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III 赫怒-I
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あれから私は、約40分程かけて隣町のスタインフェルド邸まで足を運んだ。
自身の身長を遥かに超える高い柵の前で、明かりの灯った各窓に、順番に視線を走らせていく。
当然、此処からでは彼女達の姿は見えない。抑々、現在この屋敷にマリアとノエルが居る保証など何処にもないのだ。
「――何やってんだ、私……。馬鹿だな」
他でも無い自分自身に向かって呟き、その場にしゃがみ込んで髪をぐしゃぐしゃと乱した。
案の定というべきか、高いヒールの靴を履いている所為で爪先がじわじわと痛みだしていた。靴の上から爪先を摩り、帰り道を案ずる。
こんな場所で貴族の家を物色していては、周囲の人間に怪しまれてしまう。いつまでも屋敷を眺めていたって2人を見つける事は出来ないのだから、潔く諦め借家に帰ろう。そう思い、痛む足に鞭を打ちその場にゆっくりと立ち上がった。
屋敷から離れる事を少々名残惜しく感じながらも、足が痛むからだと自分に言い訳をして普段よりもゆっくりとした足取りで屋敷から離れる。
――私にとって借家は、とても居心地の良い場所では無かった。
幼少期セドリックと共に借りたボロアパートとは違い、内装はそれなりに整っている方だ。与えられた部屋は決して広いとは言えないが、ゆっくりと身体を清められる浴室も完備していて住むには充分すぎる場所である。
しかしそれでも、私にとって居心地が悪いと感じる1つの大きな理由があった。
再び40分掛け戻って来たのは、私が借りている部屋があるアパート。外装は他の建物と変わらないデザインで、白い外壁が印象的だ。
玄関扉の前で深呼吸を繰り返し、扉を大きく開く。
「――た、ただいま、帰りました……」
玄関先で立ち尽くし、灯りの宿ったアパート内に向かって声を掛ける。すると、一番手前の部屋から1人の女性が姿を見せた。
彼女が、このアパートの大家であるシーラ・ガードナー。意匠の少ないボルドーのドレスにオフホワイトのエプロンを身に着け、アクセントに金のブローチが胸元に付けられている。ブラウンの髪は丁寧にシニョンにして纏められていて、如何にも“品のある女性”という風貌だ。
それに比べて私は、淡いブラウンのシャツにボルドーのリボンタイを付け、男性のウェストコートに似たベストを身に纏い髪も無造作に下ろしている。そして極めつけは、派手な印象を抱くであろう赤い紅と香水。シーラとは正反対である。
「――おかえりなさい」
そう静かに告げたシーラは、長い袖先で口元を覆う様に隠した。私を見つめる鋭いチャコールグレーの双眸は、まるで汚らわしい物でも見るかの様だ。
そんな視線を向けてくるシーラが、私は大の苦手だった。
シーラが私を良く思っていない事は分かっている。いつも此処へ帰る度に、気分を害したかの様な顔をして私を睨みつけ、此処へ客人が訪れた際には私の部屋に聞こえる程の大声で私を誹謗する。食事付きの契約の為朝食は此処で摂る事が多いが、わざと冷めきった料理を出された事もあった。
それに、彼女と対面した瞬間、ジリジリと気分の悪い耳鳴りがする。まるで耳の奥が焼け焦げているかの様だ。その音こそが、自身がシーラに嫌われている何よりの証拠だった。
「――お夕飯は?」
そう自身に尋ねるシーラは、露骨に面倒臭そうな表情を浮べた。よく此処まで感情を顔に出せるものだと、感心してしまう程である。
「あ、えっと……外で食べて来たので結構です」
「……そう」
最後に、シーラが私の全身を舐める様に見つめ、踵を返し奥の部屋へと消えていった。
姿が見えなくなり、漸く自身を苛む耳鳴りが止む。
「……ほんと、息が詰まる」
ぽつりと溜息交じりに言葉を漏らし、なるべく音を立てない様にそっと階段の方へと足を向けた。
自身の身長を遥かに超える高い柵の前で、明かりの灯った各窓に、順番に視線を走らせていく。
当然、此処からでは彼女達の姿は見えない。抑々、現在この屋敷にマリアとノエルが居る保証など何処にもないのだ。
「――何やってんだ、私……。馬鹿だな」
他でも無い自分自身に向かって呟き、その場にしゃがみ込んで髪をぐしゃぐしゃと乱した。
案の定というべきか、高いヒールの靴を履いている所為で爪先がじわじわと痛みだしていた。靴の上から爪先を摩り、帰り道を案ずる。
こんな場所で貴族の家を物色していては、周囲の人間に怪しまれてしまう。いつまでも屋敷を眺めていたって2人を見つける事は出来ないのだから、潔く諦め借家に帰ろう。そう思い、痛む足に鞭を打ちその場にゆっくりと立ち上がった。
屋敷から離れる事を少々名残惜しく感じながらも、足が痛むからだと自分に言い訳をして普段よりもゆっくりとした足取りで屋敷から離れる。
――私にとって借家は、とても居心地の良い場所では無かった。
幼少期セドリックと共に借りたボロアパートとは違い、内装はそれなりに整っている方だ。与えられた部屋は決して広いとは言えないが、ゆっくりと身体を清められる浴室も完備していて住むには充分すぎる場所である。
しかしそれでも、私にとって居心地が悪いと感じる1つの大きな理由があった。
再び40分掛け戻って来たのは、私が借りている部屋があるアパート。外装は他の建物と変わらないデザインで、白い外壁が印象的だ。
玄関扉の前で深呼吸を繰り返し、扉を大きく開く。
「――た、ただいま、帰りました……」
玄関先で立ち尽くし、灯りの宿ったアパート内に向かって声を掛ける。すると、一番手前の部屋から1人の女性が姿を見せた。
彼女が、このアパートの大家であるシーラ・ガードナー。意匠の少ないボルドーのドレスにオフホワイトのエプロンを身に着け、アクセントに金のブローチが胸元に付けられている。ブラウンの髪は丁寧にシニョンにして纏められていて、如何にも“品のある女性”という風貌だ。
それに比べて私は、淡いブラウンのシャツにボルドーのリボンタイを付け、男性のウェストコートに似たベストを身に纏い髪も無造作に下ろしている。そして極めつけは、派手な印象を抱くであろう赤い紅と香水。シーラとは正反対である。
「――おかえりなさい」
そう静かに告げたシーラは、長い袖先で口元を覆う様に隠した。私を見つめる鋭いチャコールグレーの双眸は、まるで汚らわしい物でも見るかの様だ。
そんな視線を向けてくるシーラが、私は大の苦手だった。
シーラが私を良く思っていない事は分かっている。いつも此処へ帰る度に、気分を害したかの様な顔をして私を睨みつけ、此処へ客人が訪れた際には私の部屋に聞こえる程の大声で私を誹謗する。食事付きの契約の為朝食は此処で摂る事が多いが、わざと冷めきった料理を出された事もあった。
それに、彼女と対面した瞬間、ジリジリと気分の悪い耳鳴りがする。まるで耳の奥が焼け焦げているかの様だ。その音こそが、自身がシーラに嫌われている何よりの証拠だった。
「――お夕飯は?」
そう自身に尋ねるシーラは、露骨に面倒臭そうな表情を浮べた。よく此処まで感情を顔に出せるものだと、感心してしまう程である。
「あ、えっと……外で食べて来たので結構です」
「……そう」
最後に、シーラが私の全身を舐める様に見つめ、踵を返し奥の部屋へと消えていった。
姿が見えなくなり、漸く自身を苛む耳鳴りが止む。
「……ほんと、息が詰まる」
ぽつりと溜息交じりに言葉を漏らし、なるべく音を立てない様にそっと階段の方へと足を向けた。
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