公爵様、地味で気弱な私ですが愛してくれますか?

みるくコーヒー

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niagA klaW 話01第

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 やっと仕事がひと通り片付いた。
 グッと伸びをして窓の外を見る。

 ティミリアの育てていた植物がかなり花を咲かせていた。

「奥さまを散歩にでも誘われたらいかがですか?」

 部屋で仕事をしていたジェラルが言った。

「ふむ、良いかもしれないな。」

 草原に出かけた日以来、2人で何かをしたことはなかった。
 仕事もひと段落着いたし、良い機会かもしれない。

「残りは僕に任せてください。」
「それならば、頼んだ。」

 後処理をジェラルに任せて部屋を出ようとしたところで「アレクセン様」とジェラルが呼び止めた。

「今日の散歩は、奥様の手を取ってみては如何ですか?」
「ん? あ、あぁ。」

 ジェラルがニコリと笑い、俺は良くわからずとりあえず相槌だけ打ってみる。
そして部屋を出た。

 手を取る……手を繋ぐということか?
 それをしたら何だというのだろう。

 手を繋ぐという行為に何か意味でもあるのか、或いは特別な感情を作り出すのだろうか。

 答えは出ないまま、ティミリアの部屋の前に辿り着く。
 コンコン、と扉をノックした。

「どうぞ」

 ひとつ間を置いてからティミリアの声が聞こえてきた。

「失礼する。」

 俺が入っていくと、ティミリアは予想外だという風に目を見開いて、持っていたカップを置いて立ち上がった。

「ア、アレク様、急にどうしたのでしょうか?」
「執務室の窓から中庭を見た時に、君の育てた植物がかなり花を咲かせていることに気付いてな。君と中庭で散歩でもどうかと。」

 俺がそういうと、ティミリアはふわりと笑った。

「えぇ、喜んで。」

 その答えを聞いて、俺も笑みを浮かべる。

「では、下へ行こう。」

 俺は後ろを振り返り中庭に向けて足を進める。散歩をする中で一体何を話そう。

 無言で歩き続けるわけにはいかないだろう。だが、俺はあまり会話が得意ではない。彼女もあまり自分から喋りたがるタイプではないし。

 ジェラルだったら1人でペラペラ話してくれるのだが。

 中庭に辿りつく。
 並走していると思っていたティミリアが隣にいなくて振り返ると、ハァハァと息を切らしながら早歩きで辿り着いていた。

 考え込んでいて、ティミリアのことを全然気にかけていなかった。

「あぁ、すまない。歩くのが早かったか。」
「い、いえ、大丈夫です。」

 ティミリアの話し声から全く大丈夫ではないということが伝わる。
 寄り添うと決めた筈なのに、また上手くいかなかった。歩くペースを合わせる
ことなんて、彼女に少しでも目を向ければ気づいたハズだというのに。

「そこに座ろう。」

 俺はティミリア肩を抱き、中庭に置いてあるベンチへと連れて行き座らせた。
 そして、俺自身もその隣に腰を下ろす。

「すまない、また君を気遣ってやれなかった。」

 俺がそういうと、ティミリアは首を振った。それから顔を下に向けた。

 今日の散歩は楽しいものにしたいと思っていたのに、また自分の配慮の足りなさのせいで彼女に悲しい思いをさせてしまった。

 母は常々、俺が他人を思いやれないことに対しても怒りを露わにしていた。
 それは間違ってはいなかった、現に俺は彼女を思いやれていないのだ。

 だけれど、いつも疑問に思う。
 彼女は最初から下を向いてばかりいた。

 聞くと、彼女は家族にも愛されているし友人がいないわけでもない。
 何が彼女をそうさせているのだろう。

「聞いても、良いだろうか。」

 もしかしたら、聞いてはいけないことなのかもしれない。そう思いながら今まで問いかけずにいた。

「何をでしょうか?」

 ティミリアは顔をこちらに向けずに質問を返してきた。

「君が下ばかり向いてしまう理由だ。」

 ティミリアが嫌そうな顔をするのが僅かに見えた。

 やはり答えたくないのか。
 配慮のない質問をしてしまった、と内心自分を責めるが、どうしても知りたかった。彼女の心に少しでも近づきたいと思った。

「特に面白い話ではありませんが。」
「それでも良い。」

 ティミリアは尚も嫌そうな顔をしている。諦めるか、と思ったところでスゥと彼女の息を吸い込む音が聞こえた。

「自分に、自信がないからです。」

 予想していたよりも大きな声に、俺は驚いてしまう。ちらりと彼女がこちらを見たことで、俺は表情を取り繕った。

 彼女はなぜ自信がないのだろう。
 彼女は俺とは違って、親に罵られず愛情を一身に受けて育ってきたハズなのに。

「君は、両親にも妹にも愛されているようだし、友人もいる。一体何に不満を持つ? 何が君の自信を奪う?」

 つい出た言葉に、ティミリアはこちらをキッと睨む。俺は失言した、と後悔した。

「えぇ、私は家族にも愛されて友人もたくさんいるわ。だから、私には何一つコンプレックスが無いでしょうって、そういうお話ですか? 幸せな家庭に育った人間は、もれなく全員幸せでしょうって?」

 彼女を怒らせてしまった。
 今までの様子から、こんなふうに物事を言うことを想像していなかった。

「いや、そういうわけでは……。」

 俺は戸惑いながら視線を逸らす。
 感じたことを口に出して後悔したのは初めてだった。

「申し訳ございません。」

 何故かティミリアの謝罪の言葉が聞こえてきた。なぜ彼女が謝るのだろう。

 謝るべきは俺の方だというのに。

「もしも嫌でなければ話してくれないだろうか。その、君のことを……。」

 かなり言葉を選んだ。
 また、嫌な思いをさせないために。

 聞かないことが1番なのかもしれないけれど、夫婦なのだから彼女のことを知っておきたいと思った。

 彼女は小さく頷き、口を開いた。

「私の妹は、可愛くて愛嬌もあって優秀です。小さな頃から彼女と私を比べない日はありませんでした。勿論、両親は私たちに差をつけず愛してくれました。だけれど、外の人たちは私たちをあからさまに比べる。姉の方は地味だ、大人しすぎる、姉妹とは思えない、妹の方が器量が良い。私は、昔から人から嫌われない代わりに様々なことを言われる立場にありました。その度に、何でもない風に笑ってやり過ごすんです。そしてその度に、自分のことが嫌いになる。」

 何故だか、彼女はそれを話しながら笑顔を浮かべていた。でも、その笑顔は良い意味合いのものではないということはすぐに理解出来た。

 ツライという感情を笑顔で押さえつけているように見えた。

「辛いことを思い出させてしまったな……すまない。」

 俺は彼女に謝罪をする。
 すると、彼女は笑顔を消して眉を下げた。それがより一層、彼女を傷つけてしまったのだと自覚させた。

「俺は君の指摘するように、愛されて育ったのだから当然幸せなのだろうと思っていた。今まで、君が傷ついて生きてきたなんて、想像もしていなかった。」

 他人の世界が見えていなかった。

 母の愛を受けずに育ったが、俺は特に不幸だとは思っていなかった。だけど、それを受けた人間は俺以上の幸せを持っているのだろうと勝手に思い込んでいた。

 そうした他人への思い込みから来る偏見を、俺は母から受けてきたというのに。

「私が何も話さなかったのですから、知らなくて当然です。それに、どこにだってある話です。」

 彼女は結局、最後には何でもないという風に締めくくった。
 そこで俺に対して線を一本引いていた。

 これ以上踏み込ませないように。
 それは無意識なのか、意識的なものなのか。

「これからは、俺が君の話をいくらでも聞こう。だから、耐えるのはやめてくれ。もしも、また誰かが君を傷つける言葉を投げかけたなら、俺が君の代わりに怒ろう。」

 俺は彼女の目をジッと見つめて伝える。

 俺は彼女の引いた線を一歩超えて踏み込んだ。そうすべきだと思ったからだ。

 そうしないと、夫婦として何も進んでいかないと感じたから。

「ありがとうございます。何だか少しだけ、心が軽くなった気がします。」

 ティミリアはニコリと笑みを浮かべた。それは本心なのだと感じた。

 彼女がこれから俺を頼ってくれるのかはわからないけれど、少しでも苦しみを取り除けたらいいと思う。

 俺はそろそろ本来やるべきことに戻ろうと立ち上がり、ティミリアに手を差し伸べた。

「散歩を始めようか?」

 ティミリアはゆっくりとこちらに手を伸ばす。俺その手を握り彼女を立たせた。

 そこでジェラルに言われたことを思い出した。まぁ、このまま手を繋いで歩いてみてもいいか、とその手を離さずにいた。彼女も手を離さなかった。

 そのまま中庭を歩いて回る。
 横目でティミリアを見てみると、特に変わりなく平然と歩いていた。

 やはり、手を繋ぐという行為に意味はないではないか。では、何故ジェラルはそれを提案したのだろう。

 戻ってみたら聞いてみるか。

 そう思いながら中庭に咲く花を見つめる。

「ふむ、かなり綺麗に花が咲いているな。」
「アレク様も花を育ててみては如何ですか? 隅の一角にでも好きな花の種を撒くのです。」

 俺がポツリと呟くとティミリアが提案をしてきた。確かに、自分の育てた植物が見事な花を咲かせていたら達成感を得られる気がする。

 なるほど、人々がガーデニングにハマるのはそういった理由があるのかもしれない。

「時間が出来たら試みよう。」

 問題は、いつ時間が取れるかということだ。土いじりが出来るほどの時間の確保が出来るのは随分先になるかもしれない、と俺は少しだけ気を落とした。

 それからしばらく中庭を見てまわり談笑をした。彼女は思っていたよりたくさんのことを話してくれた、殆どは植物についてだが。

 日が暮れ始めて、戻ろうかと屋敷内に入るところでティミリアが声をかけてきた。

「あの、アレク様、そろそろ手を……。」
「あぁ、すまない。」

 屋敷まで手を繋ぐ必要はなかった、と気がつく。

「ティミリア、手を繋ぐことには緊張しただろうか?」

 見ていただけでは気づかなかった心情があるかもしれない、と問いかけてみる。

「え、あ、いえ。」

 返ってきた答えは否定的なものだった。

「やはりな、こんなことで緊張するはずがない。」

 手を繋ぐという行為には、結局特別な感情すらも持たせるものではなかった。では、なぜ人々は手を繋ぐのだろう。

 離れないようにするためか。

 俺には良くわからない、と思いながら足を進める。歩き始めてから、来るときに彼女が息を切らしていたことを思い出した。

 俺はティミリアを気にしながら、歩くスピードに合わせた。

 思っていた以上にかなりの歩幅の小ささにだいぶ無理をさせてしまったと反省した。

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