DachuRa 3rd story -天使と讃えられたのは、悲劇に堕ちた哀れな教唆犯-

白城 由紀菜

文字の大きさ
9 / 222

IV 最期の微笑-IV

しおりを挟む
 身体が動いたのは、セドリックが客室に入り約3分程が経過した頃。なんと無しに足を向けた客室の前で立ち止まり、額を扉に付けた。
 マリアが恋しく、つい客室の前まで来てしまったが、会話を盗み聞きするのはやや気が引ける。それでも、マリアの声を少しでも聴いていたい。扉の向こうから聞こえる2人の声に耳を傾け、瞳を閉じた。

 人の心が読める事と関係があるのか無いのか、私は人並み以上に耳が良い。
 普通では聞こえる筈が無い扉の向こうの声ですら、私の耳にははっきりとした音で届く。
 セドリックには地獄耳だと幼少期から言われ続けていたが、今だけは耳が良くて良かったと心底思った。

 ――扉の前で耳を傾ける事約10分。久しく聞いたマリアの明るい声に、安堵に似た、切なさに似た感情が胸に広がる。
 しかし感じたのはそれだけでは無い。聞こえて来た、“女性”、“奥様”、“妻”などの単語。話を聞くに、どうやら昨晩のパーティーの帰り、セドリックは女性を連れて街を歩いていたらしい。
 極度の女性嫌いであるセドリックが女を連れて歩くなど、珍しいなんて言葉では言い表せない。しかしマリアの口振りからするに、それは事実なのだろう。それに、セドリックがその女性の事を“妻か”と問われて否定を示さなかった。
 もしかすると、先程セドリックから感じた“私に言わなくてはならない事”がその女性の事なのかもしれない。これは後で、しっかりと彼から読み取る、もしくは問い詰める必要がありそうだ。

 そんな事を考えているうちにいつの間にか会話は終わっていた様で、扉の向こう側にマリアの気配を感じた。早く此処から退かなければ、盗み聞きしていた事がバレてしまう。そんな考えも虚しく、何も出来ぬまま客室の扉が開いた。
 2人分の視線を浴び、何も言い訳が思い浮かばず苦笑いを浮かべ1歩、2歩と後退る。

「マリアちゃん、もう帰るの?」

「ええ、色々ありがとうね、マーシャ」

「いつでも遊びに来てね。また、話も聞くから」

 彼女が私を暫し見つめ、切なげに笑った。彼女から伝わる死の切望は、未だ消えていない。寧ろ、その願いは強くなっている様に感じる。
 
 マリアは去り際、私とセドリックを交互に見つめ悲し気に微笑んだ。これが最後になる、そう分かり切っているのに何も出来ない絶望感と、自身の無力さ。しかし、死を願う人物を止めるのは、止めた人間のエゴでしかない。私はマリアの苦しみを、たった1つだって肩代わりする事は出来ない。ただ手を握って、話を聞く事しか出来ない。
 それに、彼女に子を手放せと残酷な提案をしたのは私だ。私に彼女を止める資格など無い。

「――マリアちゃんね、何度も死のうとしてたみたいなの」

 重い沈黙が苦しく、喉奥から言葉を絞る。

「まぁ、何となく察しは付くけどな」

 そう言ったセドリックは、私の隣でただマリアが去った後の扉を眺めていた。

「……いつでも遊びに来て、なんて言ったけど、マリアちゃんもう此処には来ないよ」

 そんなセドリックに、更に言葉を続ける。

「――何度止めてもリストカット繰り返すマリアちゃん見て、なんかもう、それ以上止められなくなっちゃって」

「友達だったんじゃないのか」

「友達だよ。友達だからだよ。だって自殺を止めるのは、止めた人間のエゴでしょ? 死のうとするって、よっぽどの事だと思うの。もうこれ以上生きていても何にもならない……これ以上生きてるのがつらいって思ったって事だよ。それを無理矢理止めて、死ぬ事は悪い事だって言ったとしても、その人の心は救われないし、寧ろ苦しめるだけだと……思ってさ……」

 彼に、こんな話をした事は過去一度も無かった。きっと、彼から伝わるマリアへの僅かな情に、甘えてしまったのだと思う。最も苦しいのはマリアであり、彼女だけがその苦しみを嘆く事が許される。彼女を更に苦しめた私が、苦しいなんて言って良い訳が無い。
 だが幼馴染だからか、彼は少々の弱音を吐く事を許してくれる気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...