公爵様、地味で気弱な私ですが愛してくれますか?

みるくコーヒー

文字の大きさ
6 / 38

renniD 話3第

しおりを挟む

「アレクセン様、夕食の準備が整いました。奥さまは既に席に着かれていらっしゃいます。」
「そうか。」

 ジェラルが俺を呼びに来たため、仕事を切り上げ席を立つ。

 昼過ぎに妻であるティミリアが俺を夕食に誘った。そのため、今日は共に夕食を取ることに決めたのだ。

「良いですか、アレクセン様。余計なことは仰らないように。」

 歩きながらジェラルが俺に釘を刺してくる。俺は眉を潜めて横目でジェラルを見た。

 昼頃の嬉しそうな様子とは打って変わって厳しい態度に変わった。
 相変わらず謎に起伏の激しい男だ。

「余計なこととは一体なんだ。」

 俺が何か失礼に値することを言うとでも思っているのか、心外だ。

「とにかく、奥さまを傷つけるような発言の全てです。」
「俺はそんなことはしない。」

 容姿批判、性格批判、俺は何もしてはいない。ジェラルはいつも口煩いのだ。

 バタン、扉を開けてダイニングに入る。
 椅子に大人しく座るティミリアの姿が見えた。いつもよりも華やかなドレスを着て、髪型も綺麗にまとめてある。

 俺はその横を通り過ぎ、ティミリアに対面するように席に座った。

「待たせたな。」
「あ……いえ。」

 ティミリアは頑なに目を合わせなかった。少し下を向いて俺の方を見ない。

 地味だと思っていたが、良くみると可愛らしい顔立ちをしているのだなと初めてしっかりと対面して思う。

 料理の1皿目が運ばれ、食べ始める。
 ふむ、いつも通り美味い。

 1皿目を食べている間、特に俺とティミリアの間に会話はなかった。
 こういう時、世の夫婦とは一体どのような会話をしているのだろうか。

 そんなことを考えている間に、料理は2皿目に突入する。

「公爵様は、日頃何をしていらっしゃるのですか?」

 唐突に会話が発生する。
 彼女は俺を公爵様と呼んでいるのか、もしかして俺の名前を知らないのだろうか。

 それか、彼女の中でまだ名前を呼ぶに値しない仲だと思われているのかもしれない。

「仕事だ。」

 呼び方に気が入って良く質問の意図を解釈出来ずに答える。

「それ以外では……?」

 俺は一体何をしているだろう。
 自身の行動を顧みるも仕事以外に大したことは思い浮かばなかった。

「こうして食事や睡眠を取っている。」

 毎日仕事以外に行っていることを思い浮かべて、そのままティミリアに伝える。

 突然、彼女が顔を上げた。

「そうではなく、趣味のことです!」

 頬を膨らませながら、彼女のキッと強い視線が俺の瞳を捉えた。完全に睨まれている。

 どうやら俺は返答を失敗してしまったらしい。

 彼女は、すぐにまた元の様子に戻り下を向いた。

「あぁ、趣味のことか。」

 ティミリアに指摘されて初めては俺は質問の意図を理解した。

 中々察することが出来ないのは俺の悪いところだ。

「趣味かどうかはわからないが、散歩をするのが好きだ。」
「散歩……ですか?」

 彼女の想像する散歩と俺のものは一致するのだろうか。

 俺の可愛いペットのギンに乗り、色々なところを駆けていく。それが俺にとっての散歩だ。いや、それはギンが散歩をしていることになるのか?

「散歩、と言って良いのかはわからないが、近くの森へ出かけ狩猟を行ったりもする。」
「それは……楽しそうですね。」

 あまり楽しそうだと思っていない表情だ。まぁ、女性が狩猟を楽しいものだと思っていないことは周知の事実だ。

 男性が手芸を嗜まないことと同じだろう。

「何よりも爽快なのは森までの草原を駆け抜けているときだ。俺が使役する狼は、他のよりも数段早く駆け回る。」

 俺がそう言うと、ティミリアはパッと顔を上げた。それは、先ほどの睨むような表情と違い、きらきらと輝かしいものだった。

 狼、と俺が言った時に顔を上げたので、彼女はきっと狼という言葉に反応したのだろう。

「なんだ、狼に興味があるのか?」

 俺が問いかけると、彼女はコクリと頷いた。それはいつもの小さい頷きとは違い、大きくハッキリとしたもので、彼女の意思のようなものを強く感じた。

「俺の狼は大きく美しいシルバーウルフだ。東洋の言葉でシルバーという意味のギンという名をつけている。」

 彼女はそれを聞いて、目を伏せた。
 それから穏やかに微笑む。

「きっと、とても綺麗なのでしょうね。」

 そう言いながら俺をジッと見つめた。

 ティミリアは、こんな風に笑うことが出来るのか。彼女の笑ったところを初めて見た。いつもの様子より笑っていた方がいい、と感じる。

 妻のいつもと違う部分が見れたのだから、それだけで夕食を共にした甲斐があったな、と俺は内心思いながら愉快だと笑みを浮かべた。

「気になるのならば、今度共に散歩でもしよう。」

 ティミリアは俺の提案に戸惑うように目 を泳がせ、それから伺うようにこちらを見て「はい」と小さく返事をした。

 ティミリアは最初の時よりも随分と楽しそうに食事をする。美味しそうに食べ、3皿目をペロリと平らげていた。

 細く見えるが良く食べるのだな。

 ただ、こうして交流をすると、今まで考えなかったことを考えてしまう。
 俺たちは紛れもなく夫婦になった、しかしその中に"愛"というものは存在していない。

 普通なら愛し合い育み合う仲を、俺は築くことが出来ない。俺は他人から向けられた好意を返すことが出来たことも、誰か1人に特別な感情を持てた試しもない。

 俺と結婚したことで、彼女の得るはずだった誰かからの愛情を彼女自身が諦める理由はない。

「君に確認すべきことがあるのをすっかり忘れていたな。」
「何でしょうか?」

 ティミリアは食事の手を止めて、こちらをしっかりと見据える。

「恋人を作るつもりはあるか?」
「……は?」

 俺からの質問が予想外だったようで、ティミリアは気の抜けたような声を出す。

「俺たちはお互い特別な感情を持っているわけではない。勿論、夫婦としての仲を保つことは大切だと思っている。しかしながら、そこに愛情まで求める必要はあるのだろうか?」
「仰る意味が、良く、わからないのですが。」

 遠回しに言いすぎただろうか。
 相変わらずティミリアは、こちらをジッと見つめている。

「俺は、君が他の男性に心を向け愛人を作ろうと責め立てるつもりはない。先に伝えておくが、俺は君に愛情を求められても返すことはできないだろう。」

 世の中でも愛人を持つ貴族たちは多くいる。彼女がそうだからといって誰がそれを非難出来るだろう。そういう社会であり、何よりも夫である俺がそれを認めている。

 少なくともこれは、最大限彼女を思っての進言だ。何も俺がそうだからだということではない。俺は感情が欠如した欠陥人間なのだから。

 ティミリアは平然としながら料理を口に運ぶ。特に俺の言うことに何も言わなかった。

 了承した、ということだろうか。

「ただ、公爵家の嫁として来たからには世継ぎを産んでもらう必要がある。すぐではないが、いつか夜伽を行うことは覚悟して貰いたい。」

 ティミリアはこの言葉にも何も返事をしなかった。ただ、こちらをチラリと一度見てから一定のスピードで料理を口に運んでいくのみ。

 視界の端でジェラルが般若の形相でこちらを見ているのが映った。

 なぜだ、俺は伝えるべきことを伝えただけだというのに。
 何より彼女にとって決して悪くはない提案だったはずだ。

「奥さま、顔色が優れませんのでお部屋の方で休まれますか?」

 ジェラルがチラリとティミリアを見て、それから声をかけた。

 ティミリアは小さく頷いて席を立った。
 チラリと見えた顔は、青白く気分が悪そうだった。

「大丈夫か?」
「お先に、失礼します。」

 こちらを見ることなくティミリアはそう言って部屋を出て行った。

 早いペースで食事をしていたから、食べ過ぎたのだろうか? それとも、最初からあまり体調が良くなかったのか?

 ティミリアを見届けたジェラルが怒りをあらわにしながらズンズンとこちらに歩いてきた。

「余計なことは仰らないようにと申し上げたはずです!」
「一体どこが余計なのだ、俺は必要なことを伝えたに過ぎない。」

 なぜジェラルがそこまで怒っているのか、俺には全く理解し難かった。

 ジェラルは何を言っても無駄だと言うように踵を返してティミリアの食べていた皿を持って去って行った。


"どうしてお前は人のことが考えられないの!!"
"お前は欠陥人間だ!!"


 なぜ今、幼い頃に言われたことを思い出すのか、俺には良くわからなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

男装令嬢はもう恋をしない

おしどり将軍
恋愛
ガーネット王国の王太子になったばかりのジョージ・ガーネットの訪問が実現し、ランバート公爵領内はわいていた。 煌びやかな歓迎パーティの裏側で、ひたすら剣の修行を重ねるナイアス・ランバート。彼女は傲慢な父パーシー・ランバートの都合で、女性であるにも関わらず、跡取り息子として育てられた女性だった。 次女のクレイア・ランバートをどうにかして王太子妃にしようと工作を重ねる父をよそに、王太子殿下は女性とは知らずにナイアスを気に入ってしまい、親友となる。 ジョージ殿下が王都へ帰る途中、敵国の襲撃を受けたという報を聞き、ナイアスは父の制止を振り切って、師匠のアーロン・タイラーとともに迷いの森へ彼の救出に向かった。 この物語は、男として育てられてしまった令嬢が、王太子殿下の危機を救って溺愛されてしまうお話です。

悪役令嬢は反省しない!

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢リディス・アマリア・フォンテーヌは18歳の時に婚約者である王太子に婚約破棄を告げられる。その後馬車が事故に遭い、気づいたら神様を名乗る少年に16歳まで時を戻されていた。 性格を変えてまで王太子に気に入られようとは思わない。同じことを繰り返すのも馬鹿らしい。それならいっそ魔界で頂点に君臨し全ての国を支配下に置くというのが、良いかもしれない。リディスは決意する。魔界の皇子を私の美貌で虜にしてやろうと。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】お嬢様だけがそれを知らない

春風由実
恋愛
公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者でもあるお嬢様には秘密があった。 しかしそれはあっという間に公然の秘密となっていて? それを知らないお嬢様は、日々あれこれと悩んでいる模様。 「この子たちと離れるくらいなら。いっそこの子たちを連れて国外に逃げ──」 王太子殿下、サプライズとか言っている場合ではなくなりました! 今すぐ、対応してください!今すぐです! ※ゆるゆると不定期更新予定です。 ※2022.2.22のスペシャルな猫の日にどうしても投稿したかっただけ。 ※カクヨムにも投稿しています。 世界中の猫が幸せでありますように。 にゃん。にゃんにゃん。にゃん。にゃんにゃん。にゃ~。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

あなたのことが大好きなので、今すぐ婚約を解消いたしましょう! 

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「ランドルフ様、私との婚約を解消しませんかっ!?」  子爵令嬢のミリィは、一度も対面することなく初恋の武人ランドルフの婚約者になった。けれどある日ミリィのもとにランドルフの恋人だという踊り子が押しかけ、婚約が不本意なものだったと知る。そこでミリィは決意した。大好きなランドルフのため、なんとかしてランドルフが真に愛する踊り子との仲を取り持ち、自分は身を引こうと――。  けれどなぜか戦地にいるランドルフからは、婚約に前向きとしか思えない手紙が届きはじめる。一体ミリィはつかの間の婚約者なのか。それとも――?  戸惑いながらもぎこちなく心を通わせはじめたふたりだが、幸せを邪魔するかのように次々と問題が起こりはじめる。  勘違いからすれ違う離れ離れのふたりが、少しずつ距離を縮めながらゆっくりじりじりと愛を育て成長していく物語。  ◇小説家になろう、他サイトでも(掲載予定)です。  ◇すでに書き上げ済みなので、完結保証です。  

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...