モブ令嬢、当て馬の恋を応援する

みるくコーヒー

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侯爵令嬢、幸せを願う

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「いーっ。」

 私は縁談相手が侯爵家を訪れるとのことで中庭で待機をしていた。
 今は、上手く笑顔を作ることが出来るように、口角のストレッチを行なっている。

 第一印象は大切だ。
 笑顔で出迎えて、自己紹介をして、いつもの様子は出さないように。

 ざっざと足音がする。
 縁談相手が来たのだと、私は笑顔で振り向いた。

「初めまして、私はレアルチアで……す……。」

 なんで。
 掠れたように出た声。

「縁談に応じて頂き感謝します、レアルチア・オールクラウド侯爵令嬢。」

 目の前に現れたのはジゼル様だった。
 花束を抱えて、どこか他所行きの雰囲気を纏っている。

 彼が、ジゼル・ヴァレンティア公爵令息としてここに来ているのだとまざまざと感じさせられた。

「え、縁談の相手は、ルドー侯爵令息だったはず……どうして……?」

 私が問いかけると、ジゼル様は眉根を下げて申し訳なさそうな表情を作る。

「縁談に割り込むのは卑怯な方法かなぁとは思ったんだけど……。」

 そう前置きをしながら、ジゼル様は私の前で跪いて花束を差し出してくる。

 私は目をばちくりとさせて、動けずにいた。
 状況が呑み込めない。どうしてジゼル様がここにいるのか、どうして私に花束を差し出してくるのか。

 これでは、まるで、まるで――

「僕と結婚してくれないか?」

 夢、だろうか。
 私の好きな人が、私に結婚の申し出をしている。

 湧き上がってくる喜びの感情。
 ドキドキと高鳴る鼓動。

 ああ、どうしよう。どうしようもなく、嬉しい。

 意識せずとも口角が上がるのがわかる。
 受け取ってもいいだろうか、了承してもいいだろうか。

 とてつもない嬉しさにまかせて『はい』と言いかけた。
 しかし瞬時に沸きあがってくる『相応しくない』という感情。

「あ……でも、私……。」

 私がなんの答えも出せずにいると、ジゼル様は不安そうな表情を浮かべる。

 だって、あなたの隣に立つべきは私ではないもの。
 ロアネのような美しい人間でなければ、あなたに釣り合わない。
 好奇な視線を向けられ、どうして私のような平凡な女をと言われ続けるはずだ。

 ……そんな考えをしていることが尚更自分を嫌いにさせる。
 ジゼル様を思っているようで、結局のところ保身に走っているだけじゃないか。

 こんな浅ましい人間が、どうしてあなたに好意を抱かれるのだろう。

 いや、そもそも、その考え自体が自惚れではないか?
 だって、私は、彼から好きだと言われたかしら?

 なにか、彼には思惑でもあるのだろうか。

「やっぱり、僕じゃダメだよね……。」

 ジゼル様の言葉で私はハッとして、意識を現実に戻す。
 あれやこれや考えていたことは、スッと立ち上がり目を伏せて悲しい顔をする彼を見たことで全てが吹き飛んだ。

 私は勢い良く首を横に振って「そんなことない!!!」と大きな声を上げた。

 ダメだ、もう取り繕うことなんて出来ない。
 だから会うつもりなんてなかったのに、自分の気持ちを抑えきれないから。

「私は美しく容姿ではないし、可愛らしい性格でもない。ジゼル様に釣り合う女性ではないことはわかっているけれど、でも、それでも、わ、私は……。」

 涙が込みあがる。

 自分の気持ちを正直に伝えることはとても怖い。
 拒絶されるかもしれないと思うと、この先を口にしない方がいいのではないかと思う。

 でも、もしも、ここで彼に伝えなければ、ずっとずっと後悔するだろう。

 これは、きっと、最初で最後のチャンスなのだ。

 私は顔を上げてジゼル様の目をジッと見つめる。

「私は、あなたのことが好きです。」

 告げた瞬間、ジゼル様の表情がふわりと綻び、そして彼は強く私を引き寄せて抱き留めた。

「レア、ずっと君のことが大好きだった、愛してる。僕が、必ず幸せにする。」

 ジゼル様の言葉を聞いて思考が停止する。
 彼は、今、私を好きだと言った? 愛してるって?

「わ、私のことを、好きだったんですか? ずっと?」

 ジゼル様は離れて、微笑みながら私の頬に伝っている涙を拭った。
 優しい視線が何だかくすぐったく感じる。

「こんなにも君に迫っていたのに少しも気づかなかったのかい?」
「じょ、冗談で軽口を言ってるのだと……。」
「あんなにも夜会でエスコートしたのに?」
「ジゼル様は優しいから、誰からも誘われない私を哀れに思ってくれたのかなって……。」

 ジゼル様は呆れたように、だが少し笑いも含みながら吐息をついた。

「それは周りをけん制してたんだけど、まあ、レアにはハッキリ言わないと伝わらないよね。」

 私は、ジゼル様からの明確な愛情を受けて幸せな気持ちでいっぱいだった。
 こんなにも幸せでいいのだろうか、私が幸せでなくとも周りが幸せならいいと信じて動いてきた今までを振り返ると、そう思わざるを得ない。

「だけど、そんなレアだから僕は好きになったんだ。君は何かと僕の幸せを願ってロアネ嬢と僕を恋仲にしようと奮闘していたよね。」
「バレバレ、だったのね。」
「勿論、君ほどわかりやすい人間は他にいないよ!」

 密かに実行されている計画だったと思っていたのに、当の本人にこんなにもバレバレだったのかと思うと顔がカッと赤くなる。
 恥ずかしい、穴があったら入りたい!

「僕のことを考えて動いてくれているという事実が嬉しくて仕方なかった。だけどね、レア、僕は君と一緒にいることが何よりの幸せなんだよ。」

 その言葉を聞いて、実現を誓った自身の真の願いが叶えられたのだと安堵した。

 当て馬とヒロインが結ばれることが当て馬にとっての幸せなのだと思ってきた。
 でも、私が結局のところ真に望んでいたことは『当て馬』ではなく『ジゼル様』の幸せだ。

 初めは『当て馬』と『ジゼル様』という存在を混同していたが、彼と関わる間にその2つを別物のように考えていた。だけれど、ロアネ嬢と結ばれることで幸せになれるだろうという考えは何故だかずっとブレなかった。
 それはこの世界の物語を知っていたからのように思える。

「私もジゼル様のそばにいると幸せです。」

 自然と零れる笑み。
 それから差し出された花束を受け取って、自分のために用意してくれたのだと思うと止めどなく幸せだという感情が溢れた。それはどこまでも際限なく湧き出てくる。

「ああ、でも、先に言われてしまうなんて不甲斐ないな……本当は僕が先に君に好きだと伝えようと思っていたのに……いや、プロポーズするだけでかなり勇気を振り絞ったんだけど、情けないなぁ。」

 ジゼル様が力なく笑いながら肩を落とす。
 何だかその姿がとても可愛く思えてきて、気づいたときには「そんなジゼル様もとっても可愛いです。」とつい口から零していた。
 それを聞いたジゼル様は不服そうにむっと口を尖らせて、それから左手で私の腰を抱き、右手でくいっと顎を持ち上げた。そのせいで、私は彼の端正な顔を直視せねばならず、一直線に視線を交わせた。

「かっこいい、の間違いでしょ?」

 確かに、哀愁漂う姿がかっこいいとも言えたかもしれない。
 そんな風に思ってしまうほど、目の前のジゼル様がかっこよすぎて耳まで真っ赤になる。

 鼓動が高鳴りすぎて「あ」とか「えっと」なんて言葉しか出てこない。

 それから少しずつジゼル様の顔が近づいてきて、私は反射的にぎゅっと目を瞑った。
 リップ音が左頬から聞こえて、目を開けるとジゼル様がにこにこと満面の笑みを浮かべていた。

「やっぱり、レアといると飽きそうにないなぁ。」

 これから彼の横にいて私の心臓は持つのだろうか。

 既にバクバクと破裂しそうなほど音を立てる心臓を心配しながらも、私は彼から愛されることの幸せを嚙み締めた。

― Fin ―
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