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一章
魔王様は耳が悪いですか?
しおりを挟むあの事件が起きたのは今から六年前、僕が即位する前のことだった。あの日のことは忘れもしない。あの事件は魔族の中でも大騒ぎになった案件だ。
たった十歳で天涯孤独になったメルシェ嬢は本当に可哀想だと思う。『可哀想』という言葉で終わらせることすら失礼に値すると思うけれど、それ以上の言葉が思いつかない。
そうこう考えている間にも、メルシェ嬢の話は続けられる。
「私は許せないんです。あの事件の首謀者を、許せない。きっと生涯かけても許すことはできない」
力強く放たれたその言葉は僕の心にグサリと突き刺さる。
メルシェ嬢の一族を殺したのは僕じゃない。
でもこれは、他人事じゃない。
これが、大切な人を殺された者の思いだ。これが、殺した者に向けられる憎悪の念だ。僕はこれを生涯背負っているんだ。あの時…彼を殺したあの時からずっと。ずっと。
そう思うと、心がズクリと鉛のように固く、重くなったような気がした。
「許せない…」
そうだろうね。
誰だって家族を殺されたらそうなる。
当たり前だ。
「許せないんですよ」
わかってる。
わかってる。
わかってる。
家族を殺されたんだから、それは当たり前…
「私からニートでグータラな生活を奪ったことが!どうしても…どうしても、私は許せないっ!!」
「……は?」
聞き間違いだろうか。
『ニートでグータラな生活を奪ったことが』許せないとか何とか…クズみたいな言葉が聞こえたような…。
うん、きっと聞き間違いーー……
「私は生涯グータラしていたかったのに!」
あれ?おかしい。
何度聞いても聞き間違える。
魔王は振り返って、宰相に声をかけた。
「…………宰相、宰相。僕、今度は耳がおかしいみたいだ。さっきから幻聴が聞こえるんだ。そろそろ寿命かもしれない」
「ご安心ください魔王様。それは幻聴ではなく現実から聞こえる声です」
綺麗なお辞儀とともに発せられた声に、魔王は遠い目をした。
どうしよう、この目の前にいるメルシェ嬢はやばいかもしれない。
「私は、私を天涯孤独にしたことを楯にして貴方に養ってもらおうと今日ここまで歩いてきたのです。ですが、それも使えないみたいですしどうしようと思っていたら、あらまあ何ということでしょう!今私の手には『協定』という新たな楯が…弱味が…!!」
大仰な仕草で両手を広げたメルシェ嬢は、微笑みながら姿勢を正すと、僕の耳元で囁いた。
「私が言いたいこと…お分かりですよね?」
ああ、僕は今泣いていいでしょうか。
いいですよね?
心の中で号泣しながら、魔王は宰相に告げた。
「宰相、メルシェ嬢を養うぞ」
**************
これは立派な脅迫ですね。
生き生きしながらヒーローを脅迫するヒロイン……。怖い。
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