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XXX 本-I
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「ねぇ、先生の想い人って誰?」
「……またその話ですか」
普段通りの診療所にて、デスクに向かう彼――エドワード・マクファーデンの背中に伸し掛かりながら溜息を漏らす。
もう何度、この問いを投げ掛けた事だろう。
あの時、女患者に言っていた“想い人”。それを、なんとか知る方法は無いかと摸索してはいたものの、やはり方法は無さそうだ。
しかし、何処かで運よく知る事が出来るのではないかと期待が捨てきれず、こうして答えが分かっていながらも問うてしまう。
「――あの、最近やたら距離が近くないですかね」
「重いって言いたいの?」
「いえ、そうでは無く」
彼の背に伸し掛かったまま首にしがみつき、浮かせた両足をバタつかせると彼が苦しげな声を漏らした。
「こういう事、幼馴染さんにもしていらっしゃるんですか?」
「セディ? セディにこんな事したら殺されかねないよ」
「では、別の男性には?」
「まともな人相手にこんな事する訳ないじゃん。何言ってんの」
「心外なんですが」
彼がふいに、此方に顔を向ける。彼の首に腕を回していた為に触れそうな程顔が近づき、思わず回していた腕を緩めてしまった。
頭を埋め尽くすのは、間近で見た彼の顔。バランスを崩し、彼の背から滑り落ちていく自身の身体にまで頭が回らず、ドサ、と大きな音を立てて床に尻餅をつく。
「いった……」
「何やってるんですか」
椅子から立ち上がった彼が、呆れた顔で此方に手を差し出す。しかし、彼の瞳が何処か一点を見つめた後、困惑した様に私から視線を外した。
「マーシャ、あの、申し上げ難いのですが……下着が見えています」
「え」
自身の足に視線を向けると、踝丈のロングスカートが膝上まで捲れ上がっていた。素足を晒すどころか、ドロワーズまで見えてしまっている。
「あぁ! ご、ごめん! み、見苦しいものを」
慌ててスカートを整え、彼の手を借りずその場に立ち上がる。
「いえ、見苦しくは無いのですが……少々罪悪感を抱きますね……」
「今見た物は忘れて! 事故だから! 罪悪感とか抱かなくていいから!」
彼の背を押し、無理矢理デスクに座らせる。そして彼の背中から数歩離れ、スカートをぎゅっと両手で掴んだ。
込み上げる羞恥と自己嫌悪。女性として、恥ずべき事をしてしまった。――抑々、彼の背中に伸し掛かっていた事が既に恥ずべき事ではあるのだが。
彼にはしたない女だと、品のない女だと思われたかもしれない。それは今更な気もするが、それでも醜態を晒してしまった羞恥は簡単には拭えそうに無かった。
「あの、マーシャ」
此方に背を向けたままの彼が、躊躇いがちに私の名を呼ぶ。
「其方を向いても、良いですか」
何処か緊張感のある声音に疑問を抱きつつ、ぎこちなくも「どうぞ」と小さく返答した。
椅子を引き、身体ごと此方に向いた彼が私の顔を見つめる。
「――何か、ありましたか?」
「え?」
「僕の気の所為であって欲しいのですが、今日の貴女は顔色が優れない様で、それに少し普段と違います」
「……そ、そうかな」
「ええ、毎日付けていた紅も、今日は引いていないようですし」
「……」
彼が血色が良いと褒めてくれた紅。マクファーデンから褒めて貰えた事もあり大切にしていた物だが、今朝お金に変えてしまった。
昨晩の18時、母親だったあの女に金を渡した所為で、生活が不安定になる事は目に見えていた。仕事を増やせば良い話だが、私の仕事はセドリックの様に依頼者が多くない。自ら貴族に声を掛けて回ってみてはいるものの、新たな依頼者が増える事はなかった。故に、生活の為に自身の身の周りの物を手放すしか方法が無かったのだ。
あの紅は、最近流行りのブランドの物で、想像していた以上の金額に変わった。生活の足しにすれば、少しは役立つ筈だ。しかし、マクファーデンに褒めて貰えた思い出さえも売ってしまった様に感じて、心に穴があいた様な虚無感に苛まれていた。
「……またその話ですか」
普段通りの診療所にて、デスクに向かう彼――エドワード・マクファーデンの背中に伸し掛かりながら溜息を漏らす。
もう何度、この問いを投げ掛けた事だろう。
あの時、女患者に言っていた“想い人”。それを、なんとか知る方法は無いかと摸索してはいたものの、やはり方法は無さそうだ。
しかし、何処かで運よく知る事が出来るのではないかと期待が捨てきれず、こうして答えが分かっていながらも問うてしまう。
「――あの、最近やたら距離が近くないですかね」
「重いって言いたいの?」
「いえ、そうでは無く」
彼の背に伸し掛かったまま首にしがみつき、浮かせた両足をバタつかせると彼が苦しげな声を漏らした。
「こういう事、幼馴染さんにもしていらっしゃるんですか?」
「セディ? セディにこんな事したら殺されかねないよ」
「では、別の男性には?」
「まともな人相手にこんな事する訳ないじゃん。何言ってんの」
「心外なんですが」
彼がふいに、此方に顔を向ける。彼の首に腕を回していた為に触れそうな程顔が近づき、思わず回していた腕を緩めてしまった。
頭を埋め尽くすのは、間近で見た彼の顔。バランスを崩し、彼の背から滑り落ちていく自身の身体にまで頭が回らず、ドサ、と大きな音を立てて床に尻餅をつく。
「いった……」
「何やってるんですか」
椅子から立ち上がった彼が、呆れた顔で此方に手を差し出す。しかし、彼の瞳が何処か一点を見つめた後、困惑した様に私から視線を外した。
「マーシャ、あの、申し上げ難いのですが……下着が見えています」
「え」
自身の足に視線を向けると、踝丈のロングスカートが膝上まで捲れ上がっていた。素足を晒すどころか、ドロワーズまで見えてしまっている。
「あぁ! ご、ごめん! み、見苦しいものを」
慌ててスカートを整え、彼の手を借りずその場に立ち上がる。
「いえ、見苦しくは無いのですが……少々罪悪感を抱きますね……」
「今見た物は忘れて! 事故だから! 罪悪感とか抱かなくていいから!」
彼の背を押し、無理矢理デスクに座らせる。そして彼の背中から数歩離れ、スカートをぎゅっと両手で掴んだ。
込み上げる羞恥と自己嫌悪。女性として、恥ずべき事をしてしまった。――抑々、彼の背中に伸し掛かっていた事が既に恥ずべき事ではあるのだが。
彼にはしたない女だと、品のない女だと思われたかもしれない。それは今更な気もするが、それでも醜態を晒してしまった羞恥は簡単には拭えそうに無かった。
「あの、マーシャ」
此方に背を向けたままの彼が、躊躇いがちに私の名を呼ぶ。
「其方を向いても、良いですか」
何処か緊張感のある声音に疑問を抱きつつ、ぎこちなくも「どうぞ」と小さく返答した。
椅子を引き、身体ごと此方に向いた彼が私の顔を見つめる。
「――何か、ありましたか?」
「え?」
「僕の気の所為であって欲しいのですが、今日の貴女は顔色が優れない様で、それに少し普段と違います」
「……そ、そうかな」
「ええ、毎日付けていた紅も、今日は引いていないようですし」
「……」
彼が血色が良いと褒めてくれた紅。マクファーデンから褒めて貰えた事もあり大切にしていた物だが、今朝お金に変えてしまった。
昨晩の18時、母親だったあの女に金を渡した所為で、生活が不安定になる事は目に見えていた。仕事を増やせば良い話だが、私の仕事はセドリックの様に依頼者が多くない。自ら貴族に声を掛けて回ってみてはいるものの、新たな依頼者が増える事はなかった。故に、生活の為に自身の身の周りの物を手放すしか方法が無かったのだ。
あの紅は、最近流行りのブランドの物で、想像していた以上の金額に変わった。生活の足しにすれば、少しは役立つ筈だ。しかし、マクファーデンに褒めて貰えた思い出さえも売ってしまった様に感じて、心に穴があいた様な虚無感に苛まれていた。
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