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IV 最期の微笑-IV
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身体が動いたのは、セドリックが客室に入り約3分程が経過した頃。なんと無しに足を向けた客室の前で立ち止まり、額を扉に付けた。
マリアが恋しく、つい客室の前まで来てしまったが、会話を盗み聞きするのはやや気が引ける。それでも、マリアの声を少しでも聴いていたい。扉の向こうから聞こえる2人の声に耳を傾け、瞳を閉じた。
人の心が読める事と関係があるのか無いのか、私は人並み以上に耳が良い。
普通では聞こえる筈が無い扉の向こうの声ですら、私の耳にははっきりとした音で届く。
セドリックには地獄耳だと幼少期から言われ続けていたが、今だけは耳が良くて良かったと心底思った。
――扉の前で耳を傾ける事約10分。久しく聞いたマリアの明るい声に、安堵に似た、切なさに似た感情が胸に広がる。
しかし感じたのはそれだけでは無い。聞こえて来た、“女性”、“奥様”、“妻”などの単語。話を聞くに、どうやら昨晩のパーティーの帰り、セドリックは女性を連れて街を歩いていたらしい。
極度の女性嫌いであるセドリックが女を連れて歩くなど、珍しいなんて言葉では言い表せない。しかしマリアの口振りからするに、それは事実なのだろう。それに、セドリックがその女性の事を“妻か”と問われて否定を示さなかった。
もしかすると、先程セドリックから感じた“私に言わなくてはならない事”がその女性の事なのかもしれない。これは後で、しっかりと彼から読み取る、もしくは問い詰める必要がありそうだ。
そんな事を考えているうちにいつの間にか会話は終わっていた様で、扉の向こう側にマリアの気配を感じた。早く此処から退かなければ、盗み聞きしていた事がバレてしまう。そんな考えも虚しく、何も出来ぬまま客室の扉が開いた。
2人分の視線を浴び、何も言い訳が思い浮かばず苦笑いを浮かべ1歩、2歩と後退る。
「マリアちゃん、もう帰るの?」
「ええ、色々ありがとうね、マーシャ」
「いつでも遊びに来てね。また、話も聞くから」
彼女が私を暫し見つめ、切なげに笑った。彼女から伝わる死の切望は、未だ消えていない。寧ろ、その願いは強くなっている様に感じる。
マリアは去り際、私とセドリックを交互に見つめ悲し気に微笑んだ。これが最後になる、そう分かり切っているのに何も出来ない絶望感と、自身の無力さ。しかし、死を願う人物を止めるのは、止めた人間のエゴでしかない。私はマリアの苦しみを、たった1つだって肩代わりする事は出来ない。ただ手を握って、話を聞く事しか出来ない。
それに、彼女に子を手放せと残酷な提案をしたのは私だ。私に彼女を止める資格など無い。
「――マリアちゃんね、何度も死のうとしてたみたいなの」
重い沈黙が苦しく、喉奥から言葉を絞る。
「まぁ、何となく察しは付くけどな」
そう言ったセドリックは、私の隣でただマリアが去った後の扉を眺めていた。
「……いつでも遊びに来て、なんて言ったけど、マリアちゃんもう此処には来ないよ」
そんなセドリックに、更に言葉を続ける。
「――何度止めてもリストカット繰り返すマリアちゃん見て、なんかもう、それ以上止められなくなっちゃって」
「友達だったんじゃないのか」
「友達だよ。友達だからだよ。だって自殺を止めるのは、止めた人間のエゴでしょ? 死のうとするって、よっぽどの事だと思うの。もうこれ以上生きていても何にもならない……これ以上生きてるのがつらいって思ったって事だよ。それを無理矢理止めて、死ぬ事は悪い事だって言ったとしても、その人の心は救われないし、寧ろ苦しめるだけだと……思ってさ……」
彼に、こんな話をした事は過去一度も無かった。きっと、彼から伝わるマリアへの僅かな情に、甘えてしまったのだと思う。最も苦しいのはマリアであり、彼女だけがその苦しみを嘆く事が許される。彼女を更に苦しめた私が、苦しいなんて言って良い訳が無い。
だが幼馴染だからか、彼は少々の弱音を吐く事を許してくれる気がした。
マリアが恋しく、つい客室の前まで来てしまったが、会話を盗み聞きするのはやや気が引ける。それでも、マリアの声を少しでも聴いていたい。扉の向こうから聞こえる2人の声に耳を傾け、瞳を閉じた。
人の心が読める事と関係があるのか無いのか、私は人並み以上に耳が良い。
普通では聞こえる筈が無い扉の向こうの声ですら、私の耳にははっきりとした音で届く。
セドリックには地獄耳だと幼少期から言われ続けていたが、今だけは耳が良くて良かったと心底思った。
――扉の前で耳を傾ける事約10分。久しく聞いたマリアの明るい声に、安堵に似た、切なさに似た感情が胸に広がる。
しかし感じたのはそれだけでは無い。聞こえて来た、“女性”、“奥様”、“妻”などの単語。話を聞くに、どうやら昨晩のパーティーの帰り、セドリックは女性を連れて街を歩いていたらしい。
極度の女性嫌いであるセドリックが女を連れて歩くなど、珍しいなんて言葉では言い表せない。しかしマリアの口振りからするに、それは事実なのだろう。それに、セドリックがその女性の事を“妻か”と問われて否定を示さなかった。
もしかすると、先程セドリックから感じた“私に言わなくてはならない事”がその女性の事なのかもしれない。これは後で、しっかりと彼から読み取る、もしくは問い詰める必要がありそうだ。
そんな事を考えているうちにいつの間にか会話は終わっていた様で、扉の向こう側にマリアの気配を感じた。早く此処から退かなければ、盗み聞きしていた事がバレてしまう。そんな考えも虚しく、何も出来ぬまま客室の扉が開いた。
2人分の視線を浴び、何も言い訳が思い浮かばず苦笑いを浮かべ1歩、2歩と後退る。
「マリアちゃん、もう帰るの?」
「ええ、色々ありがとうね、マーシャ」
「いつでも遊びに来てね。また、話も聞くから」
彼女が私を暫し見つめ、切なげに笑った。彼女から伝わる死の切望は、未だ消えていない。寧ろ、その願いは強くなっている様に感じる。
マリアは去り際、私とセドリックを交互に見つめ悲し気に微笑んだ。これが最後になる、そう分かり切っているのに何も出来ない絶望感と、自身の無力さ。しかし、死を願う人物を止めるのは、止めた人間のエゴでしかない。私はマリアの苦しみを、たった1つだって肩代わりする事は出来ない。ただ手を握って、話を聞く事しか出来ない。
それに、彼女に子を手放せと残酷な提案をしたのは私だ。私に彼女を止める資格など無い。
「――マリアちゃんね、何度も死のうとしてたみたいなの」
重い沈黙が苦しく、喉奥から言葉を絞る。
「まぁ、何となく察しは付くけどな」
そう言ったセドリックは、私の隣でただマリアが去った後の扉を眺めていた。
「……いつでも遊びに来て、なんて言ったけど、マリアちゃんもう此処には来ないよ」
そんなセドリックに、更に言葉を続ける。
「――何度止めてもリストカット繰り返すマリアちゃん見て、なんかもう、それ以上止められなくなっちゃって」
「友達だったんじゃないのか」
「友達だよ。友達だからだよ。だって自殺を止めるのは、止めた人間のエゴでしょ? 死のうとするって、よっぽどの事だと思うの。もうこれ以上生きていても何にもならない……これ以上生きてるのがつらいって思ったって事だよ。それを無理矢理止めて、死ぬ事は悪い事だって言ったとしても、その人の心は救われないし、寧ろ苦しめるだけだと……思ってさ……」
彼に、こんな話をした事は過去一度も無かった。きっと、彼から伝わるマリアへの僅かな情に、甘えてしまったのだと思う。最も苦しいのはマリアであり、彼女だけがその苦しみを嘆く事が許される。彼女を更に苦しめた私が、苦しいなんて言って良い訳が無い。
だが幼馴染だからか、彼は少々の弱音を吐く事を許してくれる気がした。
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