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第1話 The Beginning
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「用がないのなら、さっさと失せろ。」
冷たく浴びせられた声にびくりとして、顔を俯かせる。手は小刻みに震え、絞り出した「申し訳ありません。」という声はとても小さく彼に届いたかどうかは不明だ。
逃げるように部屋から出て、私は涙を零した。
私ーーティミリア・ロベルタは、どこにでもいるような容姿を持ったパッとしない女だ。地味で、それでいて気が弱く臆病者。
そんな私がアレクセン・ロベルタ公爵と結婚することが出来たことは、私の人生においてこの上ない幸せだった。そう思っていた。
公爵様は容姿端麗、頭脳明晰、巷では大人気の男性であった。令嬢の誰もが彼の妻となることに憧れを持って、そしてその座を得ようと数多くの令嬢が奮闘し散っていった。
そんな彼が、何故か私を伴侶として選んだ。
もしかしたら、どこかで出会っていたのかもしれない。彼は私の知らぬ間に私のことを好いてくれていたのかもしれない。
そんな期待をしては心を躍らせた。
そもそも私の家は伯爵家で、公爵家に対して拒否権など持ち合わせていないけれど、拒否をするなどという選択肢は念頭になく、全員が両手を上げて喜んだ。
私は20歳の誕生日を迎えていたので、もしも彼と結婚していなかったら行き遅れていたかもしれない。
だけれど、待ち受けていたのはそんな期待とは程遠いものだった。
公爵は私を好いてなどいなかった。
私の存在すらも認識していなかった。
彼にとって伴侶など誰でも良くて、側近が幾つかの条件に合わせてふるいをかけて、その条件に合った者の1人が私だったというだけだった。
結婚式は執り行われなかった。
それに対して私の両親も妹もとても心配したけれど、私は大丈夫だと、公爵様はとても忙しくて落ち着いたら挙げる予定なのだと嘘をついた。
惨めだった。
そんな日が一生来ることはないというのに。
初夜も寝所は別だった。
張り切って用意したネグリジェも無駄になった。そのあと一度もそれを着ていないし、おそらくクローゼットの中で埃をかぶっていることだろう。
公爵様はとても冷淡なお人だった。
あの冷たい視線は私をいつも以上に萎縮させる。私のおどおどした様子を見て、彼は更に苛立ちを覚えていた。
私の名前を彼は覚えているのだろうか。
「嫌われたかな……。」
私は小さく呟いた。
今日こそは、公爵様と夜の食事を共にしようとお誘いをするつもりだったが、彼を目の前にするとどうも言葉が出てこなかった。
そうして、何も言えないまま出て行けと言われてしまった。
当たり前だ、彼は忙しい。
それなのに私が何も言えず黙りこくってしまったのだから、完全に私が悪い。
嫌われてしまったかもしれない。
「今日は奥様のお好きな茶葉でお作りしたミルクティーですよ。」
私が自室に着くと、メイドのレミーエがミルクティーを用意してくれていた。
「ありがとう。」
私はお礼を言って静かに椅子に座り、一口ミルクティーを飲んだ。この静かな時間が私は好きだ。
誰にも邪魔されない、何も考えなくていい、私だけの世界。
公爵家の使用人は良い人たちばかりだった。
こんなお飾りの公爵夫人にも良くしてくれる。
本当は陰口でも言っているのかもしれないけれど、私の前で口にしなければそれで良い。
ミルクティーをもう一口含みながら、頭の隅で考える。
公爵様は、地味で気弱な私だけれど、いつか愛してくれる日はくるのかしら。
私は小さく頭を振り、その考えを振り払った。無駄な期待をするのはやめよう。
そうしてまた悲しい気持ちになるのは私なのだから。
冷たく浴びせられた声にびくりとして、顔を俯かせる。手は小刻みに震え、絞り出した「申し訳ありません。」という声はとても小さく彼に届いたかどうかは不明だ。
逃げるように部屋から出て、私は涙を零した。
私ーーティミリア・ロベルタは、どこにでもいるような容姿を持ったパッとしない女だ。地味で、それでいて気が弱く臆病者。
そんな私がアレクセン・ロベルタ公爵と結婚することが出来たことは、私の人生においてこの上ない幸せだった。そう思っていた。
公爵様は容姿端麗、頭脳明晰、巷では大人気の男性であった。令嬢の誰もが彼の妻となることに憧れを持って、そしてその座を得ようと数多くの令嬢が奮闘し散っていった。
そんな彼が、何故か私を伴侶として選んだ。
もしかしたら、どこかで出会っていたのかもしれない。彼は私の知らぬ間に私のことを好いてくれていたのかもしれない。
そんな期待をしては心を躍らせた。
そもそも私の家は伯爵家で、公爵家に対して拒否権など持ち合わせていないけれど、拒否をするなどという選択肢は念頭になく、全員が両手を上げて喜んだ。
私は20歳の誕生日を迎えていたので、もしも彼と結婚していなかったら行き遅れていたかもしれない。
だけれど、待ち受けていたのはそんな期待とは程遠いものだった。
公爵は私を好いてなどいなかった。
私の存在すらも認識していなかった。
彼にとって伴侶など誰でも良くて、側近が幾つかの条件に合わせてふるいをかけて、その条件に合った者の1人が私だったというだけだった。
結婚式は執り行われなかった。
それに対して私の両親も妹もとても心配したけれど、私は大丈夫だと、公爵様はとても忙しくて落ち着いたら挙げる予定なのだと嘘をついた。
惨めだった。
そんな日が一生来ることはないというのに。
初夜も寝所は別だった。
張り切って用意したネグリジェも無駄になった。そのあと一度もそれを着ていないし、おそらくクローゼットの中で埃をかぶっていることだろう。
公爵様はとても冷淡なお人だった。
あの冷たい視線は私をいつも以上に萎縮させる。私のおどおどした様子を見て、彼は更に苛立ちを覚えていた。
私の名前を彼は覚えているのだろうか。
「嫌われたかな……。」
私は小さく呟いた。
今日こそは、公爵様と夜の食事を共にしようとお誘いをするつもりだったが、彼を目の前にするとどうも言葉が出てこなかった。
そうして、何も言えないまま出て行けと言われてしまった。
当たり前だ、彼は忙しい。
それなのに私が何も言えず黙りこくってしまったのだから、完全に私が悪い。
嫌われてしまったかもしれない。
「今日は奥様のお好きな茶葉でお作りしたミルクティーですよ。」
私が自室に着くと、メイドのレミーエがミルクティーを用意してくれていた。
「ありがとう。」
私はお礼を言って静かに椅子に座り、一口ミルクティーを飲んだ。この静かな時間が私は好きだ。
誰にも邪魔されない、何も考えなくていい、私だけの世界。
公爵家の使用人は良い人たちばかりだった。
こんなお飾りの公爵夫人にも良くしてくれる。
本当は陰口でも言っているのかもしれないけれど、私の前で口にしなければそれで良い。
ミルクティーをもう一口含みながら、頭の隅で考える。
公爵様は、地味で気弱な私だけれど、いつか愛してくれる日はくるのかしら。
私は小さく頭を振り、その考えを振り払った。無駄な期待をするのはやめよう。
そうしてまた悲しい気持ちになるのは私なのだから。
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