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IV 最期の微笑-II
しおりを挟むカーテンの隙間から、陽の光が差し込む早朝。最後に本のページを捲ったのは、どの位前の事だっただろうか。うとうとと、夢と現実の間を彷徨っているこの時は、安堵とも不安とも呼べない妙な時間だ。そんな私を現実へと引き戻したのは、玄関扉が4度ノックされる音。
慌てて本を閉じ、ややふらつく足で書斎を出る。
こんな早朝に、依頼者だろうか。欠伸をしながら階段を降り、手櫛で髪を整え玄関扉を解錠した。ゆっくりと扉を開き、眩しい光が差す外へと視線を向ける。
「――おはよう、マーシャ」
頭の隅に残った、シーラの嫌がらせを払拭する程の優しい声。その声の主は、私が最も気に掛けていた人物だった。
「マリアちゃん……! お、おはよう。どうしたの、こんな朝早くに……」
「取引の書類、持ってきたの。アンドールさんは居る?」
「うぅん、セディはまだ来てないよ」
少し傷んだ赤毛の髪は丁寧に後頭部で束ねられているが、その所為か暴力の跡である痣が目立つ。いつ見ても、慣れない物だ。思わず手を伸ばし頬の痣を撫でると、マリアがふふ、と悲し気に笑った。
「ごめんなさい、早く来すぎてしまったわね。あの子の居ない部屋は、辛くって……」
彼女の瞳は、赤く腫れている。心を読まずとも、彼女が一晩中泣き腫らした事は直ぐに分かった。
「大丈夫だよ。温かい紅茶淹れるから、セディが来る迄客室で少し話そう?」
「ええ、そうね。ありがとう」
客室へマリアが向かっていくのを尻目に、小走りでキッチンへと向かう。
棚から取り出したのは、昔マリアが教えてくれた銘柄の紅茶だ。少々高価な物で、特別な日に淹れようと大切に保管していた物だが、今日がマリアと会う最後の日になるかもしれないと思うと自然とその茶葉に手が伸びていた。
林檎の絵が描かれたお気に入りのカップとソーサーを取り出し、薔薇の彫刻がされたティースプーンで茶葉を零さない様丁寧にポットに入れる。紅茶に目が無い私にとって、紅茶を淹れる時は非常に心が安らぐ時間だった。しかし今は、客室にマリアを待たせている。
少しでも早く、マリアから話を聞きたい。そんな思いが先走り、急ぐ様にポットに湯を注ぐ。
キッチンに置いていた小さな砂時計をひっくり返し、食入る様に落ちていく砂を見つめた。
早く、と急かした所で、時間の進みは変わらない。しかし、それでも心の中では砂が早く落ちる様にと焦ってしまう。
3分が経ち、砂が全て落ち切ったのを確認してから紅茶をカップへと注ぐ。心を奪われてしまいそうな程美しい色合いの紅茶に、急ぐ気持ちが和らぐ様な香り。一頻りそれを堪能した後、カップとシュガーポット、そしてトング、ミルクピッチャーをトレーに乗せ足早にキッチンを後にした。
――丁度、玄関扉の前を通りかかった時。扉の向こう側に人の気配を感じ、思わず足を止めた。
依頼者だったとしたら、現在客室は埋まっている上私1人しか居ない為、引き取って貰う他無い。ドアノッカーが叩かれるかと思い暫く玄関扉を見つめていると、予想を裏切る様に鍵が解錠された。そしてやや強めに、扉が開かれる。
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