DachuRa 3rd story -天使と讃えられたのは、悲劇に堕ちた哀れな教唆犯-

白城 由紀菜

文字の大きさ
93 / 222

XXIX 非日常-II

しおりを挟む

「――ちょっと待ちな」

 彼女の声に呼び止められ、渋々振り返る。
 その声を、無視してしまっても良かった。振り返る必要性も、義理も無い。しかし何故だか彼女から妙な音が聞こえてきて、無視したら大変な事が起こると、そんな予感がした。

「お前、随分と良い服を着てるね。あの頃の孤児だとは思えないよ」

「……」

「その様子だと、金もそれなりに持ってるんだろう」

「……あんたには関係ない」

 彼女の顔を見ていると、嫌でも伝わってくる。彼女が私に、何を求めているのか。
 しかし彼女は、何故だかその要求をはっきりとは口にしなかった。

「お前がよく一緒に居た、あの黒髪の男。えらく顔が整っていると思っていたが、随分と良い男に育ったね」

「!」

「可愛い可愛い奥さんを貰った様だ。淑やかで愛嬌があって、それに美人だ。あれ程の女はそうそう居ない。……ああいう女は、良い値が付く」

「ちょっと……!」

「世の中には、玩具を欲しがっている変態貴族が多いんだよ。深夜0時開催の、闇オークション。お前も知っているだろう」

「そ、それは……」

 『深夜0時開催の、闇オークション』
 その言葉は、確かに聞いた事があった。
 今でも良く思い出す事が出来る。ノエルが、借金取りに競売に掛けると言われた時の事だ。マリアの口から、その言葉を聞いた。

「何で……!? 何でセディ達の事知ってるの……!?」

 彼女が口角を上げ、にたりと不気味な笑みを浮かべる。

「闇オークションに顔が利く奴らと、ちょいと面識があってね。普段は借金の取り立てをやってる奴らだ。この街の事なら、何でも知ってる。そいつらを頼れば、お前を探すのも簡単だったよ。……あぁ、でも、此処まで懇切丁寧に説明してやらなくても、お前は人の心が読めるんだったね」

 ビリビリとした、耳奥が痺れる様な不快な感覚に顔を歪める。
 闇オークションに顔が利く奴ら。借金の取り立て。この街の事なら、何でも知ってる。
 頭に浮かぶのは、マリアを痛めつけていた借金取り。顔はもう覚えていないが、恐らく彼等と同じ人種だろう。
 この女が、何故そんな反社会的とも呼べる裏の人間と通じているのかは分からない。しかし、私を強請ゆする為の情報が欲しかったのは確かだ。
 
「……あんた、金に困ってる様には見えないんだけど」

 彼女が身に纏っているのは、上質とも劣悪とも言い難いドレス。しかしやや派手で、心成しか街の人間が身に纏っているドレスよりも上質な物に見える。

「私の男がギャンブル依存の嫌いがあってね。悪い所から借金をしてる様なんだ」

 その言葉に、彼女が何故裏の人間と通じていたのかが分かった。彼女は世渡りが上手い。きっとマリアの様に暴力を振るわれる事無く、言葉を巧みに使って借金取りを追い返しているのだろう。
 ――いや、違う。彼女の事だ。借金取りに自身の身体を売って、思う様に借金取りを動かした可能性が高い。父と居た時こそそんな事はしなかったが、彼女は自身の利益の為であれば簡単に身体を売る様な女だ。借金取りと体の関係を結び、借金の返済を上手く躱しているのかもしれない。

「――そんな男、捨てればいいだけの話でしょ。なんなら、借金取りと上手く付き合えば豪遊でも出来るんじゃない?」

「……」

 彼女の顔に浮かんでいた笑みが、ふと消える。その瞬間、とっくの昔に忘れていた“恐怖”が蘇り自身を襲った。
 パシン、と乾いた音が響く。じわりと痛む頬、傾いた視界。

「私から“あの人”を奪っておいて、よくもそんな事が言えるね」

 ――あぁ、また。
 あれから10年以上も経っているというのに、もう忘れた筈なのに、また私はこの女に殴られたのか。鈍い頭が漸く、その事実を理解する。
 彼女の手の動きは、驚く程遅かった。今の私なら、平手を避けるだけでなく、彼女を羽交い絞めにして拘束する事だって容易く出来た筈だ。その為に、身体能力を上げたのだから。

 なのに、私は平手を受けると分かっていながらも動けなかった。それは何故か。
 恐怖に支配されていたからだ。
 この歳になってもまだ、母親に殴られ続けた過去が私の心を苛んでいるからだ。
 セドリックにあれだけ過去の話をしておいて、あれだけ諭しておいて、自身は未だ恐怖心を抱いているだなんて笑ってしまう。

「――幾ら、必要なの」

 なんて、馬鹿なんだろう。
 これでは、彼女に“殴れば従う”と教えてしまった様なものだ。

「話が早くて助かるよ」

 上機嫌な彼女が、今の私に“決して払えない額ではない”金額を提示した。
 じわりと痛む頬を押さえ、今にも零れそうな涙を必死に堪えながら震える唇で言葉を紡ぐ。

「今は、持ち合わせがない。今日の18時に、橋のたもとで待ってて」

「ああ、分かった」

 それだけ言うと、彼女は私になんの関心も示す事無く街の方へと消えていった。その後ろ姿を眺めながら、張り裂けそうな程痛い胸を押さえぼんやりと鈍った頭を回す。
 私は今の今迄、最も大切な事を忘れていた。日常こそが最大の幸福であり、非日常程恐ろしいものはない、という事を。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...