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IV 最期の微笑-III
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その瞬間、心の中にもやもやとした黒い感情が湧き立った。それを言葉にするのは難しい。怒りとは違うが、タイミングの悪さに少々苛立つ様な、将又残念に思い泣きたくなる様な、そんな感情だ。
顔を見せたのは、幼馴染兼同僚のセドリックだった。朝が弱く寝起きが悪い私が言えた事では無いが、彼がこんな早朝に此処に来る事は非常に珍しい。
「――あれ、セディ?」
胸の中の黒い感情を隠し彼に声を掛けると、彼の肩がびくりと揺れた。そしてやや複雑な表情を浮べ私と視線を合わせる。
「珍しいね、こんな朝早くに」
「……まぁ、ちょっと」
曖昧に誤魔化し、私からふいと顔を逸らしてしまった彼の姿に、ジリジリと耳の奥で小さな音が聞こえた。現在私の意識が客室に居るマリアにしか向いていなかった為、明確なものを感じ取る事は出来なかったが、彼は何か私に隠し事、もしくは言わなくてはならない事がある様だ。マリアが此処を去った後、彼と会話をする場を設ける必要があるだろう。
「――客人か?」
私の手に持ったトレーを見て、彼がぽつりと呟く様に言った。
「……うん。マリアちゃんが来てるよ」
その言葉で意識が引き戻され、再び心の中にもやもやと黒い感情が広がる。しかし、これ以上彼に“我儘”は言えない。マリアとの会話の時間が欲しいと言って、取引を長引かせる訳にもいかなかった。
それに、マリアは此処へ来た時他でも無いセドリックを探していた。マリアの為にも、此処はセドリックに客室に行かせるべきだ。
「セディのお客さんだから、早く行ってあげて」
紅茶を乗せたトレーを、彼に差し出す。
「別にこっちは急ぎじゃない。少し、話をしてきても構わないが」
「うぅん、いいの。セディは良くても、きっとマリアちゃんが良くないと思うから」
セドリックは、人に関心が無く少々薄情な人間である。しかし幼馴染だからか、私には時々こういった優しさを見せてくれる事があった。尚、本人は無自覚の様だが。
だが今は、その優しさが欲しい訳では無い。情けで時間を作って貰っても、複雑な気持ちを抱くだけだ。
受け取る事を急かす様に、手に持ったトレーを揺らす。その拍子に、ティーカップに注がれた色の良い紅茶が波打った。
「お前がそれで後悔しないなら」
「後悔なんてしないよ。マリアちゃんとはずっと友達だから。他の依頼者と違って、またいつでも会えるから」
黙らせる様に、静かに目を細め彼の瞳を見つめる。
今の言葉は真実か、それともただの願望か。
そう問われれば、答えは迷いなく出てくる。限りなく、願望に近い言葉だ。
マリアとはずっと、永遠に友人である事には変わりない。彼女を、忘れたりはしない。
しかし、随分と前から伝わってきていたマリアの死の切願に、いつでも会える関係ではなくなってしまう事を覚っていた。
「……そうか」
そう一言呟いたセドリックが、私からトレーを受け取った。マリアに次が無いという事を、セドリック自身も気が付いている様だった。だがそれも、無理もない。
マリアの現状を知って、次があると思う人間は少ないだろう。
「マリアちゃんの事、お願いね」
客室へ向かっていくセドリックの背に言葉を投げかけ、小さく溜息を吐いた。ホールに1人取り残され、再び静寂が訪れる。ぼんやりと客室の扉を見つめながら、何も考えられない頭を抱えその場に立ち尽くしていた。
顔を見せたのは、幼馴染兼同僚のセドリックだった。朝が弱く寝起きが悪い私が言えた事では無いが、彼がこんな早朝に此処に来る事は非常に珍しい。
「――あれ、セディ?」
胸の中の黒い感情を隠し彼に声を掛けると、彼の肩がびくりと揺れた。そしてやや複雑な表情を浮べ私と視線を合わせる。
「珍しいね、こんな朝早くに」
「……まぁ、ちょっと」
曖昧に誤魔化し、私からふいと顔を逸らしてしまった彼の姿に、ジリジリと耳の奥で小さな音が聞こえた。現在私の意識が客室に居るマリアにしか向いていなかった為、明確なものを感じ取る事は出来なかったが、彼は何か私に隠し事、もしくは言わなくてはならない事がある様だ。マリアが此処を去った後、彼と会話をする場を設ける必要があるだろう。
「――客人か?」
私の手に持ったトレーを見て、彼がぽつりと呟く様に言った。
「……うん。マリアちゃんが来てるよ」
その言葉で意識が引き戻され、再び心の中にもやもやと黒い感情が広がる。しかし、これ以上彼に“我儘”は言えない。マリアとの会話の時間が欲しいと言って、取引を長引かせる訳にもいかなかった。
それに、マリアは此処へ来た時他でも無いセドリックを探していた。マリアの為にも、此処はセドリックに客室に行かせるべきだ。
「セディのお客さんだから、早く行ってあげて」
紅茶を乗せたトレーを、彼に差し出す。
「別にこっちは急ぎじゃない。少し、話をしてきても構わないが」
「うぅん、いいの。セディは良くても、きっとマリアちゃんが良くないと思うから」
セドリックは、人に関心が無く少々薄情な人間である。しかし幼馴染だからか、私には時々こういった優しさを見せてくれる事があった。尚、本人は無自覚の様だが。
だが今は、その優しさが欲しい訳では無い。情けで時間を作って貰っても、複雑な気持ちを抱くだけだ。
受け取る事を急かす様に、手に持ったトレーを揺らす。その拍子に、ティーカップに注がれた色の良い紅茶が波打った。
「お前がそれで後悔しないなら」
「後悔なんてしないよ。マリアちゃんとはずっと友達だから。他の依頼者と違って、またいつでも会えるから」
黙らせる様に、静かに目を細め彼の瞳を見つめる。
今の言葉は真実か、それともただの願望か。
そう問われれば、答えは迷いなく出てくる。限りなく、願望に近い言葉だ。
マリアとはずっと、永遠に友人である事には変わりない。彼女を、忘れたりはしない。
しかし、随分と前から伝わってきていたマリアの死の切願に、いつでも会える関係ではなくなってしまう事を覚っていた。
「……そうか」
そう一言呟いたセドリックが、私からトレーを受け取った。マリアに次が無いという事を、セドリック自身も気が付いている様だった。だがそれも、無理もない。
マリアの現状を知って、次があると思う人間は少ないだろう。
「マリアちゃんの事、お願いね」
客室へ向かっていくセドリックの背に言葉を投げかけ、小さく溜息を吐いた。ホールに1人取り残され、再び静寂が訪れる。ぼんやりと客室の扉を見つめながら、何も考えられない頭を抱えその場に立ち尽くしていた。
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