モブ令嬢、当て馬の恋を応援する

みるくコーヒー

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侯爵令嬢、偵察部隊に組み込まれる

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 少し前のダンスパーティーでの感情に浸る暇もなく私は東の森に向かわされている。つまり、仕事だ。

 東の森の偵察部隊に『アンユース』からは私が抜擢された。部隊のリーダーはログレス様が務めている。私はこれがある種のイベントなのではないかと睨んでいるわけだが、実際のところは事が起こってみないとわからないというのが本音だ。

「可愛い妹と同じ任務なんて、お姉ちゃん頑張れちゃうなぁ~。」

 私の隣でアニーがルンルンとスキップしている。なんだか調子の良いことを言っているが、まずは頭にぴょこんと跳ねている寝癖をどうにかして欲しい。

 偵察部隊には、先日の魔物の子どもを返す時に狼と遭遇した件が影響しているのか、アニーとサム、それからザジンさんとテムジェンさんもいた。
 そして、その4人は私を守るようにぐるりと四方を囲んで歩いている。

 残念ながら私には戦闘能力はないので、こうして守られていないと安全が保たれない。どう考えても足手まといだと思うのだけれど。

「この先で狼の目撃が頻繁に報告されている。狼の活発化の原因を探ることが目的だが、戦闘になる可能性も否定は出来ない。全員、心して臨むように。」

 ログレス様は偵察部隊の全員に聞こえるようにビシッと言う。それから各所指示を出して人を動かしていった。私が突撃しても何の意味もないので、まずは待機を言い渡されジッとする。

「案の定、騎士団と合同で殿下が指揮するデカい仕事になっちまったけど……まさかレアちゃん何か余計なこと言った?」
「わ、私は何も言ってませんよ! ザジンさん、あまりにも失礼なこと言ってる自覚あります?」

 ザジンさんの言葉に、私がムッと眉根を寄せながら不平を言う。

「い、いや、そう言うつもりじゃ!」

 ザジンさんは、わたわたと手を振りながら否定する。横からにゅっと手が伸びてきてザジンさんの胸ぐらがグッと掴まれた。

「ザジン、あたしの可愛い妹に変なことを言ったら承知しないぞ。」
「ち、違うッスよ! 誤解ッス~!」

 ギロリと怖い顔で睨むアニーにザジンさんはより一層慌てている。私はその様子が面白くてふふっと笑っていると「そこ!」と怒声が響いてきた。ログレス様のものだ。

「ふざけている場合ではないぞ。」
「し、失礼致しました。」

 鋭い視線が飛んできて、私は反射的に謝罪を述べる。私が悪いわけではないのに。

 それにしても、私の知るログレス様より数倍厳しくいつもとはかなり異なる様子だ。正直、初めて見たと言っても良いかもしれない。
 本当に、あの恋愛ごとに疎いログレス様なのだろうか……? 俄に信じがたい。

「で、殿下! 狼が3匹現れました!」
「必ず1匹は生かして捕獲するのだ!」

 森の奥から騎士が1人駆けてきて報告をすると、殿下は冷静に指示を出した。その際こちらをチラリと見たので何となく彼の思惑を察することができる。

 捕獲した狼と私を対話させるつもりなのだろう。
 正直なところ、以前に対話を試みて失敗したことからあまり期待はしていない。

「アニーが出て行った方が早いんじゃない?」
「えー、あたしは良いよ。面倒な役割にわざわざ首を突っ込むほどお人好しじゃないし。」

 サムが最前線へ出ることを勧めるが、アニーは頑として動くことはしなかった。確かにアニーは攻撃魔法に長けているので常日頃最前線に出ていることだろう。こうして護衛のような役割をすることは滅多に無いため満喫したいとでも思っているのだ。

「アニーさんは、面倒くさがりにも程があるッス。」
「それはザジンが言うことじゃないだろう。」

 テムジェンさんから的確に突っ込まれたザジンさんは、ギクリとしてから口をつぐんで大人しくなった。あからさまな態度に何だかパワーバランスが見えてしまう。

 最前線の様相とはかけ離れ平和な時間を過ごしていたが、それもすぐに終わってしまう。
 騎士たちは傷を負った一匹の狼をズルズルと運んできた。何人かの騎士もかなり傷を負っていて戦闘は容易ではなかったのだと気付かされる。

「レア、君の出番だ。」

 ログレス様の言葉に私は大人しく狼の前へ出た。傷を負った狼は虫の息……だが、明らかに殺意が剥き出しになっている。

 おそらく"対話"は成功しないだろう、と予測しながらもとりあえず試みる。

『……げ……殺……』

 予想通りかなりノイズが酷いが、その中に言葉のようなものが聞こえてくる。更に集中すると、少しずつ言葉がクリアなものになっていく。

『……人間……殺して、やる……』

 完全なる人間への憎しみが伝わってきた。
 一体なぜ、何か理由があるはずだ。だが、そこまではこの狼との対話ではわからない。

「人間への深い憎しみを持っています。酷いノイズの中に殺してやるという明確な言葉が聞こえてきました。」
「ふむ……やはり狼が活発化しているのには何か理由があるのかもしれん。」

 私の報告にログレス様が考え込みながら言う。
 それから「もう少し先に進んでみよう。」と提案をした。私たち偵察部隊はログレス様の命令に従い先へと進んでいく。

 正直なところ、私はもうお役御免だと思うのだけれど、帰らせてくれないかなぁという気持ちで心が満たされていた。

 危険なところを進んでいくほどの力の持ち主では無いのに、ここにいることに対して疑念が止まらない。

「この先で狼が彷徨いているようです。殿下はここでお待ちください。」

 騎士団の1人がログレス様にそう言って、私たちのそばに彼を置いていった。
 私は彼と長い付き合いだし、アニーとサムも気にしてはいないが、ザジンがあからさまに目をキョロキョロとさせていた。

 まぁ、普通ならば殿下の横に並ぶ経験なんて滅多に無いしなぁ。そういった緊張感の存在をすっかり忘れていた気がする。

『あれ~? 人間のお姉さんたちだ! 何してるの~? かくれんぼ??』

 何だか以前聞いたことのあるような声がする。それでいて完全に対話として呼びかけられている感じ。
 私が声の方を見ると、そこにいたのは以前に東の森へ送り届けた魔獣の子どもだった。

 私の視線にログレス様も気がついたようで鞘から剣を抜いて魔獣の子どもに向けた。魔獣は『ひぃーっ!』と驚いて半泣きになりながらガタガタと震える。

「ま、待ってください!」
「レアは下がっていろ。子どもと言えど危険な魔獣かもしれない。」

 魔獣の子どもの前に立ち塞がる私にログレス様は厳しい視線を向けながら退くように指示する。だが、私はそこから動くことをしなかった。

「この子は以前、私たちが送り届けた子です。危険性はありませんし、この子も私を認識しています。」

 ジッとログレス様の目を見つめて訴える。
 するとログレス様は私の真剣さをわかってくれたのか、剣を鞘におさめた。

「そうか。悪かったな、魔獣の子よ。」

 ログレス様は魔獣の子どもに跪いて謝罪をする。勿論、言葉が通じるわけがないので私が通訳をすることにした。

『ごめんなさいって謝っているから、許してあげてくれる?』
『しょうがないなぁ、許してあげる!』

 魔獣の子どもはそう言うと、ぴょこんと私の膝の上に乗った。

『今日は何しにきたの? ボクと遊ぶ!?』
『狼の調査をしに来たのよ、あなたも前に襲われたでしょう?』

 魔獣の子どもは、遊べないとわかると耳をシュンと垂らしてガッカリした。その姿が可愛くて心を打たれてしまいそうだったけれど、グッと堪えて平常心を保つ。

『でもね、悪い狼ばっかりじゃないってボクわかったんだ。おっきくてキレイな狼さんと最近良くお話しするんだ! これから会いに行くしお姉さんもおいでよ!』

 唐突な誘いに私は目を泳がせる。
 この事件と関わりがあるのだろうか。そもそも、狼たちは人間に恨みを持っている。魔獣同士では会話が出来るかもしれないが、私たちにとってそれが安全である保証はない。最悪の場合、この子にも危険が及ぶ可能性もある。

「魔獣は何と言っているのだ?」
「大きく綺麗な狼と親交があるようで、これから会いに行くから私も一緒にどうかと誘われました。」

 ログレス様の問いかけに魔獣の子どもから言われたことをそのまま伝える。即答でダメだと言われると思っていたら、何故かログレス様は腕を組んで何かを考え始めた。

「大きく綺麗な狼……もしかしたら狼たちを取り纏める群れの長かもしれない。会ってみる価値はあるな。」

 ログレス様の言葉に私は驚いて目を丸くする。それから慌てて魔獣の子どもに案内を頼んだ。

『うん、いいよ! こっち、付いてきて!』

 魔獣の子どもは私の膝からぴょこんと降りて、ちらちらと私たちが付いて来ているか様子を窺いながら進んでいく。

 正直なところ、この東の森ではログレス様とロアネの距離を近づけるようなイベントが起こるのでは無いかと予測していた。
 まあ、そのイベントが起きてしまうと困るのは私だけれど、折角なので目の当たりにしてみたいという気もしていた。

 だって、そうじゃないと私が戦闘要員でも無いのに苦労して働いている意義がないではないか。少しくらいご褒美を貰わないと。

 だけれど、このままいくと平和に終わりそうだ。
 私は諦めも必要だと悟りの境地へ入り、無の感情で魔獣の子どもを追いかけるのだった。
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