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XXXIX 自殺-II
しおりを挟む辿り着いた、やや廃れた住宅街。周囲を見渡し、人が居ないのを確認してから十字路まで歩を進める。
十字路に立った時、丁度見える赤い花が植わった花壇。それが、ウォーレンの家の目印だ。周囲を警戒しながらも彼の家に近付き、玄関扉のドアノッカーを握る。
――この計画が上手くいくかどうかは、私とウォーレンにかかっている。私が上手くやれなければ、彼が上手くやれなければ、この計画は全て水の泡だ。ドアノッカーを握ったまま深呼吸を繰り返し、意を決し扉を叩いた。
軽く1回。数秒置いて2回。そして更に1回。これは、事前に決めておいた合図だ。
待つ事数秒。カチ、と小さな音を立て扉が解錠された。ゆっくりと開いた扉の隙間から、ウォーレンが顔を覗かせる。
「……もう、終わったのか」
彼の問い掛けに、小さく頷く。
促されるまま彼の家の中に入り、血の付いたローブと靴を彼に手渡した。
「……妹さんは?」
「……奥の部屋で眠ってる。起きてしまっては厄介だ。“終わった後”も、音は立てない様に頼むよ。……今日は、ステラが何も知らずに眠れる最後の夜なんだ」
「……分かってる」
手渡したローブをその場で羽織った彼が、返り血を見て表情を歪ませた。しかし今の彼からは、恐怖や不安、安堵等の感情は伝わってこない。重度の鬱状態に、正常な感情を失ってしまっている様だ。覚束ない手付きで靴を履き替えるウォーレンを見ながら、小さく息を吐く。
――死は終息であり、救済である。
しかし彼の事は、もっと別の形で救ってやりたかった。
どうか彼が、死後アルフレッドと同じ場所へ行かない様に。今はただ、それだけを願った。
ぶら下がる、先端が円状に結ばれたロープ。ウォーレンが木の丸椅子をその下に置き、足を掛けた。
「……なぁ」
椅子に乗り、ロープの先端を首に括った彼が声を上げる。
「……最後に、君の名を教えてくれないか。俺を救ってくれた君の事を、死んだ後も忘れたくないんだ」
悲し気な彼の瞳が、此方に向けられる。
彼の言葉に、ずきりと胸が痛んだ。私は、彼を救えていたのだろうか。死は救済と言えど、それは私の傲慢な考えでしか無かったのではないかと、心の何処かでは思っていた。
「――マーシャ・レイノルズ」
しかし結局、彼になんの言葉も掛けてやることが出来ず、一言自身の名前だけを口にした。
「そうか。……マーシャ、良い名前だ」
ウォーレンが、儚げな笑みを浮かべる。
「君に一つ、頼みがあるんだ」
「何?」
「隣街の比較的大きな酒場に、アリアという名の踊り子が居る。彼女に、『君を愛していた』と伝えて欲しい。それと、『つらい思いをさせてしまって申し訳なかった』とも。きっと、俺の名を言えば分かる筈だ」
耳を伝うのは、絶望と安堵が混ざり合った静かで優しい音。息が詰まる程胸が締め付けられるのを感じながらも、「分かった」と一言返答する。
「マーシャ、この一件に終止符を打ってくれてありがとう」
濃い隈に、痩せこけた頬。ボロボロの顔に、浮かんだのは優しい笑み。最後にそう一言残し、彼が足元の丸椅子を蹴った。その椅子が倒れる前に、片手でそれを受け止める。
だらりと垂れた両腕。宙に浮いた両足。吐き気が込み上げるのを抑え、深く息を吐いた。
心を侵食する虚無感。また私は、人の心を1つ失った気がした。
「……守れなくてごめんね」
受け止めた椅子を床にそっと転がし、ポケットから取り出した彼の遺書をテーブルに置いた。
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