聖女様、魔法の使い方間違ってません?

農民ヤズ―

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隣国の王の憂鬱

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 ――◆◇◆◇――
 Side敵国の王

「陛下ティックナー伯爵領に送っていた密偵からの連絡が途絶えました」
「なに? どういうことだ」

 隣国であるロドレスと争いを続けて百余年。ほぼ惰性で続けられていた戦争状態だったが、ある日臣下からの知らせによって突然の変化が訪れた。だがその変化は、我々にとって好ましいものではなかった。

「元々我々は前線を支えているティックナー伯爵領が煩わしく、その機能を奪うために手を出すこととしましたが、直接的な干渉ではすぐに対処されてしまいます。その為破落戸などを動かし、街の裏を支配することでティックナー伯爵の本拠地である領都の機能を失わようとしていました」

 そうだ。その策は余も聞き及んでいた。というよりも余が許可を出したものだ。
 ロングラン辺境伯は協力であり、長年我々の侵攻を阻んでいる領地ではあるが、隙が無いわけではない。長年の経験や集めてきた情報により、どの程度の戦力があれば落とすことができるのかという問いに答えは出ていた。
 そうして導き出した答えの戦力と、我が国の新たな技術を用いればロングラン辺境伯領という守りを崩すことができる。
 その戦力を集めるために待っていたのだが、どうやらこちらの戦力が整う前に変化があったようだ。

「街に潜り込ませていた者の最後の報せによりますと、我々の手が入った集団に地元の破落戸集団が攻め込んできたそうです。元々こちらの正体に気づかれぬよう、我が国の戦力を贈るのは最低限として地元の破落戸を使って組織を作らせていたのですが、どうやら抗争が起こったようです」
「破落戸? その程度すら抑えることが出来なかったのか? 最低限とはいえ数人の騎士を送り込んでいたのであろう?」

 こちらも地元の破落戸を使っていたが、その中には騎士を混ぜていたはずだ。いわば騎士と破落戸の今世軍と言えるものだったはずだ。それがただの地元の破落戸集団に潰されただと? それはつまり、我が国の騎士が破落戸に負けたという事か?

「は……その者らは破落戸というには統率が取れており、幹部らは騎士さえも下す実力を持っていたとのことですので、騎士の助力があったとはいえ寄せ集めの破落戸程度では難しかったようです」
「そうか……だがなぜ突然そのようなことが?」

 ……確かに、いかに騎士と言えど、破落戸などという役立たずを纏めながらでは本来の力を発揮することができなかったのやもしれぬからな。仕方ないと納得することは出来よう。

 だが問題は、なぜ突然そのような想定外が起こったのかだ。この作戦を始めてから三年近くたったが、これまではこのような事は起こらなかった。にもかかわらず今回変化が訪れたということは、何かがあったという事だと考えられる。

「その件に関してなのですが、どうやらティックナー伯の娘が王子との婚約を破棄されたそうで、領地に戻って来ていたようです。我々とも協力関係にあるランドール伯の手が入っている破落戸集団がその令嬢を捕えて伯爵を脅そうとしたところ、返り討ちにあったとのことです。恐らくはそれによって破落戸たちの均衡が崩れたことで抗争に発展したのでしょう」

 ティックナー伯爵令嬢? それは確か歴代最高の聖女と呼ばれているものではなかったか? あの聖女がいれば一軍全てを癒すことができると言われている、なんとも強大な力を盛った聖女のはずだ。その聖女を手に入れるために、そして教会を味方につけるために自国の王子と婚約させたと聞いていたが……それが婚約破棄だと? 何を考えてそのような愚かなことを……

 だがそれ以上に気になるのは……

「貴族の娘一人に潰されたというのか?」

 ランドールと言えば内通者となった敵側の貴族だったな。確かその者も我らと共謀してティックナー伯の領都で破落戸を使って細工をしていた。その破落戸たちを使って令嬢を捕えようとする考えは理解できる。成功していれば我らに有利な状況を作り出すことができていただろうからな。
 だが、いかに破落戸と言えどたかが令嬢に負けるものか?

「ただの令嬢ではなく、婚約を破棄されたといっても聖女ですので、守りの技には長けていたのでしょう。そうして時間を稼がれて領軍に捕らえられたのではないかと」
「ふむ……だがその者ら以外にも密偵を送っていたのではないか?」

 確かに、『聖女』だからと言われれば理解できないわけでもないか。攻撃の手段を持っていないと言えど、歴代最高の力を盛った聖女が守りに徹していれば自領の騎士が助けに向かうだろう。

 そうして起きた混乱が変化を呼び、こちらの手が入った破落戸どもが潰れてしまったというわけか。

 だがこちらの手はその破落戸だけではなく、その者らと繋がっていた連絡員も存在していたはずだ。そちらも潰されたというのか?

「は。しかしながら、そちらも押さえられました。魔境の森に拠点を構えさせていましたが、潰されていたようです」
「……ふう。やはり何事もそううまくはいかぬか」

 この策が成功していれば、後方の拠点として発展していたティックナーは役立たずと化していたはずだが……失敗したか。

 となればこれから先はティックナーは守りを固め、それによってロングラン辺境伯領の守りもより強固なものとなるだろう。
 そうなってしまえばこちらの計算していた戦力では足りなくなり、それ以上の戦力を揃えようとすればその間に向こうの守りは固められてしまう。つまり、もう手詰まりということだ。

 ……長年の目標――悲願ともいえる戦争での勝利だったが、余の手から離れていってしまったという事か。

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