DachuRa 3rd story -天使と讃えられたのは、悲劇に堕ちた哀れな教唆犯-

白城 由紀菜

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IV 最期の微笑-I

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 職場の一室。此処は、私が約1年間掛けてセドリックに強請り続けた末に手に入れた、私専用の書斎ライブラリーだ。
 壁を覆う様に設置された沢山の棚に、びっしりと詰め込まれた愛読書。部屋は決して広くは無く、壁と本の多さに圧迫感を覚える程ではあるが、私にとっては何よりも落ち着く場所であった。
 
 床にタオルを敷き、借家の自室から回収した濡れた本達を丁寧に並べていく。ある程度水は拭き取ったが、後は自然に任せ乾かすしか方法は無い。今はただ本達がカビてしまわぬ様に祈る事しか出来ず、並べた本の前にしゃがみ込みぱらぱらと濡れたページを捲った。

 シーラが私を嫌うのは、今に始まった事では無い。初めてあのアパートに行った時から、彼女から聞こえる音は妙だった。
 最初こそ、大家とは仲良くなるべきだろうと私なりに彼女と上手く接しようと手を尽くしてきたが、不快な音は増すばかりで結局距離が縮まる事は無かった。
 それは、私と彼女の生活の違いだ。彼女は自身の家を借家として貸し出せる程の身分である。しかし私は、本来下層階級だったものをブローカー業で食い繋ぎ、身分を誤魔化している人間だ。鋭いシーラは、それに気が付いていたのだ。
 そしてまた、彼女は私との服装や生活スタイルの違いにも不信感を抱いている様だった。シーラは品位を最も重要視し、自身が“品が無い”と判断した物は全て自身の視界から排除しようとする癖がある。故に、派手な服装や香水などの化粧品を好み、不規則な生活をしている私を品が無いと判断し、追い出そうとしたのだろう。

 彼女は今日、私に手を上げさせる為にわざと本に水を零した。大家に手を上げる人間には、退去命令が出せるからだ。
 シーラも、よく此処まで徹底出来るものである。他者に嫌がらせをする事が最も品の無い行為だという事に、気が付かないのだろうか。
 自身の膝に手を突いて立ち上がり、窓際にぽつりと置かれたアームソファへ足を向けた。ぼす、と大きな音を立てソファに座り、サイドテーブルに置かれていた読みかけの本を開く。

 ――眠れない夜というのは、実に不快で押し寄せる波の様に不安が広がっていく。そんな私の不安を和らげてくれるのは、本の中の世界だった。
 誰が書いた物か、誰が見た物かだなんてどうだっていい。文字にして描かれた自分以外の人物の人生にのめり込む事で、自分は“普通”の人間になれたのだと錯覚する事が出来た。
 眠る事も、頭を回す事も、人の心を感じ取る事も、する必要が無い。ただ、文字を目で追い、理解し、その人物の人生を生きる。それが私にとって、唯一の救いであり至福の時だった。
 火が付いた様なシーラへの怒りも、文字を目で追う事で次第に収まっていく。セドリックには怒られるかもしれないが、今晩は此処で寝泊まりをしよう。借家には、明日の夜にでも帰ればいい。明日になれば、シーラも少しは落ち着いている筈だ。
 そう思いながら、膝の上に置いた本のページを捲った。

 ◇ ◇ ◇
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