異世界最強の『農家』様 〜俺は農家であって魔王じゃねえ!〜

農民ヤズ―

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12章

カラカスでの日常3

 
「ってかこれ、文字間違えてねえか?」

 リリアの情けなさというか、なんとも言えない残念さに呆れていると、カイルが床に落ちていたプラカードの一つを拾ってそう口にした。

「え、嘘っ。どこ?」

 慌てて立ち上がったリリアはカイルのそばへと寄って行き、その手にある自作のプラカードへと視線を落とした。

「これ、本当なら『わたしと一緒に悪を成そう』だと思うんだが、この綴りだと『一緒にわたしで悪をして』になるぞ。ぶっちゃけこの文見せられても娼婦の誘いにしか思えねえだろ。まあリリアの場合はみんなから覚えられてるからそういったこともないだろうが、絶対にないとも言えないな。もしかしたらそれを見たどいつかが本気にしたり、書いてあったから、なんて言ってそれを免罪符にして襲ってくるかも知んねえ」

 まじか……んな間違いするか? まじかぁ……。

 もしそんなんが書かれたもんを持って人を呼んだりしたら、路地裏に連れ込まれてエロいことされるぞ。
 普通なら戸惑うような状況だとしても、ここの奴らならやりたいと思えば止まらないし、そもそもそこらに誰憚ることなく娼婦がいるんだからこいつもその一環だと思われる可能性だってある。

「え~~~。せっかく頑張ったのにぃ~~……」

 カイルによる説明が終わると、リリアはがくりと肩を落として残念そうに不満を口にした。
 だが、良かった。こいつが何かしでかす前、今の準備段階でこいつの企みを見つけることができて本当によかった。こいつが文を間違えた状態で外に出てたらと思うと……。
 まあこいつなら逃げるくらいはできるかもしれないし、周りにもこいつの顔見知りが結構いるみたいだし、なんだかんだで助けてもらえるかもしれない。もしかしたら俺よりも知り合いが多いかもしれないくらいだからな、こいつは。

 それに、そもそもこいつには護衛がついてるからな。真っ当な護衛じゃなくて、陰ながらのやつだけど。
 当然だろ? こいつはエルフたちのお姫……さま……。
 ……うん、ダメだな。脳がこいつのことを『お姫様』だって認めるのを拒絶する。

 けど、まあそうだな。認めたくはないが、こいつはお姫様なんだよなあ。本当に認めたくないけど。だってこいつがお姫様ってガラか? 俺も王様って柄じゃないけど、こいつもお姫様なんて似合わなすぎるだろ。

「もっと勉強しろよ。もし俺たちが気付かなかったら大変なことになってたぞ」
「仕方ないじゃない。今まで森にいた時は文字なんて書かなくてもやって来れたんだから」

 言葉は全て神の欠片のおかげで統一されているが、話すために使う言葉だけだ。文字は別で、それぞれ言葉に見合った文字を使っている。
 そのため、国や種族が違うと勉強をしなくてはならない。
 一応この辺は同じような文字や文法を使っているので普通に生活する上では困らないが、それでもリリアはエルフであり、そもそもの話として文字を使ってこなかった。だって使う必要なんてなかったから。
 あいつらが文字を使ってまで何かを残そうとしたり、頑張ったりすると思うか? 否。リリア含め頭の中お花畑な奴らがそんなことするわけがない。

 そんなわけで、リリアは文字を使うことができなかった。だが、俺たちが出会って交易を始めた時からそのままで続けることができるはずもなく、リリアには計算や情勢なども含めて色々と勉強させていたんだが……まだ覚えられていなかったのか。

「ところでさあ……」

 頭は悪いわけではないと思うのに、まともにまともに文字を覚えることができていないリリアに対してため息を吐き出した俺だが、そんな俺にむかってリリアは少しだけ首を傾げながら不思議そうな声を口にした。

「どうした?」
「娼婦って何するの?」

 そして、その言葉が放たれた瞬間にその場の空気が凍った。

「「「「……」」」」

 俺たちはリリアの問いに誰一人として答えることができず、動きを止めた。
 そして、半ば先頭状態のような真剣な空気を滲ませながら、お互いの様子を確認し、牽制するかの如く視線を交わした。

 答えることができないと言っても、それはリリアの質問に対する答えを知らないから、などではない。
 俺は……俺たちはリリアの問いに対する答えを知っている。当たり前だろ。こんな街で暮らしてりゃあ知ってるに決まってる。だが、確かに知ってはいるのだが、それをリリア相手に答えていいものかどうか、それがわからない。
 答えていいものなのか。答えるにしても、ソフィアやベルといった女性がいる場面で教えてもいいものなのか、それとも俺が気にしすぎているだけで普通に答えてしまっていいのか……。

 というか、こいつは今までこの町で暮らしていて『娼婦』って言葉の意味を知らなかったのか? 逆にすごくねえか?

「お前、それは……」
「いや、わたしだってそんな馬鹿じゃないからね!? なんかすごいことをして誰かを喜ばせるマッサージ的な? なにかそんな感じのことをするんだってのはわかってるわ!」

 リリアは俺たちが言い淀んだことの理由を『そんなことも知らないのか』と呆れているとでも思ったんだろう。少し焦りながら自分は知っているんだと口にしたが……何もわかってないじゃん。
 いや確かにマッサージ的なものと言われれば完全な間違いでもないと言えばそうだし、誰かを喜ばせるってのも間違いではない。
 間違いではないのだが……致命的なまでに間違ってる。

「……でも、何でか知らないけどみんな詳しくは教えてくれないのよね。子供たちに聞くのはわたしのプライド的にできないし……」

 こいつが聞いた大人たちってのはこいつのファンとか知り合いだろうし、多分だが教えなかった理由は、子供以上に子供みたいな無邪気な性格をしているこいつのことを穢しそうだから嫌だとかそんなんだろう。こいつの無知さ——いや純粋さはここでは貴重だし。
 ここでは子供たちも娼婦について知ってるが、リリアにもあったらしいプライドが邪魔をして聞けなかった。だからこいつは今まで娼婦について知らずに来れた。来れてしまった……。

「ねえ、あんたたちは知ってるでしょ? なにするのか教えてくれない?」

 そして、この場面でリリアは問いかけてきたのだ。それがどんなことを意味するのか知らずに。

「「……」」

 俺とカイルは無言で見つめ合うと、同時に頷いてからリリア〝達〟に背を向け……

「ソフィア、ベル。あとは任せた。この部屋の掃除もついでにやっておいてくれ」
「こいつの護衛と従者は俺に任せろ。どうせ一、二時間程度もあれば終わるだろ」

 その場を逃げることにした。
 しかし、逃げるといっても今リリアに娼婦の意味や内容を教えなければ後で大変な目にあうだろうことは分かりきっている。
 だが、教えるにしてもそれは俺たちが教えるべきではないだろう。

 なので、俺とカイルはその辺のあれそれをソフィアとベルという女性陣に任せてその場から立ち去ることに決めたのだ。

「え、あの……」
「わ、私たちが教えるんですか?」

 ソフィアは奴隷だったわけだし、この街にもそれなりに長く暮らしているので当然娼婦については知っている。
 だが、そうは言っても、奴隷になる前は貴族のお嬢様……それも、高位の貴族に嫁げるようにと徹底した教育をされた筋金入りだ。そんなだけあって下ネタ関連というか、そういったことをあえて口にして誰かに教えるのは恥ずかしいようで、顔を赤くして僅かに動揺を見せている。

 ベルもこんな街で育ってるために娼婦については当たり前のように知ってるが、それでも自分がそのことについて誰かに教えるのは恥ずかしいのか戸惑っている。

 ああ、確かに恥ずかしいだろう。それは理解できる。だがよく考えてみろ。

「……お前、俺やカイルが教えた方がいいとでも? 本当にそれでいいと思うか?」
「それは……そうですね。ヴェスナー様達よりは、私たちの方が、適任といえば適任なのでしょう……」

 まだ納得しきれていないみたいだがそれでも理解は示してくれたようで、俺たちはまた止められないようにとそそくさとその場を去っていった。

 その後、娼婦の意味や内容を教えてもらったリリアは俺に怒りの声をあげたが、この場合悪いのは俺じゃないだろ?
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