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XXIX 非日常-I
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のんびりと街を歩きながら、雲の多い空を見上げる。今日は比較的天気が良い方なのだろうが、灰色掛かった雲で青空は覆い尽くされ、陽の光も遮られている所為か、心地よいとはあまり思えない。
過ごしやすい気候ではあるが、いまいちパッとする事が無く、退屈である。
ここ最近、変わった事が何も無い。
毎日似たり寄ったりな件数の依頼と、相変わらず傲慢で高圧的な貴族様。手元に入ってくる金に変動も無く、シーラとの仲も悪いままだ。同じ日を繰り返している様な錯覚に陥る程、退屈な日々。天気や気候すらも、殆ど変わらない様に思える。
何か、非日常的な事が起こったりしないだろうか。不謹慎ではあるが、悪い貴族ばかりを狙った連続殺人、強盗、誘拐等。悪い輩に絡まれて、街の人達を守りながら戦闘――は、流石に夢を見過ぎだ。子供じゃないんだから、と自身を叱責し、両の頬をパチンと叩く。
細かな事は、何だっていい。ただ今は心から、非日常であり、非現実的な事を望んでいた。
――そういえば、数日後にセドリックとエルは結婚記念日を迎えるのでは無かったか。正確な日付は覚えていないが、この前エルがもうすぐ結婚して1年になると嬉しそうに話していた事を思い出す。
彼等にとって、その日は特別な日。家族同然のセドリックと、妹の様な存在であるエルの特別な日を、私も一緒に祝福してやりたい。だが、結婚記念日はあくまで夫婦のものだ。部外者が首を突っ込める事柄ではない。
「つまんないなぁ」
空を飛ぶ鳥を眺めながら、診療所までの道のりをだらだらと歩く。
最近では毎日、診療所に入り浸っている。それも、仕事を少々サボってまで。この前マクファーデンが女患者に言っていた“想い人”とは誰か、それが気になって仕方が無かった。何度も彼に問うてみるが、彼は頑なに教えてくれない。彼の心が読めないだけに特定も難しく、最早知る術無し、といった所だ。
長い溜息を吐き、空から視線を外した。
「――あっ」
丁度、顔を前に戻した時。人の姿が見えたと思った瞬間、身体に強い衝撃が走った。バランスを崩す前に何とか立て直し、ぶつかった人に視線を向ける。
「すみません、前見ていなくて――」
そこまで言葉を発したところで、その人物の正体に気付く。そして一瞬にして、背筋が凍り付いた。
「――久しぶりだね、マーシャ」
毛先に向かって少々赤み掛かった癖のあるブロンド髪に、カーディナルレッドの瞳。もう10年以上も経つというのに、あれから殆どと言って良い程に容貌が変わっていない。
「あ、あんた……! なんで此処に……!」
目の前の女は他でも無い、幼少期に私を捨てた実の母親だ。彼女は私を捨てた数ヶ月後、男を作り別の街に引っ越した筈だ。故に、それから彼女と会うどころか、姿を見かける事もなかった。
――だと、言うのに。
「久しぶりに母親に会えて、嬉しくないのか。此処は普通、会いたかったと泣いて喜ぶ所だろう。お前が望むなら、ハグの1つ位してやってもいい」
「誰がお前なんかに会いたいと思うか! 顔すら見たくなかった!」
「怒ると毛を逆立てた猫みたいになる所も、子供の頃と変わらないね。父親に似たその“目”の事もあってか、本当に猫の様だ」
彼女が長い爪の先で、私の瞳を指す。
「目……? 何の事」
「“あの人”も、お前と同じ縦長の瞳孔をしてた。本当に猫みたいな目をしていて、それが好きだったんだがね」
「そんなに猫が好きなら、猫とでも結婚したら。ほら、ロンドンって野良猫多いし」
皮肉を込めてそう言うと、彼女が「お前も言う様になったねぇ」と零しながら不気味にくつくつと笑った。
「私、あんたに用事無いから。もう二度と私の前に現れないで」
早々に彼女の顔から視線を外し、踵を返す。
こんな女と最悪の再会をする位ならば、職場で大人しくしていれば良かった。仕事をサボり、診療所に入り浸っていた罰だろうか。
過ごしやすい気候ではあるが、いまいちパッとする事が無く、退屈である。
ここ最近、変わった事が何も無い。
毎日似たり寄ったりな件数の依頼と、相変わらず傲慢で高圧的な貴族様。手元に入ってくる金に変動も無く、シーラとの仲も悪いままだ。同じ日を繰り返している様な錯覚に陥る程、退屈な日々。天気や気候すらも、殆ど変わらない様に思える。
何か、非日常的な事が起こったりしないだろうか。不謹慎ではあるが、悪い貴族ばかりを狙った連続殺人、強盗、誘拐等。悪い輩に絡まれて、街の人達を守りながら戦闘――は、流石に夢を見過ぎだ。子供じゃないんだから、と自身を叱責し、両の頬をパチンと叩く。
細かな事は、何だっていい。ただ今は心から、非日常であり、非現実的な事を望んでいた。
――そういえば、数日後にセドリックとエルは結婚記念日を迎えるのでは無かったか。正確な日付は覚えていないが、この前エルがもうすぐ結婚して1年になると嬉しそうに話していた事を思い出す。
彼等にとって、その日は特別な日。家族同然のセドリックと、妹の様な存在であるエルの特別な日を、私も一緒に祝福してやりたい。だが、結婚記念日はあくまで夫婦のものだ。部外者が首を突っ込める事柄ではない。
「つまんないなぁ」
空を飛ぶ鳥を眺めながら、診療所までの道のりをだらだらと歩く。
最近では毎日、診療所に入り浸っている。それも、仕事を少々サボってまで。この前マクファーデンが女患者に言っていた“想い人”とは誰か、それが気になって仕方が無かった。何度も彼に問うてみるが、彼は頑なに教えてくれない。彼の心が読めないだけに特定も難しく、最早知る術無し、といった所だ。
長い溜息を吐き、空から視線を外した。
「――あっ」
丁度、顔を前に戻した時。人の姿が見えたと思った瞬間、身体に強い衝撃が走った。バランスを崩す前に何とか立て直し、ぶつかった人に視線を向ける。
「すみません、前見ていなくて――」
そこまで言葉を発したところで、その人物の正体に気付く。そして一瞬にして、背筋が凍り付いた。
「――久しぶりだね、マーシャ」
毛先に向かって少々赤み掛かった癖のあるブロンド髪に、カーディナルレッドの瞳。もう10年以上も経つというのに、あれから殆どと言って良い程に容貌が変わっていない。
「あ、あんた……! なんで此処に……!」
目の前の女は他でも無い、幼少期に私を捨てた実の母親だ。彼女は私を捨てた数ヶ月後、男を作り別の街に引っ越した筈だ。故に、それから彼女と会うどころか、姿を見かける事もなかった。
――だと、言うのに。
「久しぶりに母親に会えて、嬉しくないのか。此処は普通、会いたかったと泣いて喜ぶ所だろう。お前が望むなら、ハグの1つ位してやってもいい」
「誰がお前なんかに会いたいと思うか! 顔すら見たくなかった!」
「怒ると毛を逆立てた猫みたいになる所も、子供の頃と変わらないね。父親に似たその“目”の事もあってか、本当に猫の様だ」
彼女が長い爪の先で、私の瞳を指す。
「目……? 何の事」
「“あの人”も、お前と同じ縦長の瞳孔をしてた。本当に猫みたいな目をしていて、それが好きだったんだがね」
「そんなに猫が好きなら、猫とでも結婚したら。ほら、ロンドンって野良猫多いし」
皮肉を込めてそう言うと、彼女が「お前も言う様になったねぇ」と零しながら不気味にくつくつと笑った。
「私、あんたに用事無いから。もう二度と私の前に現れないで」
早々に彼女の顔から視線を外し、踵を返す。
こんな女と最悪の再会をする位ならば、職場で大人しくしていれば良かった。仕事をサボり、診療所に入り浸っていた罰だろうか。
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