私はヒロインになれますか?

水瀬 こゆき

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一章

私は妥協すべきですか?

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 「正気ですか魔王様!いくら協定を破ったとはいえ、協定破りはメルシェ様もしてらっしゃしますよね?」

 焦ったように口を挟んできたのは宰相様。
眼鏡の似合う知的な美貌はきっとご令嬢達に大人気なことでしょう。
私にはどうでもいいことだけどね。

 「協定破り?私はそんなことをした覚えはありませんよ、宰相様」

 「いいえ、お忘れですか?貴方は先程、城壁を破壊しました。これは立派な協定破りです」

 必死に訴える宰相に、カトレアは堪え切れなくなったのか、笑い転げた。

 「ふふふっあはははは!ああ、可笑しい。貴方は例の協定の内容を本当にご存知ですか?私に課せられたのはたった一つ。『魔王サマに危害を加えないこと』です。城壁を破壊したことは認めますが、これは魔王城に対する危害であって魔王サマには一切危害を加えていませんよ?」

 屁理屈なようで屁理屈ではないその理論に、宰相はハッと息を飲んだ。焦りすぎて視野が狭くなっていたのだろう。

 「まあ、私のような小娘を養うなど御免なのでしょうね。我ながら、そのお気持ちは察します」

 察しているくらいなら、いっそのこと帰ってくれのさと言いたげな視線を華麗に無視して、カトレアは魔王に話を持ちかけた。

 「ご安心ください。私とて、ただで養ってもらおうとは思っていません。私を魔王城においてくださるなら……そうですね。魔王サマ、私に一つ仕事をください。魔王城で働くのでその代わりに養ってください。ただし楽な仕事に限ります」

 「わ、わかりました。でもその場合、例の協定は続行ですか?それとも……」

 「勿論、続行で構いません。ただし、そちらが私に危害を加えるようでしたら、私も勝手にやらせていただきますが」

 私を殺そうとするなら容赦はしないと暗に言っているのだ。是非とも察してもらいたい。

 「分かりました!僕は平和主義なので大丈夫です!部下が何かしない限り!」

 「部下くらいなら片手で倒せますから、別にいいですよ。大目に見ます」

 この私の寛大な心を褒めてもらいたい。
だが、あろうことか魔王サマはその寛大な心を利用しようとしてきた。

 「え…なら今回の部下の粗相も無かったことにして是非とも帰ってもらいたいんですけど」

 「それとこれとは話が別です」

 牢屋の中でニート生活やっほーい、とか何とか思っていたことは勿論秘密だ。バレたら追い出されること間違いなしだから。

 「それで魔王サマ?私は何をすればいいですか?皿洗い?メイド?それとも門番?」

 面倒なことはとっとと決めてしまおうとばかりに切り出すと、魔王サマはしばらく難しい顔で宰相様とボソボソ相談してから漸く私に向き直った。そして……

 「僕の護衛になってください」

 そうのたまった。
馬鹿め。私は楽な仕事に限ると言ったじゃないか。魔王サマの護衛?
そんなしんどそうで、かつ面倒くさそうで体力使いそうな仕事はお断りよ。

 カトレアはハッ!と鼻で笑った。

 「嫌です。それのどこが楽なんですか」

 ニート志望舐めんな、と続けたカトレアに、魔王は縋るようにして言った。

 「楽です!楽なんですよこの仕事!いや、本当に!本当にですよ!?僕に奇襲仕掛けてくる阿呆なんて、この六年間ただの一人もいませんでしたし!」

 「マジか」

 やばい、どうしよう。
面倒だと思ってたけど、案外楽な仕事なのかもしれない。

 「魔王様が仰ることは事実ですよ、メルシェ様。魔族は皆んな魔王様に尊敬と恐怖の念を抱いてますからね」

 宰相の言葉に、浮き立つカトレアの心はピクリと反応を示した。

 「恐怖…?魔族達は、魔王サマに恐怖を抱いているというの?」

 カトレアは目の前の魔王をマジマジと見つめる。やはりフードでよく見えないが、ビビりでヘタレで男性であることだけは短時間しか接していないカトレアでも十分にわかった。
そんなヘタレな魔王サマが、怖がられているとは一体どういう事なのか。

 「恐怖って、そりゃまた何で…」

 「ご存知ないですか?実は魔王様は…」

 「宰相!!」

 正直に答えようとした宰相を、魔王が素早く制した。初めて耳にする魔王の鋭い声に驚いたカトレアは、魔王に目をやった。
魔王は、これ以上は聞かないでくれとばかりに首を振っていた。

 「…………分かりました。でもやっぱり護衛は嫌です。だって死ぬかもしれないじゃないですか。死ぬのは怖いから嫌なんです」

 その渇いた声を聞くなり、首を振っていた魔王は戸惑いを見せた。

 「えっ……でも、楽ですよ?」

 「嫌です」

 「でもでも、養ってあげますよ?」

 「養って欲しいですけど、護衛はちょっと」

 素早く切り返してくるカトレアに苦戦しながらも、魔王は何とか交渉していたが、カトレアが首を縦に振ることはなかった。
 そんなやり取りをし始めてから数分後……痺れを切らしたカトレアが諦めて護衛になろうかと思い始めた頃のことだった。  

 突然、目の前から魔王サマが消えたかと思えば、魔王サマは私の真正面でスライディング土下座をしていた。

 「お願いしますお願いしますお願いします!お願いだから護衛になってください!僕を守ってください。僕だって死にたくないんです。きっと僕なんてそこらへんの魔族に簡単に殺されちゃうくらい雑魚いんですよ。こんなこと頼めるの貴女くらいなんです、お願いします」

 ノンブレスで、そう言われた私の身にもなってもらいたい。とても、とても、とても、それはもう凄まじく、魔王サマを不憫に思った私が次に放った言葉は何だと思う?

 「あ、はい。分かりました。護衛になりますからスライディング土下座を繰り返しするのやめてもらえます?」

 史上最高に冷めた声が出た瞬間だったと自負している。

 
 ****************


 一度でいいからスライディング土下座を生で見てみたいと思うのは、間違っているでしょうか。

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