだな。天武百景で優勝を狙うのだ。であれば、六武を特別視するのはあってはならないか。……先ほどもそのことは理解していたつもりだったのだがな。やはりまだ甘えが存在しているらしいな」
天武百景にて優勝するつもりでいるのであれば、六武だろうとそれに匹敵する強者であろうと、及び腰になってはならない。
強者はそうそういない。それは事実ではある。だが、強者なぞいても問題ないのだと言い張るつもりでいなければ天武百景にて優勝することなど不可能だろう。
どうやら、俺は知らない間に臆病者になっていたようだな。
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