異世界最強の『農家』様 〜俺は農家であって魔王じゃねえ!〜

農民ヤズ―

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1章

『農家』スキルの応用

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「いや、俺も知らねえけど、なんかできた。他の職ではできないのか?」

 多分指定範囲の拡大ができるのは『農家』だけってことはないと思うんだけどな。みんな等しく『神』の欠片なんだ。範囲技を持ってるやつは全員できるはずだ。

「なんかってお前……だが、いや、そうだな。そういえば指定範囲の拡大なんてのは他の職でもできたな。でも、そうか……農家だからってんで驚いたが、不思議ってわけでもないか……いや、お前の年齢を考えりゃあやっぱ不思議だろ。本来なら指定範囲の拡大なんて位階が上がってから覚えるようなもんだぞ?」

 ああ、やっぱ範囲拡大は他の奴らもできることか。まあそれ自体は想定通りだからどうでもいい。

 ……だが、あれだな。他のスキルについても学ばないとだな。
 今回の『範囲拡大』みたいに他の奴らにできることなら俺にだってできるかもしれないんだから強くなるためのヒントが手に入るかもしれない。

 それに、他の天職のスキルについて知っておけば、何かあって戦うことになった時に対処することができるかもしれない。

「できたんだから仕方ないだろ。細かいこと気にすんなよ。それよりも、だ」

 まあそれはそれとして、今はスキルの応用ができるかどうかの確認をしないとだ。

「ジート。悪いんだけど、ちょっとそこに立っててくんない?」
「は? 何でだ? それが協力か?」
「そうそう。いいからいいから。俺が強くなれるかもしれないんだ。ちょっと付き合ってよ」
「強くねぇ……。まあ、そんなら構わねえけどよ」

 ジートは俺が言ったことだからか、疑問に思いながらも俺の言ったように指さした場所で立ってくれた。

「で、俺は何すんだ?」
「ん、ジートはそこに立っててくれればそれでいいよ」

 協力といっても、俺がスキルを使うだけだからジートに何かをしてもらうことはない。

「ただ——」
「ん?」

 ジートは言葉を途中で止めた俺のことを不思議そうに見て首を傾げているがこれから起こること——と言うか起こすことを考えるとちょっと悪い気がする。
 でも、人間の進歩に犠牲はつきものなんだ、許せ。

「——ちょっとごめんな」

 悪いな、と思いながらそう言葉にしつつも、俺はジートの足元を起点にして範囲を設定し、スキルを発動させた。

「は? なに——うおあ!?」

 突然俺に謝られたことで一瞬だけ不思議そうにしたジートだが、そんな態度はすぐに崩れることとなった。

「なん——っ! ぶえっ!」

 突如浮遊感を感じたと思ったら足場が動いて空中へと放り出され、落下して身動きが取れないところに土がぶっかけられた。

 それがジートから見た今の出来事だろう。
 終いには足元の落とし穴にはまって体勢を崩す始末だ。まあ空に浮いたことがわかっても一メートルの深さの穴が足元にあるとは思わないだろうからな。着地のタイミングを外されたんだろう。

 ——実験は成功だ。今は初期設定の一メートルでスキルを発動したが、これが二メートル三メートルとなれば強力な技になっただろう。何せ一瞬で生き埋めにできるんだから。

「ぺっ、ぺっ!」

 土は一メートル程度のものだったので頭からかぶるってことはなかったはずだが、それでも顔にいくらかかかったのだろう。ジートは口に入った土を吐き出しながら穴から這い上がってきた。

「おいヴェスナー。どういうことだ?」

 そういったジートは普段になく不機嫌そうな顔だ。それでもまだ怒っていないのは、多分子供のいたずら程度に思っているからだろう。相変わらずここの奴らは俺に甘いな。
 まあ、その甘さが嬉しく思うこともあるのは事実だけど。

「だからスキルの実験だよ。農家の第一スキルは土を持ち上げてひっくり返す。ただそれだけだ。でも、スキルの発動地点の上に何かいるとしたら? その状態でスキルを使ったとしたら、どうなると思う?」

 そうして実験に付き合って害を被った、と言うか被らせた者としては事情を話さなければいけないだろうと、俺は先ほど思いついた考えを話していくことにした。

「答えは土の上にいる者ごと巻き込む、だ」
「……即席の落とし穴ってか」

 ジートは俺のいったことを理解したようで、先ほどまで自分のはまっていた穴へと振り返りながら呟いた。

「そう。加えて、普通の状態の『天地返し』は直径一メートルの半球状に土がえぐれるから、もし誰かがその上に立っていたとしても完全に埋めることはできない。でも、範囲を変えられるのなら事情が変わる。誰かがいる状態で、その真下を起点として直径が一メートルじゃなくて二メートルの半球状にして発動したら、どうなると思う?」
「二メートルの穴に埋まった上に土を被せられるってか。……俺みたいに」
「だからごめんって言ったじゃん。……いやマジでごめん」

 ごめんとは謝ったが、突然のことであれば下手をしたら大怪我をする可能性がある。
 今回はたった一メートルでやったしジートみたいに鍛えているやつならそんなことはないだろうけど、それでも危険なことには変わりない。

「でもさ思いついたんだからやらないとだろ。これが俺の武器になるんだから。試すにしても一般人に仕掛けるわけにもいかないし、ジートみたいに何か起こっても咄嗟に対応できるくらいのやつじゃないと試すこともできないんだよ」

 俺がそう言うとジートは仕方がないとでも言うかのように息を吐き出して少し困ったように笑った。

 ジートには悪いことをしたが、だが実験はできたしこれで俺の武器も手に入った。落とし穴と生き埋めのコンボだ。実際に食らったらそれなりに大変だと思う。
 まあ今の速度だと避けられそうだからその辺は要修行だな。理想は発動した瞬間に地面がくるん、どさってなってくれるといいんだけどな。

「まさか……あんな使い方が……」

 これからはスキルの回数を増やすとともに発動速度を鍛えようなんて考えていると、少し離れた場所からそんな言葉が聞こえてきた。
 声のしてきた方に視線を向けると、そこではソフィアが普段の無表情とは違って驚きを顔に貼り付けていた。

「天職は『神』の欠片なんだ。絶望して諦めるなんてのは勝手だが、生きるのを諦めるのは色々試してからでも遅くないと思うけどな」
「そう、ですね……」

 声が聞こえたのでなんとなくソフィアに向かってそういったのだが、ソフィアは俺の言葉に小さく頷きを返した。

 ……でも、俺も最初この世界に生まれた時は「仕方がないことだ」なんて考えて生きるのを諦めたもんだから、他人に説教できる資格なんてないかもしれないけどな。

「……ですがヴェスナー様。魔法もそうですが、威力や範囲を大きくするとその分精神力を消耗しますのでお気をつけください」

 俺は内心で苦笑をこぼしたあとはスキルの修行を続けるためにソフィアから視線を外そうとしたのだが、その瞬間にソフィアから声がかけられた。
 振り返る動きを止めて再びソフィアへと向き直ったのだが、その瞳には少しばかり力があるような気がする。今までよく見てなかったから気のせいかもしれないけど、多分気のせいじゃないだろう。

「ん、そうなのか? ちなみに回数はどうなってるんだ? 精神力の消耗が増えた分だけスキルの使用回数も増えるとかはあるのか?」
「ございません。あくまでも回数は一回の使用で一回として数えられます」
「そうか。じゃあ修行の時は最小の設定でやった方がいいのか」
「ただし、精神力の消費が少なすぎると一回として数えられないのでお気をつけください」
「マジか。ちょうどいいところを探せってか? ……めんどくさい仕様だな」

 だが、これは使えるぞ。土をひっくり返すだけ? はんっ! その〝だけ〟を舐めんじゃねえぞ。その評価が間違ってたってことを『農家』を舐めてるやつに教えてやんよ。
 まずはあいつだな。俺を見下したクソやろう。あいつ曰く雑魚スキルである『農家』のスキルであのふざけた野郎をぶっ倒してやるよ!

 ——でも、うおおおぉぉ……もったいないことをした気がするうぅぅ……。もっと早く気づいておけばよかった。
 まあ気づいたところで何をするってわけでもないんだが、できるってわかってればモチベーション的なあれがあれしてもっとやる気が出てただろう。

 まあいい、スキルの回数稼ぎをしよう。それから使用速度の高速化も。

 目指す場所がいくつもあって大変だな。まあ、目指す先はいくつもあってもやることは結局ぶっ倒れるまでスキルを使うことなんだけどな。

 その後はミキサー式天地返しを繰り返してたのだが、相変わらず見た目的にはなんの代わり映えもしないな。まあ一応土が動いてるだけだし、そんなもんだろ。

 ……でもなんだろう。意味がないと思ってたけど、意外と意味があるのか? なんか土が他のところよりも細かく柔らかくなってる気がする。
 何度もスキルによってひっくり返され、空中でゆっくりしたミキサーにかけられたように混ぜられているが、最初に地面から掘り返した時にあったような土の塊はもうなくなっている。残っているのはさらさらとした土だけだ。

 これ、野菜的にはどうなんだろうな? なんか柔らかそうな土の方が良さそうな気はするけど、実際に専門で学んだわけじゃないからわからない。
 あ、一緒に肥料もばら撒いて混ぜたらいい感じに混ぜることができそうじゃないか?

 ……なんか、まじで農家みてぇ。
 いやこれでいい野菜が作れるようになるってんならこの街にとっては恩恵がでかいんだけどな? だってこのまち自給自足とか地産地消なんて悲しいくらいにしかやってないし。
 考えてもみろ。人からものを盗んだり人を殺したり薬をヤッてる奴らが鍬を持って土を耕すと思うか?
 ないない。鍬なんて持ったら土じゃなくて人の頭を耕すのがここの奴らだ。だから食べ物なんてだいた
 いが他からの輸入品だ。

「またおめえ、妙なことやってんな」
「親父? 何でこんなところに来てんだ?」

 スキルによって目の前で混ぜられ続けている土を眺めていると、背後から声が聞こえたので振り返ってみるとそこには親父がいた。

「あ? んなもん愛する息子の様子を見に来たに決まってんだろ」

 んー、ジートからの報告を受けて一度俺の様子をみにこようと思った、とかか? さっきの叫びも聞こえてるだろうし、言葉通り俺のことを心配して様子を見にきたんだと思う。こいつらはみんな過保護だからな。

 だが……

「おいおい、やめてくれよ。『愛する息子』とか、あんたそんなこと言うようなキャラじゃないだろ。後ろ見てみろよ。みんな笑ってんぞ」
「……うっせえよ。俺だって言ってから自分でキメエって思ったんだから黙ってろ」

 山賊にいてもおかしくないような厳つい顔したおっさんが『愛する息子』なんて言ってもキモい、とまでは言わないが、合ってないのは確かだ。違和感がすごい。

 現に親父の後ろに一緒についてきた護衛役の奴らも笑っている。

 まあ護衛役の奴らは親父に睨みつけられたことで笑いを止めて黙ったわけだが、それでもにやにやとした笑みまでは消えていない。

「んんっ——で、それは何してんだ?」

 親父は俺の後ろを指差しながら話を逸らすように問いかけてきた。

「それ……ああこれ。スキルを素早く連続で発動する訓練だよ」
「訓練か……んな使い方をする『農家』なんざ初めて見たな」

 だろうな。だってこれ、スキルを十回も使えない奴じゃできないだろうし普通の『農家』のやつはそこまで回数が使えないだろうから、俺がやってるみたいにミキサーのよう何度も連続で使うことなんてできないはずだ。

 もっとも、回数使える奴がいたとしても『農家』を鍛えるために新しい修行方法を考えようなんて考えるやつ自体いないんだろうけど。

「今の俺は一日三百回スキルを使えるが、これからも回数を増やすにしてもただ漫然と回数を稼いでるだけじゃダメだと思ってな。今はスキルの発動速度と完了までにかかる時間を短縮しようとして……まあこうなった」

 目標まではまだまだ遠い。目指す場所としては全工程一秒未満で一万回使えるようになりたいと思っている。……流石にそこまでは難しいとも思ってるけど。
 でも目指し、頑張る分には問題ないと思う。

 ——あ、そうだ。同時発動の方も鍛えないと。
 でもなぁ、あっちは難しいんだよな。発動するやつ全部に同じくらいの意識を向けないと完了までの時間にばらつきが出るから。

 でも、使いこなせるようになったら効果的なんだけどな。
 千回分くらいのスキルを同時に使えるようにでもなれば、軍隊でも相手できる気がする。騎馬の足元の土をひっくり返してやればそれだけで相手の戦力をかなり削れるんじゃないだろうか?
 それに一度耕せば土がボコボコになるから進軍の邪魔もできるかもしれない。

 ……まあ、そのためにはまずは千回使えるようになるところからなんだけどな?

「……三百ってお前、それ以上増やす気かよ?」

 だが俺としてはまだまだだと思っていたのだが、親父は驚き、呆れたようにしながらそんなことを聞いてきた。

「は? 当たり前じゃん。目指すのは一秒に一回のペースで一時間使い続けることができるようになる、だからな。まあ大体三千六百回だ」

 もっと言うなら十万回使えるようになればいいな。そこまで行くと一日で一レベ上がるぜ! ……多分その前にレベル十まで行ってると思うけど。

「……馬鹿だろお前」
「馬鹿げた目標だってのは理解してるけど、血のつながらない拾い物のガキのために犯罪者の巣窟に切り込んでいく奴も相当馬鹿だろ。んな馬鹿に馬鹿って言われたくねえよ」
「ベクトルがちげえよ」
「馬鹿には違いねえよ」

 確かに俺と親父では方向性は違うだろう。だが結局のところ『馬鹿』という結論は変わらないだろ。

 俺を殺せって命令されたのに匿うってのは、相当やばい橋を渡ってるぞ。
 なにせ俺は王の息子だ。それも死んだことにされた本来なら存在していてはいけない者。それが俺だ。
 俺の存在がバレれば騒動の種になるし、叛逆を狙っていると疑われてもおかしくない。

 まあバレれば、って言っても、もう王にはバレてると思うけど。

 それに、叛逆を疑われたところでならどうするんだって話だ。この街相手に戦争をすることはできないだろうし。
 なにせここは国境付近だ。こんなところまで軍隊を向ければ今は何もない国境線がどうなるかわからない。
 仮に攻められても俺たちはすぐにやられることはないだろうから短期決戦でこの街を支配する、なんてことはできないだろうしな。

「つっても三千回だなんてバケモンの領域だぞ。……まあスキル使えるようになってから一年の時点で三百回できる時点で化け物っちゃあ化け物だがよ」

 ——っと、話が逸れたか。

 だがまあ、確かに天職を得てから一年目でスキルの最大使用回数が三百を超えているのは異例だと言うのは理解している。化け物と言われれば否定しきれない。

 三百回使えれば一年くらいで一レベル上がることになるが、それでも俺はできることならもっと上を目指したい。

 どうせそのうち時間が経てば、今みたいに毎日ぶっ倒れながらスキルの練習なんてできなくなるんだ。
 俺だって華の十代をスキルでぶっ倒れるだけの生活にしたくないし、そこそこのタイミングで切り上げるつもりだった。
 だからそれまでの間は全力で回数を増やしてできる限りレベルを上げるつもりだ。

「——で、どうするつもりなんだ?」

 俺はそれまでの会話を切り上げて、唐突にそんなことを口にした。

 親父がここにきたのは俺が心配だからってのもあるからだろうが、中央区のボスとのことについて話をするつもりだからだろうと思う。
 今までの話しは前座というか、ワンクッション入れただけにすぎない。

「どうせあいつらは攻めてこねえよ。心配すんな。お前はお前の好きなようにやれや。ここはそのための街なんだからな」

 俺を安心させるためだろう。親父はなんでもないかのように笑いながらそう言った。
 視界には親父の後ろで他の奴らも笑っているのが目に入った。

 好きなようにやれ、と言う言葉はスッと俺の中に入り込んできた。
 その感覚をなんと言えばいいのかわからないが、不思議と嫌な感じではない。むしろ逆。……多分、俺は安心したんだろう。

 俺は他人なんてどうでもいい。自分が楽しむために好き勝手やって生きていくつもりだ。
 だがそれと同時に、自分以外の存在——親父や知り合いに迷惑をかけたくないとも思っている。

 そんな矛盾した思いに、自分でも気づかないうちに負担を感じていたようだ。

 だからこそ、迷惑をかけたくないと思っている存在である親父から「好きにやっていい」と言われ、仲間からも同意を得られたのはすごく嬉しかった。

 ……まあ、そんなことは絶対に口にしないけど。だってそう言う言葉を口にするのは恥ずかしいし。

 でもあれだな。〝そのための街〟ね……。
 ほんと、過保護で親バカな奴らだよな。

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