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第5話 Present
しおりを挟む公爵様が仕事で1週間ほど家を開けた。
ジェラルも含めた何人かの従者を連れていて、家の中はいつもより少しだけ広く感じた。
私は食事の時に公爵様に言われたことを深く考え込むことはやめた。
考えれば考えるだけ、心が沈んでいく。
「奥さま、もうすぐ旦那さまがお帰りになられます。」
自室でお茶をしているとレミーエが私を呼びに来た。
あぁ、もうそんな時間か。
今日戻ってくることは連絡が来ていたのでわかっていたが、思っていたよりも随分と早い到着だった。
あの食事の時から、顔を合わせるのが何だか嫌で姿が見えては避けていた。
だから1度もまともに顔を合わせて話していない。
公爵様のいない1週間は随分と気楽だった。他人の目を気にせずにやりたいことが出来たし、屋敷のどこかで会ってしまうのではないかと緊張せずに済んだ。
顔を合わせるのが気まずい。
会いたくないな。
「今、行きます。」
だけれど、夫が遠出から帰宅したのだから、出迎えないわけにはいかない。
気が乗らないまま自室を出てエントランスに向かう。足取りが重い。
きっと、出迎えたとしても愛想なく「出迎えご苦労」といった言葉をかけられて終わりだろう。
仲の良い夫婦がするようなことを期待するのは、それこそお門違いというものだ。
わざわざ立ち止まって長々と話をする状況だって想像出来ない。
いや、別にそれで良い。特に会話がしたい訳でもないのだから。
エントランスに向かう中で小さい頃の実家での出来事を思い出していた。
数日家を空けたお父様が帰ってきて、出迎えたお母様を抱き寄せる。それから花束をプレゼントして、それをお母様はとても嬉しそうに受け取っていた。
私と妹にはお菓子をくれて、それで私たちはお父様に抱きついたんだっけ。
「旦那さまがお帰りになるのが嬉しいのですか?」
「え?」
突然に声をかけられて驚く。
「奥さまが笑っていらっしゃったので。」
レミーエの指摘に初めて私は笑みを浮かべていたのだと気付いた。
ただ、それは昔の思い出を思い浮かべていたことが理由なのだけれど。
「えぇ、そうね、楽しみだわ。」
私は嘘をついてニコリと笑う。
楽しみじゃない、なんてとてもじゃないけれど言えない。
エントランスに着いた。
ジッと扉から公爵様が現れるのを待つ。
外が騒がしくなっている、というのが何となく伝わってくる。
バタン、と扉が開いた。
久しぶりに公爵様の姿をしっかりと捉える。
180はある身長、黒い髪の毛、綺麗な青色の瞳、端正な顔立ち。
こうしてしっかり見てしまうと、その隣に自分が立っても良いのかと不安になる。
どう考えても、私は不釣り合いだ。
「おかえりなさいませ、公爵様。」
私は腰を折り、彼を出迎える。
「出迎えご苦労。」
予想していた言葉が飛んできた。
きっと、このまま横を通り過ぎて自室に向かうだろう。
そう思いながら頭を上げると、通り過ぎていくと思っていた彼が目の前に立っていた。
大きな身体が視界を埋め尽くしていて、一瞬私は混乱してしまう。
上を見上げると、公爵様の整った顔が近くにあった。
「あ、え?」
私は驚いて足を一歩後ろに引く。
公爵様は何かを迷っているように目を泳がせ口をキュッと結んでいた。
「こ、公爵様?」
私が問いかけると、公爵様は私の目を見て、それから意を決したように「君に。」と言いながら何かを私の胸の前に突き出した。
それは小さなブーケだった。
「訪れた場所の名産の花らしい。君は花が好きだと聞いたので、土産に。」
ピンク色の花が綺麗に咲いている。
ラッピングも美しく、私は自然と笑みが浮かんでいた。
「綺麗……。」
私はブーケを受け取る。
中庭の花壇の花が咲いて、こんな風に花束にして公爵様に送ったら、喜んでくれるだろうか。
「ありがとうございます、公爵様。部屋に飾らせて頂きます。」
私は公爵様を見て感謝の意を述べる。
「喜んで貰えたのならば、良かった。」
公爵様は私の様子を見て満足そうに笑って、それから横を通り過ぎて自室へと向かっていった。
私は貰ったブーケを再び見つめた。
まさか、公爵様から花を頂けると思わなかった。
男性から贈り物を貰うのは初めてのことだった。巷の令嬢が恋人からの贈り物に一喜一憂する気持ちがよくわかった。
それに、こうして花を貰うことは私の憧れの一つだった。
「アレクセン様は随分と花選びに悩んでいらっしゃいましたよ。」
私に話しかけてきたのはジェラルだと声ですぐにわかった。
「ジェラル、おかえりなさい。」
「ただいま戻りました。」
私の言葉にジェラルは一礼する。
頭を上げて私にニコリと笑いかけ、それから公爵様の後を追って行った。
私はブーケを大事に抱えて、自室へ戻るために歩き始めた。
「レミーエ、この花が入るような花瓶を用意してくれるかしら?」
「えぇ、勿論ですとも。」
先ほどまで抱えていた不安や負の気持ちが贈り物一つで全て吹き飛ぶ。
もしかしたら、公爵様と上手くやっていけるのではないかと小さな希望を胸に抱いた。
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