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第一章 巻き戻された世界
24.心の内
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苦い記憶を思い出した。
魔帝と戦ったあの魔の城での最上階。しかし、決してそれは戦ったと言えるほど対抗できたわけではなかった。
かけ離れた戦力差、一方的な蹂躙とはこういうことを言うのだと深く身に染みた。
格が違う、次元が違う、存在からして違った敵。
あの敵だけ違った。あの魔帝だけ確実に他の魔物とは違っていた。あれは魔族の範疇に収まるようなものではない存在だ。
もっと上の存在、アルトたちのような人間とはあまりにも異っている、異常で異質で異次元の敵だった。なぜあのようなものがこの世界にいるのかと疑ってしまうほどの。
「リーネルは、リーネルなら、異常なほど強い敵と対峙した時、そういう時どうする?たとえ勝てないと分かってしまうほどの敵だったとして、お前ならどう行動する?」
「どったの?アルト?急にそんなこと聞いて」
「すまねえな。お前の質問をそっちのけにして。けど、俺はお前の答えが知りたい」
自分は無理だった。抗おうにも抗えなかった。立ち向かったが、圧倒的な力でねじ伏せられた。
あの時の自分は間違っていなかったのだろうか。
騎士団の進行具合は順調で、あとは俺が魔帝を倒すだけだった。
皆から期待され、仲間に道中の敵を任し、師匠から信じられた。
それで、…それを全て背負ったアルトだったというのに。
「………」
喉が詰まるのを堪えながら、這い出てきたその記憶を脳裏に浮かばせる。
あの場面を、あの瞬間を、あの魔の城の最上階で起きた事を。
惨敗し、魔帝リュシエルに完膚なきまでにアルトは叩きのめされたという事を。
「……ぐっ」
思い出すだけでも、苦汁を舐めさせられているかのような感覚だ。図らずも目元が引き攣れてくる。
不甲斐ないことは分かってた。実力差もあったのは分かってた。勝てないと察した。このままだと殺されるとも分かった。
けど、自分はそんな敵から逃げることなく諦めずに立ち向かった。
託された思いを裏切らないため、皆に希望を与えるため、必死に魔帝と戦おうとして。
…………。
しかし、それで殺された自分は果たして正しかったのだろうか。
圧倒的な存在との対峙。魔帝と戦っている最中、勝算はほぼ無いと気づいていた、いやもしかしたら戦う前にそれは分かっていたかもしれない。あれはそう思ってしまうほどの敵だった。
「…………」
アルトはそこにいる彼女を見つめた。
もし、彼女ならそんな自分より強い敵と相対した時どうするのか。
強いリーネルならどうするのだろうか。
これは不躾な質問なのかもしれない。しかし、アルトにはその瞬間に立たされた場合の他の人の考えが知りたかった。
「お前ならそんな時どうする?」
リーネルへとまっすぐな眼差しを向け、アルトは徐ろに口を開く。
彼女にとってこれはなんの先触れもない唐突すぎる質問だろう。いきなりなことで不可解に思うことも無理もない。
だが、他の人ならどうするのだろうかと、そんな圧倒的な存在を前にしてアルト以外の人間だったらどう行動するのかと、とにかくそれが聞きたかった。
なけなしの問いだとしても、何か他の方法やら考えやらがあったのではないのかと、知っておきたくて。
「うーん……。まあ、全然アルトの質問なら答えるけど。えっと何?勝てないくらいすごい強い敵?それと対峙した時どうするかってこと?」
「ああ、そうだ。そんな時どうするのか」
「そりゃ、一目散に逃避するね」
「え?」
短絡的な口調で答えたリーネルにアルトは軽く目を見開かせる。意想外な発言すぎて一瞬思考が飛んでしまった。
一方、あまりにも簡単に答えを見出した彼女は呆気からんとした様子で、
「だって、勝てないの分かってるんでしょ?私だって死にたくはないし。そんな時はもう尻尾巻いて逃げます。」
「あ、いやでも、多分逃げらんねえかも。そんくらい馬鹿強い敵だ。そんな場合は。」
「えぇ?うーん、それは…、それはもう無理なのかな。あ、いやなんとか何ないかな、なんて考えるけどやっぱ人間死ぬ時は死ぬでしょ。そん時は腹括るかも。いやでも……分かんないけどね」
「そう、……か?そんなもんなのか?」
「いやいやいや、分かんないよ?あくまでもこれは私の見解っていうか。端に想像してみて言っただけだよ?アルトがそんな急に目を落としながら質問したから何となく答えたけど。」
腕を組みながらウンウンと思い悩ませているリーネル。彼女なりに考えた結果はそれなのだろう。
次いで、彼女は「でも」と言葉を紡がせると、
「まあ、死ぬの嫌だから足掻いたりすることもあるかもだね。そんな簡単に死にたくないのも事実だし。うーん、結局、そういうのは人による、ていうか状況によるのかなあ…」.
眉根を寄せながら、彼女は思案に暮れるように顔を上に仰ぐ。目を瞑りながら「うーん、うーん?よく分かんないなぁ」などと口にしていて、
「いや、いい。変なこと聞いたってのは自覚してる。ただその状況の時お前がどうするのか、考えが聞きたかっただけだ」
「んん?また、アルトは自分だけで納得して。」
「いいんだよ、それで」
自身の内だけで納得したアルトに対し、リーネルは釈然としないといったように口を尖らせる。
そんな彼女の様子にアルトは微笑して応じる。それから目線を床に落とし、少し暗い面持ちを浮かばせた。
「…………」
魔帝は強かった。それも異なる範疇の部類だと思わされるほどの強さだった。圧倒的な存在感、抜きんでた力量の持ち主だった。
つまるところ、あの時にそんな相手に挑んだ自分が正しかったのなんて分からない。足掻いたことがダメだったのか、逃げなければならなかったのか。
それに至っては答えなんて出てこない。戦うべき相手ではあった。しかし、だからといって戦うのは妥当な行為だったのかなんて。
あの時のアルトは魔帝を倒すために戦った。それは皆のためであり、国の平和のために為した事だ。
しかし、結果にしてみるとそれは無意味なことと成り果てた。
「馬鹿強い相手ではあった。…けど、」
けど、だからといって勝てないと分かった時、そこで諦めて逃げ出すことは間違っているのではないだろうかと思うのだ。城の階下では、師匠や騎士団のみんなが踏ん張っていて、それぞれ強敵と戦っていた。それを蔑ろにし、臆病なまでに逃げ出すような行為は皆から背負った思いを踏み躙ることだと。
しかし、かと言って、勝てないと分かった時、それでもなお立ち向かうのはただの無謀な行為だったのではないのだろうかという思いだってある。
蛮勇とはよく言えたものであり、向こう見ずの勇気で得たものは何もなかった。
蛮勇な行為と臆病な行為。魔帝を前にしたあの瞬間、アルトにはその二つの選択肢しかなかった。
そんなふうにも言い切れて、
「分かんねえ、結局どうすりゃ良かったのか」
リーネルの発言に異を唱える気なんてない。死ぬことが嫌だというのは当たり前の感情で、それで逃げるも立ち向かうも足掻くこともそんなのは人によるのだろう。
結局、魔帝と対峙したあの時、アルトがどうすれば良かったなんて明瞭に分かることではない。
多分、これは悩むようなことではないのだ。もうすでに起きてしまっていることにこんなにも苦悩する必要はない。
しかし、それから目を背けるのも違うような気がして、
「…アルトが何に悩んでるか分かんないけどさ」
と、アルトが一人悩みの渦に包まれているところ、唐突にふうんっと鼻息を鳴らしながらリーネルがそう告げた。呆れたようなその面持ちには、軽く目を細めながらも微笑を浮かばせていて、
「一人で抱え込みすぎても、苦しむだけだと思うよ?聞けることなら私はそれに耳を向けるけど。話すだけでも楽になれるんじゃない?」
「それは、そうだけど、…違うんだこれは」
「人に話せないようなこと?みたいな?」
「……」
リーネルの言に対し、アルトは黙しながら肯定する。
それを見た彼女は「そっか」と言葉をこぼして、
「言えないんなら、仕方ない。うん、分かった、その気持ちは受け止めます。誰しも言えないことの一つや二つあるしね。私だってそうだもん」
「…あぁ、なんか、……すまん」
「そーんな、落ち込んだ感じで声出さないの。いいよ、無理して言おうとしなくても。そのかわりアルトが言えるようになるまでちゃんと待ってあげるから。無理強いなんてしない。その悩んでることを誰かに言えてアルトが楽になれるなら、私はその『誰か』になってその話を聞いてあげる」
腰に手を当てながらニッと笑みを浮かばせて、リーネルは彼へそう告げた。
「こんな何もない辺境の村に住んでる私だけどさ。アルトの悩みを聞くくらいの事は私にだってできるんだから」
そう言う彼女の顔を見上げると、そこには優しく朗らかな微笑みがあった。
彼女に似つかわしい太陽のような笑顔だ。それを目にしたアルトはなんとも言えない気持ちに包まれた。
急かしはしない、強要もしない、ただ待ってくれると彼女は言った。
「………」
そう、柔らかな声音でリーネルは言ってくれた。
それはただの言葉だ。彼女がアルトのことを慮って言った彼女なりの伸言。
だのにその一言で、その言葉だけでなんだか安心できるような心持ちになれた。
寛大で包容力があり、そう言ってくれるだけで心が和らぐ。
打ち明けることができる、言うまで待ってくれる人がいるというものは、だいぶ心持ちが軽くなれるものだった。
リーネルの笑顔を見ると、自然と心の中の渦がやわらかく溶かされるような気がして。
ストンっと胸の内に固まっていた何かが落ちた気がする。
「……ん、分かったよ。少し、抱え込みすぎた」
「はい、無理しすぎは体に毒なのです。頼ってくれるんなら、私は全然力になるからね」
「分かった、無理はしねえ。なんか打ち明ける時はお前に言うよ」
「仰せののままに、王子様。」
「お前がそんな言葉を使うのは似合わねえな。」
「あぁ、いいじゃん。言ってみたかったんだよー」
口を尖らせながらそう言う彼女にアルトは微笑んで応じる。
悩みはある、迷いもある、それを人に打ち明けることができないことも事実だ。
しかし、それを言うべき瞬間になるまで待ってくれると言われたのはいささか心が楽になった。
苦悩してばっかじゃいられない。
今、アルトが考えるべきことは、自分が次に為すことだ。
「俺は何をすべきか、か」
起きてしまっている事態に嘆いていても仕方ないことも事実だ。
アルトはあの瞬間に足掻いて立ち向かった。強大な敵を前にして、出来る限り抗った。
その行為が最良だったのかなんて考えようにも是非もないことなのだろう。
後ろを見ているばっかじゃ始まらない。起きた事に悩むのではなく、それから自分がどうするのかが肝要。
今、自分がここにいる理由は、自分が生かされている理由は何なのかを考えろ。
あの時、魔帝に負け、殺されるはずだった。しかし今、アルトはこの世界にいる。もうあのようなことが起きないためにもアルトは過去へと戻ってきたのだ。
「悪いな。急にこんなこと聞いて」
「んん?なんか落ち込んでると思ったら急に謝って……。でもなんか、吹っ切れた?いい顔になったね」
「言いたかねえけど、……まあ、お前のおかげだよ」
「素直じゃないのはそのまんま、だけど、正直なのもそのまんま。うん、それはそれでアルトらしい」
小っ恥ずかしそうにぷいと視線を外しながら言ったアルトの言葉に、リーネルは満足したようにニコリと微笑んで頷いた。
そんな彼女にアルトはポツリと声をかける。軽く目を落としながらも彼は口を開いて、
「なあ、リーネル、」
「ん?はい、どうしたの」
「今言える限りのことだが、それだけでも俺の話を聞いてくれるか?」
「………。うん、いいよ、聞いてあげます」
アルトの物言いにリーネルは優しく目を細めて頷いた。
彼女のその応じる様子にアルトは少し顔をあげ、前にいるリーネルの瞳を見据える。
それから、表情を固く変え、真剣な眼差しを向けた。心の内にある自白できる限りの内容を整理して、アルトは彼女へと言葉を紡ぐ。
「俺にはやらなきゃいけないことがあるっつったよな。結局それはある敵を倒すことが目的なんだよ」
「ある敵を?それがアルトのやらなきゃいけないこと?」
「そうだ。そのために俺は」
そのために俺は過去へと戻ってきた。
魔帝リュシエルを打ち倒すため、今アルトはここにいる。
「俺が今から何をするのか、言える限り話すよ」
魔帝と戦ったあの魔の城での最上階。しかし、決してそれは戦ったと言えるほど対抗できたわけではなかった。
かけ離れた戦力差、一方的な蹂躙とはこういうことを言うのだと深く身に染みた。
格が違う、次元が違う、存在からして違った敵。
あの敵だけ違った。あの魔帝だけ確実に他の魔物とは違っていた。あれは魔族の範疇に収まるようなものではない存在だ。
もっと上の存在、アルトたちのような人間とはあまりにも異っている、異常で異質で異次元の敵だった。なぜあのようなものがこの世界にいるのかと疑ってしまうほどの。
「リーネルは、リーネルなら、異常なほど強い敵と対峙した時、そういう時どうする?たとえ勝てないと分かってしまうほどの敵だったとして、お前ならどう行動する?」
「どったの?アルト?急にそんなこと聞いて」
「すまねえな。お前の質問をそっちのけにして。けど、俺はお前の答えが知りたい」
自分は無理だった。抗おうにも抗えなかった。立ち向かったが、圧倒的な力でねじ伏せられた。
あの時の自分は間違っていなかったのだろうか。
騎士団の進行具合は順調で、あとは俺が魔帝を倒すだけだった。
皆から期待され、仲間に道中の敵を任し、師匠から信じられた。
それで、…それを全て背負ったアルトだったというのに。
「………」
喉が詰まるのを堪えながら、這い出てきたその記憶を脳裏に浮かばせる。
あの場面を、あの瞬間を、あの魔の城の最上階で起きた事を。
惨敗し、魔帝リュシエルに完膚なきまでにアルトは叩きのめされたという事を。
「……ぐっ」
思い出すだけでも、苦汁を舐めさせられているかのような感覚だ。図らずも目元が引き攣れてくる。
不甲斐ないことは分かってた。実力差もあったのは分かってた。勝てないと察した。このままだと殺されるとも分かった。
けど、自分はそんな敵から逃げることなく諦めずに立ち向かった。
託された思いを裏切らないため、皆に希望を与えるため、必死に魔帝と戦おうとして。
…………。
しかし、それで殺された自分は果たして正しかったのだろうか。
圧倒的な存在との対峙。魔帝と戦っている最中、勝算はほぼ無いと気づいていた、いやもしかしたら戦う前にそれは分かっていたかもしれない。あれはそう思ってしまうほどの敵だった。
「…………」
アルトはそこにいる彼女を見つめた。
もし、彼女ならそんな自分より強い敵と相対した時どうするのか。
強いリーネルならどうするのだろうか。
これは不躾な質問なのかもしれない。しかし、アルトにはその瞬間に立たされた場合の他の人の考えが知りたかった。
「お前ならそんな時どうする?」
リーネルへとまっすぐな眼差しを向け、アルトは徐ろに口を開く。
彼女にとってこれはなんの先触れもない唐突すぎる質問だろう。いきなりなことで不可解に思うことも無理もない。
だが、他の人ならどうするのだろうかと、そんな圧倒的な存在を前にしてアルト以外の人間だったらどう行動するのかと、とにかくそれが聞きたかった。
なけなしの問いだとしても、何か他の方法やら考えやらがあったのではないのかと、知っておきたくて。
「うーん……。まあ、全然アルトの質問なら答えるけど。えっと何?勝てないくらいすごい強い敵?それと対峙した時どうするかってこと?」
「ああ、そうだ。そんな時どうするのか」
「そりゃ、一目散に逃避するね」
「え?」
短絡的な口調で答えたリーネルにアルトは軽く目を見開かせる。意想外な発言すぎて一瞬思考が飛んでしまった。
一方、あまりにも簡単に答えを見出した彼女は呆気からんとした様子で、
「だって、勝てないの分かってるんでしょ?私だって死にたくはないし。そんな時はもう尻尾巻いて逃げます。」
「あ、いやでも、多分逃げらんねえかも。そんくらい馬鹿強い敵だ。そんな場合は。」
「えぇ?うーん、それは…、それはもう無理なのかな。あ、いやなんとか何ないかな、なんて考えるけどやっぱ人間死ぬ時は死ぬでしょ。そん時は腹括るかも。いやでも……分かんないけどね」
「そう、……か?そんなもんなのか?」
「いやいやいや、分かんないよ?あくまでもこれは私の見解っていうか。端に想像してみて言っただけだよ?アルトがそんな急に目を落としながら質問したから何となく答えたけど。」
腕を組みながらウンウンと思い悩ませているリーネル。彼女なりに考えた結果はそれなのだろう。
次いで、彼女は「でも」と言葉を紡がせると、
「まあ、死ぬの嫌だから足掻いたりすることもあるかもだね。そんな簡単に死にたくないのも事実だし。うーん、結局、そういうのは人による、ていうか状況によるのかなあ…」.
眉根を寄せながら、彼女は思案に暮れるように顔を上に仰ぐ。目を瞑りながら「うーん、うーん?よく分かんないなぁ」などと口にしていて、
「いや、いい。変なこと聞いたってのは自覚してる。ただその状況の時お前がどうするのか、考えが聞きたかっただけだ」
「んん?また、アルトは自分だけで納得して。」
「いいんだよ、それで」
自身の内だけで納得したアルトに対し、リーネルは釈然としないといったように口を尖らせる。
そんな彼女の様子にアルトは微笑して応じる。それから目線を床に落とし、少し暗い面持ちを浮かばせた。
「…………」
魔帝は強かった。それも異なる範疇の部類だと思わされるほどの強さだった。圧倒的な存在感、抜きんでた力量の持ち主だった。
つまるところ、あの時にそんな相手に挑んだ自分が正しかったのなんて分からない。足掻いたことがダメだったのか、逃げなければならなかったのか。
それに至っては答えなんて出てこない。戦うべき相手ではあった。しかし、だからといって戦うのは妥当な行為だったのかなんて。
あの時のアルトは魔帝を倒すために戦った。それは皆のためであり、国の平和のために為した事だ。
しかし、結果にしてみるとそれは無意味なことと成り果てた。
「馬鹿強い相手ではあった。…けど、」
けど、だからといって勝てないと分かった時、そこで諦めて逃げ出すことは間違っているのではないだろうかと思うのだ。城の階下では、師匠や騎士団のみんなが踏ん張っていて、それぞれ強敵と戦っていた。それを蔑ろにし、臆病なまでに逃げ出すような行為は皆から背負った思いを踏み躙ることだと。
しかし、かと言って、勝てないと分かった時、それでもなお立ち向かうのはただの無謀な行為だったのではないのだろうかという思いだってある。
蛮勇とはよく言えたものであり、向こう見ずの勇気で得たものは何もなかった。
蛮勇な行為と臆病な行為。魔帝を前にしたあの瞬間、アルトにはその二つの選択肢しかなかった。
そんなふうにも言い切れて、
「分かんねえ、結局どうすりゃ良かったのか」
リーネルの発言に異を唱える気なんてない。死ぬことが嫌だというのは当たり前の感情で、それで逃げるも立ち向かうも足掻くこともそんなのは人によるのだろう。
結局、魔帝と対峙したあの時、アルトがどうすれば良かったなんて明瞭に分かることではない。
多分、これは悩むようなことではないのだ。もうすでに起きてしまっていることにこんなにも苦悩する必要はない。
しかし、それから目を背けるのも違うような気がして、
「…アルトが何に悩んでるか分かんないけどさ」
と、アルトが一人悩みの渦に包まれているところ、唐突にふうんっと鼻息を鳴らしながらリーネルがそう告げた。呆れたようなその面持ちには、軽く目を細めながらも微笑を浮かばせていて、
「一人で抱え込みすぎても、苦しむだけだと思うよ?聞けることなら私はそれに耳を向けるけど。話すだけでも楽になれるんじゃない?」
「それは、そうだけど、…違うんだこれは」
「人に話せないようなこと?みたいな?」
「……」
リーネルの言に対し、アルトは黙しながら肯定する。
それを見た彼女は「そっか」と言葉をこぼして、
「言えないんなら、仕方ない。うん、分かった、その気持ちは受け止めます。誰しも言えないことの一つや二つあるしね。私だってそうだもん」
「…あぁ、なんか、……すまん」
「そーんな、落ち込んだ感じで声出さないの。いいよ、無理して言おうとしなくても。そのかわりアルトが言えるようになるまでちゃんと待ってあげるから。無理強いなんてしない。その悩んでることを誰かに言えてアルトが楽になれるなら、私はその『誰か』になってその話を聞いてあげる」
腰に手を当てながらニッと笑みを浮かばせて、リーネルは彼へそう告げた。
「こんな何もない辺境の村に住んでる私だけどさ。アルトの悩みを聞くくらいの事は私にだってできるんだから」
そう言う彼女の顔を見上げると、そこには優しく朗らかな微笑みがあった。
彼女に似つかわしい太陽のような笑顔だ。それを目にしたアルトはなんとも言えない気持ちに包まれた。
急かしはしない、強要もしない、ただ待ってくれると彼女は言った。
「………」
そう、柔らかな声音でリーネルは言ってくれた。
それはただの言葉だ。彼女がアルトのことを慮って言った彼女なりの伸言。
だのにその一言で、その言葉だけでなんだか安心できるような心持ちになれた。
寛大で包容力があり、そう言ってくれるだけで心が和らぐ。
打ち明けることができる、言うまで待ってくれる人がいるというものは、だいぶ心持ちが軽くなれるものだった。
リーネルの笑顔を見ると、自然と心の中の渦がやわらかく溶かされるような気がして。
ストンっと胸の内に固まっていた何かが落ちた気がする。
「……ん、分かったよ。少し、抱え込みすぎた」
「はい、無理しすぎは体に毒なのです。頼ってくれるんなら、私は全然力になるからね」
「分かった、無理はしねえ。なんか打ち明ける時はお前に言うよ」
「仰せののままに、王子様。」
「お前がそんな言葉を使うのは似合わねえな。」
「あぁ、いいじゃん。言ってみたかったんだよー」
口を尖らせながらそう言う彼女にアルトは微笑んで応じる。
悩みはある、迷いもある、それを人に打ち明けることができないことも事実だ。
しかし、それを言うべき瞬間になるまで待ってくれると言われたのはいささか心が楽になった。
苦悩してばっかじゃいられない。
今、アルトが考えるべきことは、自分が次に為すことだ。
「俺は何をすべきか、か」
起きてしまっている事態に嘆いていても仕方ないことも事実だ。
アルトはあの瞬間に足掻いて立ち向かった。強大な敵を前にして、出来る限り抗った。
その行為が最良だったのかなんて考えようにも是非もないことなのだろう。
後ろを見ているばっかじゃ始まらない。起きた事に悩むのではなく、それから自分がどうするのかが肝要。
今、自分がここにいる理由は、自分が生かされている理由は何なのかを考えろ。
あの時、魔帝に負け、殺されるはずだった。しかし今、アルトはこの世界にいる。もうあのようなことが起きないためにもアルトは過去へと戻ってきたのだ。
「悪いな。急にこんなこと聞いて」
「んん?なんか落ち込んでると思ったら急に謝って……。でもなんか、吹っ切れた?いい顔になったね」
「言いたかねえけど、……まあ、お前のおかげだよ」
「素直じゃないのはそのまんま、だけど、正直なのもそのまんま。うん、それはそれでアルトらしい」
小っ恥ずかしそうにぷいと視線を外しながら言ったアルトの言葉に、リーネルは満足したようにニコリと微笑んで頷いた。
そんな彼女にアルトはポツリと声をかける。軽く目を落としながらも彼は口を開いて、
「なあ、リーネル、」
「ん?はい、どうしたの」
「今言える限りのことだが、それだけでも俺の話を聞いてくれるか?」
「………。うん、いいよ、聞いてあげます」
アルトの物言いにリーネルは優しく目を細めて頷いた。
彼女のその応じる様子にアルトは少し顔をあげ、前にいるリーネルの瞳を見据える。
それから、表情を固く変え、真剣な眼差しを向けた。心の内にある自白できる限りの内容を整理して、アルトは彼女へと言葉を紡ぐ。
「俺にはやらなきゃいけないことがあるっつったよな。結局それはある敵を倒すことが目的なんだよ」
「ある敵を?それがアルトのやらなきゃいけないこと?」
「そうだ。そのために俺は」
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